第7話

 ブレイン・コード。

 全世界の研究機関やら大学やらが躍起になって探しているそれは、人間の脳に発生している電気信号を全て解析した物による、いわゆる『マスターキー』のようなものだ。

 もしそんなものが開発されてしまえば、人間の脳を遠隔で操作できてしまう。画期的なように思えて、末恐ろしいものを感じる。

 何故か?

 答えは単純明快だ。もし、そんなものが開発されてしまえば、人間の脳は開けっぴろげになっているものと等しい。今まで人間の脳はブラックボックスとされていた。人間の脳は基本的に三十パーセントも使われていれば良い方と言われており、残りの七十パーセントは何のために存在しているか分からないし、そもそもそれを利用することも出来やしないというのだ。はっきり言って、人間を設計した神様とやらは頭がおかしい。

 残りの七十パーセントが必要としないのなら、元々別の物を突っ込む予定でもあったのだろうか。それこそ、デバッグを終えたプログラムのように、外してしまえばバグが発生する可能性を恐れたのだろうか。

 答えは分からない。実際に神様とやらに聞いてみないとはっきり見えてこない。

 でも、今そんなことはどうだって良い。

 ブレイン・コードがその犯行グループの手に渡ってしまったら、と考えると恐ろしい。何をしでかすか分かった物ではない。


「いずれにせよ、ブレイン・コードの研究は即刻中止にするべきでは?」

「いいや、それは困る! いったい幾らつぎ込んだと思っているんだ。今更中止にしたら傾く国や企業が幾つ出てくるか!」

「ならば、どうすれば良いのだ! 実際問題、敵はブレイン・コードを解析しようとしている。だから今回のようなことが起きたのではないのか!?」


 大人達の、汚い会話が会議場に蔓延った。


「いい加減にしなさい! 私たちの会話は、世界の記憶をどうするかという会話です。あなたたちの私腹を肥やすための手段をぺらぺらと語るための場ではありません!」


 ここでも、リーダーシップを発揮したのは拝下堂マリアだった。

 私は、拝下堂マリアが嫌いだった。

 確かに、拝下堂マリアは尊敬するべき存在だ。ミルクパズル症候群に立ち向かうために、人間の脳の電気信号を解析し、0と1で分割出来るようにして、BMIを開発したのだ。

 だが、それが尊敬に値することであったとしても、それが好意に値するかはまた別だ。

 拝下堂マリアの話は続けられる。


「今、我々がやらなくてはならないことは何ですか! 紛れもなく、人間の脳を守る琴でしょう。それがミルクパズル症候群という病原体ではなく、人間になっただけのことです。我々が今頑張らなくては、人間の技術力の進歩は遠のいてしまう。さあ、活動の時です。今こそ、我々が頑張らなくてはなりません!」


 パチパチパチ、と乾いた拍手が鳴り響く。

 さすがはリーダーと言ったところだろう。あっという間に混乱していた場をまとめ上げてしまった。


「それでは、行動を開始します! 私は会議がいつでも開催出来るようにこの場に待機しています。信楽さん、」

「あ、はい!」


 突然声をかけられて私は心臓が飛び上がるような衝動を覚える。

 しかし、なるべくそれを悟られないように声を出した。


「あなたは、電気信号の解析を進めてください。被害者が負った電気信号は、必ず一つのパターンが浮かび上がってくるはずです。それを元に解析を進め、報告を行ってください。病院には、今日から休む旨を伝えておきましょう。良いですね?」


 そう言われちゃあ、何も言い返せない。

 私ははい、と告げて会議の場を後にするしか選択肢が残されていなかったのだった。


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