第6話

「良いニュースと悪いニュースがあります。どちらから確認しますか?」


 会議の緊急招集をかけたのは拝下堂マリアの配下に立つ遠藤ユリだった。遠藤は私と同い年だったが、二年前に拝下堂マリアに招聘され、現在は国際記憶機構の一員として活躍している。

 別に彼女を嫌っている訳ではないが、仲間は少ないのだろうな、という思いはある。


「良いニュースから確認しましょうか」


 拝下堂マリアは告げた。

 その言葉を聞いて遠藤は頷くと、言葉を発し始めた。


「ミルクパズル症候群を発症した一部の人間ですが、無事に記憶のバックアップから復旧させることが出来ました。そのため被害者が一千人から七百人に減少しました」

「残りの七百人の記憶が復旧する可能性は?」

「残念ながら、ゼロに等しいかと」

「理由は?」

「バックアップのデータが古すぎる為です。BMI端子内部のアップデートされたソフトウェアでは互換が出来ません」

「何故ですか! 互換出来るようにしておくのが基本のメカニズムだったはず! いったい、どうしてそれをしようとしなかったのですか」

「バグ……というのが原因だと言えるでしょうか」

「バグ? バグで解決しようと思っていないでしょうね。人が死んでいるんですよ!」


 激昂する拝下堂マリア。

 しかしながら、彼女が激昂したところで物事が解決する訳がない。


「拝下堂さん、落ち着いてください。今、あなたが激昂したところで何も解決しません」


 言ったのは、私だった。

 私が言わなければ何も解決しないと思ったからだ。

 解決しないことを解決するようにしていくということ。

 それが難しいことだから、難しくしないようにしなければならない。

 では、どうすれば良いか。


「……遠藤さん。復旧が成功した人間の中に、秋葉めぐみという名前の人物は居ますか?」

「ええと、ちょっと待ってください。……ああ、居ますね。無事に記憶のバックアップが成功しています。ただし、バックアップが残っていたのが一ヶ月前だったため、おおよそ一ヶ月間の記憶が消失した形になりますが」


 つまり、彼女に、あの行動の真意を聞こうとしても無駄だと言うことだ。


「……分かりました。では、悪いニュースは?」

「先程、テレビ局にあるメッセージが投函されたとのことです。ニュース番組で放映されたものを録画した映像がありますので、共有させていただきます」


 ブオン、という音とともに中空に何かが浮かび上がった。

 それがホログラムの映像であることに気づくまで、そう時間はかからなかった。

 会議場そのものがホログラムで表示されているので、映像が今更ホログラムで表示されている、と説明したところで何の意味も無いのだが。


『臨時ニュースです。先程お伝えした、世界同時ミルクパズル症候群の発症について、犯行を行ったとされるグループからのメッセージが届きました』


 精悍な顔立ちのニュースキャスターが、原稿を淡々と読んでいく。


『ええと、メッセージは以下の通りです。「我々は、ミルクパズル症候群のしがらみから取り払うためにこの行為を行った。今後、人間は退路を断つべきだ。記憶のバックアップなど今すぐに辞めた方が良い」とのことです。犯行グループは、今回の事件で何らかの意見を出しておらず、今後の動向が気になります』

「巫山戯るな!」


 拝下堂マリアは、激昂したまま椅子の膝掛けを殴った。勿論、それもホログラムで表示されている奴なので、実際に殴った訳ではなく、殴った『意思』を見せつけるだけに過ぎないのだが。

 拝下堂マリアは話を続ける。


「つまり彼らは、ミルクパズル症候群の発症を止める為に我々が考えたBMIを利用して、BMIを否定している、ということ!? そんなこと、信じられないし、有り得ない!」

「BMIを否定しているということよりも、記憶のバックアップ技術を否定している、ということなのではないでしょうか」


 私は進言する。

 さらに話を続ける。


「BMIは確かに素晴らしい技術ですし、記憶のバックアップを行う為には重要な技術の一つだと考えられます。しかしながら、彼らはそれを否定しているように見える。BMIそのものを利用して、BMIの技術を廃止しようとしている。真意は見えてきませんが、今見えている情報だけで捉えるならば、それ以上の考えは考えられません」

「しかし……、彼らは何を考えているのか分からない! どうやって、遠隔でミルクパズル症候群を発症させているのかも分からないし」

「それは、きっと電気信号を遠隔で送っているのではないでしょうか」

「電気信号を?」

「BMI端子は外部からの電気信号を受けやすい性質があります。しかしながら、電気信号は脳のパターンによって変わることがある。とどのつまり、指紋と同じように百人居れば百人のパターンが存在する、ということになります。そのパターンに偶然一致したのが、一千人だったとしたら?」

「それだったら、確かに説明はつく。だが、もし完全な脳のパターンを犯行グループが手に入れたら大変なことになるぞ!」


 一人の議員が告げると、ホログラムの会議場は大騒ぎとなった。


「静かにしなさい! ……私たちが困ってしまってどうするのですか。私たちは人間の記憶を司る立ち位置にある存在だということ、それを理解しなければなりません!」

「しかし……」

「完全な脳のパターンは世界中で解析されていますが、誰も未だ見つけてはいません。『ブレイン・コード』は絶対に明かされてはならないのです!」


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