第5話

 全世界で発生した『ミルクパズル症候群』の突然発症。

 正確に言えば、BMIに強力な電磁波を叩き込んだことにより――強引に脳の機能を停止させたことによる、ミルクパズル症候群の疑似発症とでも言えば良いだろうか。

 それは世界各地で発生し、一千人もの人間が同時に死亡した。


「……以上が報告となります」


 科学技術が発達すれば、わざわざ会議室を開いて電子機器を用いた仮想集合をする必要も無くなった。

 BMI端子に直接PCを接続することで、ネットワーク上に全員が『集合』出来るシステムを構築している。勿論、BMI端子を持っていない人間はモニターでの参加となるので、そこは以前のシステムとまったく変わらないのだが。


「いったい全体何が起きたというのだ! ミルクパズル症候群を人為的に発動させるキーでも何か見つけたとでもいうのか?」

「今のところ、そのような情報は入ってきていません」


 言ったのは、会議の議長を務める拝下堂マリアだった。名前の割りには、六十代を超えており、既に彼女もBMI端子が埋め込まれている。というより、BMI端子を生み出した第一人者が彼女だった。

 拝下堂マリアは告げる。


「とにかく、これは我々人類の記憶に対する反逆だということ。それだけははっきりとしておかなくてはなりません」


 拝下堂マリアの言葉に、他の参加者は嘯く。


「記憶への反逆……?」

「そんなことが可能だというのか……?」

「我々人類は、ミルクパズル症候群への対抗策としてBMIを生み出し、活用しています。しかしながら、これはBMIを利用したミルクパズル症候群の活用に他なりません。人間が恐怖した、あの症候群を決して忘れることはなりません。決して、風化させる訳にはいかないのです。これは、今までにミルクパズル症候群で死亡した人間に対する侮辱行為と言っても過言では無いのです」



 ◇◇◇



「拝下堂さん、ご高説ありがとうございました」


 会議を終えた後、個人的にトークを開始する。

 言いたかったことがあった訳じゃない。ただ、あの場で言ってくれたことが嬉しかっただけだった。


「信楽さん……。あなたは目の前でミルクパズル症候群に発症した存在を確認している。それは、記憶にとっても脳にとっても『重大なエラー』と言っても過言では無いでしょう。『治療』を受けて、お休みを取ることをオススメします」


 この場合の治療とは、記憶を消去することを意味する。

 バックアップ技術が確立されるようになって、正確に言えば、人間の脳を電子的に解析出来るようになって、治療の一つとして確立されるようになった手段。

 それが人間の記憶の操作だった。

 無論、それに反対する人間も居るし、それが恐ろしいからという理由でBMIを埋め込んでいない人間も多く居る。

 しかしながら、私はBMIが埋め込まれているから、記憶を消去することが可能だ。

 もっと言ってしまえば、『嘘の記憶を埋め込む』ことだって可能なのだ。

 元々、あの場には居なかった。

 秋葉めぐみとは、友人の関係を築いていなかった。

 そんな記憶を埋め込むことだって、出来るのだ。

 でも、私はそんなことをしたくない。

 勝手に、誰かに、記憶を操作されることなんてまっぴらだった。

 今、記憶を操作することだって出来るようになった。私は、やろうと思えば患者の記憶を全て消去することだって出来る。いや、現に患者にそのように求められることだってある。

 けれど、それはしたくない。

 いくら、本人がそれを望んでいたとしても、それを認めることは出来ないのだ。


「……いえ、大丈夫です。私も、捜査に参加させていただけないでしょうか」

「何ですって?」


 そう。

 それが、個人的にトークをしている理由。

 もし彼女の許可を得られなければ、非公式にでも捜査を行うつもりだったのだが……。


「良いでしょう。あなたがそこまで言うのならば、認めます」


 あっさりと、その許可は通ってしまった。


「……良いのですか?」

「おや。あなたがやりたいと言い出したのですよ。ならば、やるべきことをやりなさい。とはいえ、今は情報も何一つ出てきていませんがね……」


 ビービー、と警告を報せる音が聞こえた。

 それは、通信の報告音。

 同時に、記憶技術ワーキンググループと名付けられた、私が所属するグループの会議が緊急招集される時の合図でもあった。


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