第4話

 ショッピングモールの中心にある時計台。

 そこが待ち合わせ場所だった。そこで待っていると、白いワンピースを着た女性が私に近づいてきた。間違い無い、秋葉めぐみだ。


「久しぶりだね、一年ぶりぐらいかな」

「そうだった、と思う」


 私は特に気にしていないけれど、彼女はどこか気にしている様子だった。


「あのね、今日はたくさん買い物して、たくさん楽しもうね。色々と話したいこともあるんだ」

「……分かったよ」


 こうして私たちはショッピングを開始するに至ったのだった。




 ショッピングも終わり、時刻は昼過ぎになっていた。


「そろそろお腹も空いたし、どこかお店に入ろうか」

「そうだね。でも、この時間だとどこも混んでるし」

「そう言うと思って、予約しといたんだ! 美味しい中華料理のお店だよ。中華料理、大丈夫だよね?」


 それならそうとはっきり言ってくれれば良かったのに。

 私はそうは言わなかった。

 そう言うと彼女が悲しむかな、と思ったから?

 それもそうかもしれない。

 けれど、私の中では特にそんな感情を抱いたつもりは無くて。

 ただ一年ぶりに再会した友人と少しでも長い時間を過ごしたいという思いがあったのかもしれない。


「……それじゃ、向かおうか」


 そうして。

 私たちは秋葉めぐみが予約しておいたという中華料理店へと向かうのだった。




 中華料理店で、私たちは麻婆豆腐を注文した。何でも、このお店で一番の人気のメニューらしい。辛いのは嫌いでは無いけれど、好きでも無い。だからお店の中で一番甘い辛さ(何か矛盾しているような気が見えてくるけれど)を選択した。そうしないともしやってきた料理が食べられなかったら、それはそれで困るものね。

 そうして。やってきた料理を食べながら、私たちは歓談していた。


「……そういえば、マキ」

「どうしたの?」

「あずささんのこと、覚えてる……?」

「……ああ」


 忘れてはならない。

 忘れてはいけない。

 自ら、記憶のバックアップ技術を拒否した彼女。

 自らの手で、記憶のバックアップ技術を身体の中に入れることを拒否した彼女のことを、片時も忘れることは無かった。


「……ふと、私も昨日思い出してね。それで、一緒に、マキのことも思い出したんだ。ほら、マキ、病院に勤めているでしょう? だから忙しいんじゃないかな、って思ってさ」

「忙しいけれど、福祉厚生はきちんとしている。ま、日本国の良いところかもしれないけれどね。金も無いくせにいっちょ前の法律は構えているものだから」

「だったら、良いんだ。だったら、良かった……」

「……めぐみ?」

「私はね、マキ」


 めぐみは持っていたスプーンを手に取って、

 それをBMIを隠す為に覆っていた皮膜に突き刺した。

 がりがり、ごりごり、という音が響き渡る。


「何をするつもりなの、めぐみ!」


 私はそれを止めようと、彼女の手を取ろうとする――が、遅かった。

 刹那、彼女の呼吸は停止していた。

 脈を測ると、脈も止まっていた。それは、心臓が血液をポンプ代わりにしているという記憶を忘れてしまったから。

ミルクパズル症候群の末期症状だった。


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