第3話
「人間が記憶できる量ってどれくらいあるか知ってる? 一ペタバイトだよ。MP3の楽曲を二千年間連続して再生できるぐらいのボリュームがあるんだ。勿論、合理的に記憶出来れば、という条件が付加されることになるけれど」
「一ペタバイトあれば、充分ってこと? 一ペタバイトが具体的に分からないけれど」
一ペタバイトと言って、どれくらいのボリュームなのか想定することは難しい。
だから、私はそう言ったのだと思う。
けれど、瑞浪あずさは告げる。
「一文字二バイトだから、一ペタバイトは……十の十五乗割る二の数だけ文字数なら入力して保管することが出来るかな。勿論、それがどれくらい出来るかって話だけれど。例えば、サヴァン症候群の人なら、車のナンバープレートをいくらでも覚えられるって話があるけれど、彼らはその代わりに様々な日常茶飯事に行えることが出来なくなる。だから、意味が無いと言えば意味が無いかもしれない。健常者にはできる事は、思った以上に少ないってことなんだと思うんだ」
一息。
「だから、別に恥ずかしい事なんて無いんだよ。記憶を失う事なんて。それから新しい記憶を生み出せば良い。ただそれだけの話」
「でも、それがどれ程難しいか。ミルクパズル症候群にかかってしまったら、呼吸すら出来なくなってしまうんだよ」
「だったら教えれば良いんだよ。何度だって。何度でも」
「そんなこと……!」
「出来ないと思う?」
瑞浪あずさは一歩前に近づいた。
「宣言してやるんだよ。記憶は、誰に弄らせるものでもない。その記憶は、自分自身のものだって。BMIを使って記憶をバックアップする? そのバックアップする時に記憶を操作されない保証は無い。あなただって、それは分かるでしょう?」
「それは……」
保証は出来ない。かもしれない。
けれど。
「でも、やっぱり、おかしいよ。それは、認められるべきことじゃ無い」
「ふうん?」
瑞浪あずさは小首を傾げる。
「……だって、記憶が弄られるかどうかも分からないのに、安直にバックアップ技術のことを否定するのは間違ってる。間違ってるよ、あずさ」
「でも、弄られないという保証も無いでしょう?」
それは。
その通りだった。
「私はそのままで生きていたい。記憶を弄られるなんてまっぴら御免よ。あなたもそう思うでしょう? 信楽マキさん」
「私は……」
ピピピピ、と電子音が聞こえて、空間がかき消される。
次に目を覚ますと、そこは私の部屋だった。
「夢……か。それにしても懐かしい夢を見た物ね……」
彼女、瑞浪あずさは私たちと同じように高校を卒業していれば、きっと一流の大学
に進学していただろうし、きちんとした一般企業に勤めることも出来たと思う。
彼女は珍しくBMIを埋め込まれていなかった。私と秋葉めぐみはBMIを既に埋め込まれていたから、いつでも記憶のバックアップが可能だったのだけれど、記憶のバックアップは危険を要するため、十八歳以上にならないと実施出来ないという決まりがあった。それ以外にも様々なルールが決められていたような記憶があるけれど、寝起きの頭ではそれを思い出すことも難しい。せめて少し時間が欲しいものだ、と思ったところで――。
「ああ、そうだ。今日は……めぐみと食事に行く日だった」
それを思い出した私は、いそいそと準備を開始する。食事は昼なのだけれど、ショッピングでもしてから、食事にしようという決断に至った訳である。という訳で、出る時間は昼の時間よりかは少し早めになる。
起き上がり、私は準備を進める。遅刻することは無いけれど、時間に余裕を持って行動すること。それは私の中のポリシーになっていた。ってか、当たり前か。
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