勇者と魔王の最後の戦いの真実

告井 凪

勇者と魔王の最後の戦いの真実


「来たぞ! 魔王ベルンギウス!」

「待ちわびたぞ、勇者サグネス!」


 玉座の前、漆黒の炎を纏う魔王ベルンギウス。

 ヤツは魔物を使って俺たちの世界を侵略した、正真正銘の『悪』。

 だが人間もただやられるだけではなかった。数々の戦士が勇者となり、魔物を屠り、ついにヤツらの居城まで攻め込むことができた。


「悪の魔王よ! もう部下はいないようだな!」

「勇者よ、お前も一人ではないか」


 人類の希望。勇者。俺はその最後の一人だった。

 仲間たちはここに辿り着くまでに、魔王の腹心たちとの戦いで散っていった。だが、


「俺は、一人ではないっ!」


 俺の背中に、三つの青い炎が浮かび上がる。


 勇者となった者には、秘技が授けられる。

 俺が手に入れたのは、青き鎮魂の炎ブルーレクイエムエンチャント

 死んだ仲間の魂を燃やし、力に変える技。


 この青い炎は、散っていった仲間の魂だ。


「なるほど……。ならば、我が玉座まで辿り着いてみせよ!!」


 魔王が右腕を振ると、纏っていた漆黒の炎から赤い炎が吹きだし、炎の壁となる。

 この猛火を撃ち破らねば、魔王を攻撃することが出来ない。


「望むところだぁぁぁ!!」


 俺は叫び、炎の壁に向かって駆けだした。

 青き鎮魂の炎ブルーレクイエムエンチャントの効果時間は短い。三人の魂を使っても、せいぜい五分程度だ。

 ……いけるか?



『なに弱気になってんだ。お前ならできるだろ?』



 戦士ガイド!

 力自慢の大柄な男で、俺よりも年上なのに力を認めて仲間になってくれた。

 酒癖は悪かったが、仲間のことをいつも気にかけてくれる、俺たちの兄貴分。

 魔王の腹心との戦いでも、俺たちを庇って死んだ。

 いつだってそうだ。

 俺はあんたに守られてきた。あんたがいなかったら俺はとっくに死んでいた。

 とても頼りにしていた、仲間だった!


「ガイドォォォ! 力を貸してくれぇぇぇ!」


 青い炎の一つが、拳に宿る!


「打ち払え!!」


 バシュウウウウウウウッ!!


 赤い炎と青い炎が激しくぶつかり合う。

 いける。ガイドの魂が、こんな炎に負けるはずがない!


『おらぁぁぁぁ! 押し切るぞ!』


 バンッ!!


 二つの炎が白く眩い光となり、消えていく。


「はぁ、はぁ、はぁ……ありがとう、戦士ガイド」


 俺はすぐに駆け出す。まだ、終わりじゃない。


「ではこれでどうだ?」


 魔王は左腕を振るう。漆黒の炎から青い炎が吹きだし、すぐさま氷の壁へと変わっていく。

 これも……ぶち破るっ!



『あー、サグネス。力貸すから、なんとかしろよ』



 僧侶レイガード!

 とても僧侶とは思えない、いい加減なヤツだったが……なにより誰かが傷付くのを見るのが大嫌いな、優しい男だった。

 最上級の回復魔法を使い、仲間を癒してくれる。本当は戦いなんて苦手だったのに。俺と知り合い、見てられないなと言って仲間になってくれた。

 腹心との戦いでも、傷付きながら俺たちを回復してくれた。おかげで勝つことができたが、すでにレイガードは……。


「レイガード!! ちゃんとお礼が言えなかったけど……本当に、ありがとう!!」


 青い炎が足に宿る。俺は飛び上がり、氷の壁に蹴りを放つ。


 バシィィィィイイイイイ!!


 氷の壁は分厚く、なかなか壊れない。

 だが、だが! レイガードの魂を乗せたこの一撃に、破れぬものなどない!

 徐々にヒビが入り始め――。


『サグネス! ぶち破れぇぇぇ! ……へへ、こういうのもカッコイイよな?』


 バリィィン!


 氷の壁は砕け散り、足に纏った炎と共に、白い光の欠片となった。


「……カッコ良かったよ、僧侶レイガード」


 そしていよいよ、漆黒の炎を纏う魔王の元に。

 俺は剣を抜き、悪の魔王に振りかぶった。


「ハッハッハ! その剣で我が黒き炎を斬れるか!?」


 俺は一人じゃない。仲間がいる。仲間の力がある。

 斬れるか、だと? あぁ斬ってやるさ。

 もうすぐ青き鎮魂の炎ブルーレクイエムエンチャントの効果が切れてしまう。その前に、お前を斬ってみせる! 悪の魔王を倒してみせる!


 最後に残った青い炎。この魂の力で――。


『がんばって。応援してるからね、サグネス――』


「――――!!」


 あぁ……魔法使いテスタ。

 忘れもしない。勇者になってすぐのことだ。

 強敵と戦うことになり、苦戦していた俺を助けてくれた。二人で協力してなんとか魔物を倒し、そのまま仲間になってくれたのだ。

 俺の最初の仲間。そして……最愛の恋人。

 ずっと俺を支えてくれていた。出会った時から好きだった。

 その彼女も、最後の腹心との戦いで……俺の目の前で……。


「うっ、くっ……!」

「迷っているな? 勇者サグネスよ! やはりお前に我は斬れぬ!」


 剣に――魂を宿せない。俺は……。



「嫌だ、テスタの魂を使いたくない! 使ってしまいたくない!

 ずっと側にいて欲しい。ずっと君のことを抱えていたい!

 いまここで剣に宿してしまえば、君と永遠に別れなくてはいけない。そんなのは嫌なんだ!」



 ……すまない、みんな……。


「くっくっく……ハーッハッハッハ! 無様だな! 所詮貴様の『善』の覚悟などその程度か!」

「なっ、なんだと? 『悪』の魔王が、『善』を語るか!」

「そもそも我々を『悪』と名付けたのは人間だ。我々が悪だから、人間が善だから。魔物は滅ぶべき、人間は栄えるべき。そんな理屈が通じるのは貴様等の間だけだ!」

「それはっ……!」

「我々は決して滅びぬ! ゆくぞ! ケルゲルス、セルゲート! お前たちの無念、晴らしてやろう! フェルナル、我と共に、この腑抜けた勇者を討つぞ!」

「お前……まさか!」


 俺と同じなのか? その漆黒の炎は。炎の壁は、氷の壁は。

 魔王の腹心たちの魂なのか?


「はっ……ははっ! そうか、そうだな! 悪の魔王……いや、魔物の王、ベルンギウス! 俺たちはもう引き下がることなど許されない! これはそういう戦いだ!」

「その通りだ、勇者よ。サグネスよ! さあ、こい!」


 魔物たちにどういう事情があるかはわからない。

 だが、俺が仲間の犠牲の下にここに立っているように。

 ベルンギウスも同じように玉座に立っているんだ。

 ならば、覚悟を決めろ。決着を、つけろ。


「うおおお! 力を貸してくれ、テスタ!!」


 掲げた剣に、青い炎が灯る。テスタの魂が全身に宿り、その一撃にすべてを込める!

 ベルンギウスは漆黒の炎で剣を防ぎ――。



 ぶつかった瞬間、青い炎が消えた。



 青き鎮魂の炎ブルーレクイエムエンチャントの効果が切れたのだ。

 俺が迷ってしまったせいだ。


「くっ……うぉぉぉ!!」


 だがっ! 諦めない!

 青き鎮魂の炎ブルーレクイエムエンチャントがなくとも、俺自身の力で、斬ってみせる!


「無駄だ! お前には覚悟が足りなかったのだ!」

「ぐっ……」


 剣が押し返されていく。漆黒の炎が吹き荒れ、俺の全身を包み込む。

 熱い、このまま焼かれていくのか。

 でも、それでも。俺は剣を押し続けた。最後の瞬間まで、俺は……。


 あぁ、負けたく、ない……。


『負けてないだろ。お前の覚悟、見届けた。お前の、俺たちの力を! そいつにぶつけてやれ!』

『ちょっと弱音を吐いたくらいなんだってんだよ。それが人間だろ。……今のお前、カッコイイぜ』

『サグネス。あなたの優しい気持ち、とても嬉しかった。だから……お願い。もう少しだけ――!!』


 みんなっ……!


「なにっ!?」


 バシュッ!!

 俺を包み込んでいた漆黒の炎が吹き飛ぶ。

 代わりに、青い炎が全身に宿っていた。


「これで終わりだ、ベルンギウス!!」

「くっ……サグネェェス! ぐおおぉぉ!」


 ザシュッ!


 剣を、振り抜く。

 ベルンギウスが纏っていた漆黒の炎ごと。押し切った。


「……見事。人間よ……いや、サグネス、お前の……勝ちだ。……フェルナル……あぁ、これで終わりだ……全部。……我々は……」


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 青き鎮魂の炎ブルーレクイエムエンチャントの制限時間を越えて、テスタたちが力を貸してくれた。

 おかげでベルンギウスを討つことができた。


「でもな……さすが、魔王の腹心。フェルナルって、言ったか……ぐふっ」


 俺は大量の血を吐き出す。

 最後の一瞬。漆黒の炎が剣となり、俺の腹に突き刺さっていた。

 あれはきっと、フェルナルの魂の力だったのだろう。最後まで、諦めていなかった。


「あぁ……テスタ。ガイド、レイガードも……。ありがとう。……そうだな、俺もそっちに行くよ。でも……でも……」


 身体に力が入らず、倒れ込む。


「……悔しい……」


 悔しい。そうだ、悔しいんだ!

 このままでは、

『悪は滅び、善が勝った』

 それだけが残ってしまう。

 俺まで死んでしまったら、この戦いの真実を誰が伝えるんだ?

 俺たちに仲間がいたように、魔王にも仲間がいた。

 善も、悪も、関係無い。これはそういう戦いだったのに!


 誰か、伝えてくれっ! 俺たちの戦いの、真実を……誰か……。




「勇者と魔王の最後の戦いの真実」・了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

勇者と魔王の最後の戦いの真実 告井 凪 @nagi_schier

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ