第26話 そして彼は

 光の柱が消え失せる。瓦礫の上に彼女は横たわっていた。全身を魔力の光に焼かれて、もう立ち上がる力さえ残されていなかった。


 ……終わってしまった。そう思った。

 これで全ての責務から解放される。最愛の相手を殺して、僕は自分の罪から逃れる。

 最低だ。他の誰でもない。僕自身が一番、下劣な存在だった。自分の心の弱さのせいで、彼女を殺すんだ。


 僕はゆっくりと彼女へと近づき、見下ろす。彼女の青玉の──濃青の瞳には僕の姿が映っていた。

 彼女は何も言わない。僕も何も言わない。『勇者』と『魔王』は言葉を交わさない。

 剣を逆さにして振り上げ、そして──



 ──僕は彼女の胸に、切っ先を沈み込ませる。



 彼女の喉から苦鳴が漏れる。貫いた身体から血が溢れ、胸を伝って流れ落ちていく。

 足元に血溜まりが広がって、彼女の命が失われていく。僕の心には何もない。何も──何も。


 彼女の瞳が僕を見つめていた。唇が何かを言おうとして動く。それが何なのかさえ、僕には分からなかった。

 言葉は声にはならず、次第に彼女の瞳からは意志の光が失われていき、消えた。


 手が震える。何かが喉の奥からせり上がってくる。目が熱くなって、それでも、涙は出なかった。涙を流すなんて機能がなくなってしまったかのように。

 ああ、きっとそうなんだろう。もう僕は人間じゃない。僕は──



 ──僕は、『勇者』なんだから。

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