第19話 シャールとしての1日:『勇者』の罪

 僕たちは森を出て街にやってきていた。

 そう、街だ。魔界にも街はあったようだ。荒野ばかり見続けていたせいで、街があるというだけで驚いてしまう。


 その街は人間界の王都のように、高い城壁に囲まれていた。

 違っていたのは門は常に開かれているということだ。人間界あちらと違って侵略されていないせいだろう。


 その門をくぐり抜けるとすぐ街並みが広がる。白色に輝く滑らかな建築材で造られた様々な建物が立ち並んでいた。

 形状も人間界のものとは違う部分が色々とあった。奇妙に細長い塔のようなもの、一階部分より二階部分の方が広く造られているもの、そもそも壁に穴だらけの芸術的な感じのもの等々。

 ここが異界であることを強く認識せざるを得なかった。

 けど、それらに並んで見慣れた形状のものも多くあった。単なる立方体だとか、屋根が斜めになっているものだとか。そのあたりは変わらないようだ。


 通りは思った以上に多くの魔族が行き交っていた。

 人間界の王都ほどではないものの、直進しようと思えば多少は避けながらでないと進めないぐらいには密集している。

 種族も、翼を持った人型、単目の巨人、獣人、人型の影、鳥人と、今まで出会ってきた魔族を大勢見ることができた。他にもいくつか見慣れない姿の魔族もいた。

 こんなにも種族がたくさんいるのかと、少し僕は驚いていた。戦う中で魔族の多さは知っているつもりだったけど、さらに多い種族がここにはいた。


 魔族のいくつかは人間よりも巨大だ。そのせいで僕の視線は上がりぎみだった。

 下の方で何かが歩いていたので、そっちに目を向ける。ずんぐりむっくりとした小人が歩いていた。こういう種族もいるのか。

 さらに視線を動かすと、小さな獣人が走り回っていた。それを大きな獣人が呼び止めて叱っている。

 それが親子なのだろうと思い立ったとき、僕ははっとした。考えていなかったけど、魔族にも子供はいる。

 だから、僕が殺してきた魔族たちにももしかしたら──。


「あんまりぼーっとしてると、誰かとぶつかるわよ?」


 ラヴィーナの声が僕の意識を現実に引き戻した。前を向くと、巨大な単目の種族が道を歩いてくるところだった。邪魔になっている僕を迷惑そうに一つ目が見下ろしていた。僕はそれを避けて道の端に移る。

 余計な考えを頭から追い払う。今更考えても仕方のないことだ。


 隣を見ると、商店らしき建物の磨き上げられた白色の壁に自分の姿が映っていた。

 灰色のフードを被りローブを羽織ったブロンドの男がそこにはいた。どう見ても怪しい。

 それにも関わらず、門番の兵士も道行く魔族たちも全員、疑いの目さえ向けてこない。


「どうしたの?」


 またぼけっとしていると思ったのか、ラヴィーナが声をかけてくる。「なんでもないよ」と言って僕は彼女の後を追った。

 家を出るときに彼女が僕に渡してきたものはこのローブだけだ。何のために渡してきたのか、いまいち分かってないけどとりあえず羽織っている。彼女も同じ格好をしていた。

 何にせよ、今のところ僕は誰にも正体がバレていない。最大の懸念が一つなくなったことになる。


「それで、どこに行くの?」


 足早に歩いてラヴィーナの隣に並ぶ。僕の質問に彼女は小さく微笑む。


「別に。何にも決めてないわ」

「……えっ!?」


 てっきり明確な目的があって連れてきたものだと思い込んでいた僕は、思いっきり驚いた声を出してしまった。

 そんな僕を見てラヴィーナは吹き出していた。


「そんなに驚かなくてもいいじゃない。何も知らないようだったから、街ぐらいは見せておいた方がいいかと思ったのよ」

「あ、あぁ、なるほど」


 理由を聞いて納得がいった。確かに街ぐらいは見ておく必要があるだろう。まだ、記憶喪失という設定に僕自身が慣れていないみたいだ。


「種族の名前とかも知らないわよね。まずはそこからね」


 少女の指がさっきの一つ目の巨人を指し示す。


「さっきあなたのことが邪魔だった巨人は単瞳族キュクロプスというの。あそこにいる翼があって腕が二つに脚が二つの種族は淫魔族インキュバスね。女性はサキュバスと呼ぶわ。毛むくじゃらのは獣人族ワーウルフで、影にしか見えないのは陰影族シェイド、子供ぐらいの身長のは矮人族ドワーフ


 ラヴィーナが魔族たちを指差しながらその名称を教えてくれる。種族名さえ僕は知らなかった。口の中でそれぞれの名前を小さく呟く。

 名前を呼ぶと記憶が呼び起こされる。矮人族ドワーフこそ初めて見たものの、他の種族には見覚えがあった。戦場で多く見たのは単瞳族キュクロプスで、次に多かったのは獣人族ワーウルフ淫魔族インキュバスは魔法攻撃が主体で、陰影族シェイドは正々堂々の真っ向勝負を好んでいた。

 それぞれの特徴が思い浮かぶ。それに続いて、彼ら彼女らの断末魔も。

 単瞳族キュクロプスは──獣人族ワーウルフは──淫魔族インキュバスは──陰影族シェイドは──それ以外は──。

 憎悪と怨嗟の声と視線がいくつも記憶の底から浮かび上がってきた。罪悪感と、誰かから恨まれることへの恐怖心が心にのしかかってきた。


 ふと隣のラヴィーナを見ると、こちらを心配するような表情をしていた。


「大丈夫? 何か思い出しそうなの?」

「……いや、平気だよ。ちょっと、ね」


 彼女の言葉も間違ってはいなかった。確かに僕は、色々と思い出してしまっていた。

 彼女は、どうだろうかと思った。僕が『勇者』であることを知ったら、どうするだろうか。

 いや、こんなことは考えるまでもない。僕がやってきたことは魔族全体が恨んでいても仕方がないような規模だ。

 余計な考えをもう一度振り払う。いちいち罪悪感が寄ってくる。敵地の中に潜入するにしては僕の心は弱すぎるな、と思った。


 引き続き、ラヴィーナが街中を案内してくれる。商店に住宅、公共の施設に遊技場。存在する設備の内容は人間界のものと似たようなものだった。

 大きな違いは種族が多数存在しているという部分だ。住宅の中には二階部分の方が大きいものがあったけど、あれは有翼種族のものらしい。空を飛ぶために二階以上の部分が主な居住区になるんだとか。

 他にも、矮人族ドワーフの家屋は全体的に背が低い、反対に単瞳族キュクロプスの家は大きい、陰影族シェイドの住む家は窓がない、などの特徴がそれぞれあった。

 ラヴィーナの説明のおかげで、外観から何となくどの種族が住んでいるか、使っているかの想像がつくようになってきた。


 街の中心にある広場に僕らは着いた。

 大勢の種族がいるのは相変わらず。中央にある噴水の周りには待ち合わせをする人々(人間ではないけど)や、走り回って遊ぶ子供たちがいた。


 広場の隅に座り込む群衆が見えた。何かと思って視線を向けると、何かの文字が書かれた看板を持っていた。大人たちの周囲では子供たちが陰鬱な表情を浮かべながら膝を抱えていた。


「ラヴィーナ、あれは?」

「あれは……」


 僕が尋ねるとラヴィーナの表情が暗くなる。


「あれは……戦災孤児への寄付をお願いしますって、書いてあるの」


 ラヴィーナの説明に僕の息が止まる。


「人間界への侵略のせいで、親を失ってしまった子供たちがいるのよ」


 彼女が悲痛な表情を浮かべていて、僕は何も言うことができなかった。

 僕が戦っていた理由は色々とある。その中には人間の子供たちを助けるためというのがあった。魔族は人間であれば一切の区別なく殺戮してしまう。あの子たちを助けるには戦うしかなかった。

 けどその結果として、今度は魔族の子供たちが不幸になっていた。そのことに僕は、今まで気がついていなかったんだ。


 僕が戦ってきた結果が──僕の罪が目の前には広がっていた。


「昔は、人間たちに魔族が倒されるなんてことはなかったのだけど……」

「……『勇者』が、現れたせいで」


 僕は彼女への隠し事を無視して言った。僕の言葉にラヴィーナが少しだけ驚いた顔をしたけど、すぐに消えた。


「……そうね、そうかもしれないわ。けど」


 ラヴィーナは続きを言わなかった。ただ悲しげな表情で募金に勤しむ獣人を見つめていた。


「……酷いね、『勇者』ってやつは」

「いいえ……人間界に侵攻すると決めた『魔王』が悪いのよ」


 魔族の少女が静かにそう呟く。


「どうして?」


 思わず僕は尋ねてしまう。魔族である以上、『魔王』ではなく『勇者』を恨む方が当然だろうと思った。


「だって、『魔王』が侵攻すると決めなければ誰も死なずに済んだわ。『勇者』だって攻められているから仕方なく守っているだけなのよ、きっと」


 彼女の視線がこちらへと向けられる。どこか様子を窺うように。

 意見を求められているような気がした。けど、何と答えればいいのだろう。

 その当の『勇者』だということをラヴィーナは知らない。そんな相手に、一体何を。


「……そう、かもしれないね。けど、それでも魔族を殺しているのは『勇者』だよ」


 そう、彼らを殺したのは他でもない僕だ。たとえ僕が誰なのかを知らない相手であったとしても、僕は言い訳をしたくなかった。


「……ごめんなさい。暗い話ね」

「いいんだよ。知らなきゃいけないことだし」


 俯くラヴィーナに僕ははっきりと言う。

 知らなくちゃいけないことが沢山あった。僕が何をしてきたのか、僕がこれから何をするのか。

 この世界を見て、僕は知らなくてはいけない。僕自身の行いの意味を。

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