第11話 対六大魔将戦前編

 眼前には禍々しい意匠の要塞がそびえ立っていた。


 新緑の色合いの草原が一線を超えた瞬間に剥き出しの大地に変貌。その先に垂直に切り立つ深淵にも似た色合いの黒々とした城壁。人間界こちらでは見ることのない魔力を帯びた特殊な材質が、異質な金属光沢にも似た輝きをその巨壁に与えていた。壁の向こう側にはいくつもの尖塔が立ち並び草原を影に覆い隠していた。


 これが魔族たちの人間界における最後の拠点だ。この要塞を陥落──正しくはここにいる魔族たちを殲滅すれば、一旦は人間界から彼らを一掃できたことになる。

 無造作に剣を振るう。視界の端で紫肌の巨人が二つに分断され、斬撃はその先に展開していた軍勢をも巻き込んで千々に引き裂く。返す刃が獣人を上下に両断。その一振りがそこから扇状に魔族の死体を広げていく。


 最後に剣を上段に構えて振り下ろす。真正面にいた二対四枚の翼を持つ魔族が頭部から股間までを白銀の剣が切り裂き、衝撃が後方にいた残り僅かの魔族たちを吹き飛ばす。


 砂塵が舞い上がっていて視界が悪い。風の魔力を引き起こし突風を発生させて砂埃を吹き飛ばす。晴れた視界には無数の死骸が広がる。全てこの要塞に駐留していた魔族だ。どうやってかこちらの接近を感知していたらしく、軍勢を展開させていた。もう誰一人として残ってはいない。


 光の精霊が要塞内にまだ生き残りがいることを知らせてくる。恐らくは非戦闘員なのだろう。ただ、それは彼らの分類であって人間側からすれば非戦闘員でも十分に脅威だ。一体たりとも残せはしない。

 死骸の山を踏み越えて要塞へと近づく。大勢殺した後はいつも嫌な気分になるけど、きっと、あともう少しで終わりだ。終わりに近づいている。それだけが心の拠り所だった。


 大きな魔力の反応を感知。思わず足が止まる。その反応は要塞内からこちらに近づいてきていた。


「待て!」


 男の声が戦場に響き渡る。草原によく通る力強い声だった。

 城壁を飛び越えて人影がおどり出る。姿を現したのはたった一体の魔族だった。

 背中には折り畳まれた一対の漆黒の翼。頭部の左右にはねじれた暗赤色の角。整った端正さと精悍さを併せ持つ顔立ち。強靭な肉体をどこか貴族めいた衣装が覆う。腰には一振りの剣を納めた鞘。


 手足が二本ずつある人間と同じ姿形をしている魔族だ。しかしその身体に秘めた魔力はそのあたりの魔族とは比較にならないほど膨大。さっき殲滅した魔族の軍勢そのものにも勝るとも劣らない。この世界における力の大きさはほとんど持ちうる魔力の大きさに比例する。それだけ目の前の一体の魔族は強力な個体だと言えた。


 鮮血に似た色合いの双眸がこちらを睥睨していた。剣を引き抜き掲げ、名乗りをあげる。


「我が名はバエラグレス・ディ・ベレルジェ。人間界侵攻軍の総司令──」


 駆け出して一瞬で距離を詰め、剣を振り上げる。激突音。掲げていた剣を下ろして敵将はこちらの一撃を受け止めていた。激突の衝撃が地面へと逃げて敵将の足元がすり鉢状と化す。

 思わず驚く。初撃を防がれたのは、いつ振りか覚えていないぐらいだった。


「……驚いた。一撃でも防ぐやつが魔族にいるなんて」

「こちらも驚いたぞ。名乗りの最中に向かってくるほどの無礼者だったとはな」


 焦燥と憤怒が等配分された表情で敵将は言う。だけどこっちとしてもそんなマナーを守る理由がない。

 両手で剣を押し込む。少しずつ魔族の腕が下がっていく。瞬間的に抵抗が強くなり僕の身体が浮き上がる。そこに魔族の長剣が高速で振り上がる。剣を下げて受け止め勢いのまま後方に飛び退く。


「今まで貴様が戦ってきた魔族たちと同じだと思われては困る」


 恐らくはそれ相応の自負があるのだろう。軍の総司令だと名乗った魔族ははっきりと僕にそう告げてきた。

 けれど残念なことに、僕の中ではすでに勝負は決まっていた。


「──それでも、君は魔族だよ」

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