第12話 対六大魔将戦中編
こちらの言葉の意図が分からない敵将は人間の僕にもそれと分かる程度に、怪訝な表情を浮かべていた。
そんな表情も一瞬で消え去って武将の顔が戻る。確かにこの落ち着きようは、他の魔族とは比べものにならない経験を感じさせる。
「名乗る気にはならんか?」
「名乗る意味がない」
会話は完全に平行線。諦めたように敵将が溜息をつく。
「では無礼者の首を跳ねるとしよう。墓に名が残らずとも悔いはあるまい──!!」
その言葉が開戦の合図となった。敵将が一歩を踏み込んで前進。一瞬で速力が急上昇。低空飛行の弾丸と化して距離を縮めてきた。
速い。僕でさえそう思えるほどの速度だ。
魔剣士の長剣が振りかざされる。真っ直ぐに落とされたそれを剣を跳ね上げて防ぐ。金属同士が噛み合う高音が響くと同時に剛力同士がぶつかり合う衝撃が周囲の死骸を吹き飛ばし、砂塵を舞い上げる。
一瞬、双方の動きが止まる。次の瞬間には刃が離れ、また噛み合う。相手の薙ぎ払いを中段で受け止め、こちらの切り上げを長剣が打ち払い、互いの刺突がぶつかり合う。断続的に剣と剣が打ち合い、その度に衝撃波が大気を走る。
互いの剣が押し付け合い、動きが止まる。力は拮抗していた。敵将の表情から驚愕が読み取れる。僕も似たような顔をしているだろう。
「やるな」
「そっちこそ」
短い言葉の応酬はすぐに剣戟にすり替わった。
魔剣士が体重移動をしてこちらの姿勢を崩そうとしてくる。それに素早く対応して一歩引き下がる。それと同時に踏み込んだ敵将の長剣が首を狙って迫る。屈んで回避。動きに遅れた髪の毛が刃で切り裂かれる感触。長剣を振り切ったところに胴体へと薙ぎ払いを放つが、翻った刃が一瞬で移動して迎撃してくる。即座にしゃがんで足払い。跳躍で回避され、頭を狙った蹴りが反撃として放たれる。それを腕で打ち払ったところに、上段から長剣が振り下ろされるが飛び退いて躱す。
互いの距離が再び開く。
少し打ち合っただけで相手の方が技量が上だということが分かった。剣術の勝負では正直、勝ち目はないだろう。
もう少しだけ、力押しをする必要がありそうだ。
今度はこちらから接近する。速力を乗せたままに袈裟切りを放つ。一瞬だけ遅れて魔剣士の長剣が間に滑り込んで防ぐ、が衝撃を殺し切れずに大きく吹っ飛ぶ。
「ぐっ、ぅうう!?」
空中を吹き飛ばされる相手を追ってこちらも疾駆。敵将の両足が地面を削りながら停止。表情には焦燥。こちらの切り上げを再び長剣が阻む。今度は身体を弾かれなかったものの、防ぎきれずに長剣ごと腕が跳ね上がる。
そのまま踏み込みつつ回転、反対方向から胴体に薙ぎ払いを放つ。長剣が防ごうとするが今度こそ防ぎきれず、魔剣士の脇腹を剣が切り裂いた。
即座に相手は後方へと跳躍して距離をとる。片手で脇腹を押さえるが、隙間から青紫色の液体がこぼれ落ちていた。
怒りと焦燥が混ざり合ったような表情を相手は浮かべていた。しかし、すぐにその表情は消え去り冷静な武将の顔が戻る。
血で濡れた手を掲げる。魔力の昏い光。閃光と共に掲げられた手から漆黒の魔力弾が放たれて、こちらへと高速で飛来する。
近接戦での不利を悟って遠距離戦に切り替えてきたようだけど、判断が早い。
地面を蹴りだして走る。魔力弾が追尾してくる。魔剣士も平行移動。向こうも同じぐらいの速度が出せるらしい。
敵将が腕を振るうとさらに複数の魔力弾が追尾してくる。
要塞の壁に接近。壁の直前で急停止して跳躍。いくつかの魔力弾が要塞の外壁に激突して破裂。真下で爆発音が響いて足元に風圧を感じる。
左側を見ると敵将も同様に外壁を垂直上昇していた。
外壁を切り裂いて瓦礫を落下させる。瓦礫に衝突した魔力弾が爆発。追尾する弾丸はこれで全て消失。
僕と魔剣士の双方が同時に外壁上部に着地。魔剣士が再び魔力弾を放つが、着弾直前で跳躍して躱す。
上空から落下しつつの斬撃は後方跳躍で回避される。徹底的に距離を取るつもりでいるらしい。
着地と同時に敵将の拳が床に打ちつけられる。その場から漆黒の魔力が隆起して波濤となって迫りくる。剣に魔力を込めて振り切る。魔力同士が激突して外壁を破壊しながら消失。僕たちの間の外壁がほぼ消滅した。
僕は驚いていた。剣術の腕だけでなく遠距離攻撃の精度と威力もかなりのものだった。見た目と態度から近接戦専門の剣士だと思っていたけど、違っていた。
となると、こちらもそれなりのことはしないといけない。
剣を両手で握り込む。魔力を流し込まれた剣身が淡く光り輝く。上段に構えて振り抜くと、魔力が斬撃の形状となって直進。驚愕の表情を浮かべつつも魔剣士が長剣で打ち払う。直接の斬撃ほどの威力はないためにその一撃で魔力が霧散する。
その一瞬の間に接近。振り下ろしを敵将が飛び退いて回避。そのまま外壁四隅の尖塔の外側に張り付いたところを、魔力の斬撃で狙うが読まれて即座の跳躍で回避される。
魔力が激突した尖塔が半ばで折れて崩壊。
空中に飛び出した魔剣士を追って僕も飛び出す。こちらに向かって魔力弾が放たれるが魔力の斬撃で迎撃して空中で爆発させる。
剣の切っ先を相手に向け、空中で刺突を放つ。一条の槍と化した魔力が直進。それを魔剣士が長剣の腹で受け止めて、勢いのままに落下。着地する。
こちらも同様に着地。互いに睨み合う。
「本当に驚いたな、ここまでやるとは」
「……こっちも似たような気分だよ」
戦いになっている、ということ自体が僕にとっては驚きだった。僕にとって魔族との戦いは一方的な殺戮だったからだ。彼ら魔族にとって人間との戦いがそうであるように。
これほど強ければ、相手も戦いになるような敵は殆どいなかっただろう。だから、驚いているというのはよく理解できる。
けど、僕は彼と完全に同じ気分だというわけじゃない。
確かに彼は強い。それも驚くほどに。彼がまともに前線に出ていれば、もっと早くに人間界は征服され人間たちは死滅していただろう。数多の魔族と戦ってきた僕からしても断言できる。彼は最強の魔族だ。
剣術による近接戦闘、魔力を用いた遠距離戦、それらを使い分ける冷静な判断力。どれを取っても文句のつけどころがない。
それでも──彼は魔族だ。そこには
「じゃあ──少し本気でやろうか」
「……何?」
こちらの言葉の意図が分からずに、魔剣士は小さく首を傾げた。
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