被害届
「春子! 春子いるんでしょ!?」
「ちょっと待って雪! ここわたしの職場!!」
夜の派出所。夜勤の春子はいつものように勤務に勤しんでいた。しかし突如それを妨害する者が現れた。雪だ。
どうやらひどくご立腹のようだ。先輩に咎められる前になんとか宥めなくては。
「何があったっていうの? 人の職場にまで押しかけてくるなんて雪らしくないわ!」
「だって……だってあの男が……あいつが……」
「この前のストーカーのこと? とにかく落ち着いて話して」
雪をパイプ椅子に座らせ、毛布を膝にかけてやる。そうこうしてると奥から先輩の高峰隼人が顔をのぞかせる。やや焦ったような雰囲気に見えるのはなぜだろう。
「今ストーカーって聞こえたんだけど……」
春子は雪の後ろから両肩に手を添える。
「この前言ってた友人です」
それで察したのか「ああ」と頷いてこちらへやってきた。
「お辛いでしょうが、今は落ち着いて。そしてゆっくりでいいので話してくださいね」
隼人が優しく声をかける。さすが先輩、手慣れてる。いや、こういうのは知り合いより赤の他人のほうが話を聞き取りやすいのかもしれない。
とりあえず、派出所に持ち込んでいたラベンダーティーでもいれようと、春子は流しへと向かった。
さてどうするべきか。
目の前には、やや落ち着きを取り戻したが怒りを抑えきれていない女性。交代したはいいものの、地雷を踏んで爆発されてはたまらない。ここは少し待つべきか。
隼人がそんなことを考えていると、女性のほうから言葉が呟かれた。
「嫌いなんです……」
それから聞かされたのは、どこか聞いたことのある出来事。飲み会の翌日ラブホで知らない男に介抱され、会社にまで押しかけられたことなどをぽつぽつと語った。
それに頷きながら、隼人の内心は穏やかではなかった。
トキトじゃねーーーーーかーーーーーー!
親友が一般市民を困らせている。その事実を目の当たりにした警官の隼人は頭を抱えたくなった。この女性が訴えれば親友は間違いなく逮捕される。それはどうにかして回避したい出来事だった。
「大変でしたね」
声をかけると女性はぽろぽろと泣き出してしまった。困った。隼人は途方に暮れた。もしこれがただのストーカー被害者だったらここまで困らなかったかもしれない。だが彼女のストーカーは自分の親友だ。親友が逮捕されるのは外聞が良くない。
「雪も怖かったのね」
奥から人数分のお茶を入れてきた春子が、意外そうに言う。聞けば、女性は気が強くめったなことでは泣かないと思っていたらしい。
「私、揶揄われていただけなんです……」
ぐすりと鼻をすする女性にボックスティッシュを手渡してやる。何枚か紙を引き抜き鼻をかむ音が夜の派出所に響く。
さてどうするか。
形ばかりとはいえ調書は取るべきだろう。そう思い引き出しを開けようとした隼人の耳に、今一番聞きたくなかった声が聞こえてきた。
「隼人くんーーーーーーー!!!!」
トキトだ。ついでに目の前の女性のストーカーだ。
これはもう俺にはどうしようもない。
隼人は早くも諦めの境地に達していたのだった。
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