告白と拒絶と。

 雪は苛ついていた。

 元凶は目の前にいるし、さらに遡った元凶はおもしろがるばかり。これでどう心の平常を保てばよいのだろう。

「雪ちゃん、痛くない? 大丈夫?」

 今雪を苛つかせている元凶の一人が尋ねてくる。

 痛みはあるが、擦りむいただけだ。ついでにいうならストッキングが無駄になったくらいだ。それを病院などと大げさだ。

 ……心配、してくれているのだろうか。

 雪は心の中に浮かんだ言葉をすぐさま消し去る。ストーカーはストーカーでしかない。今回のことだって、無理矢理病院に連れてこうとしたじゃないか。

 でも結局は雪の意志を尊重した。

 この男、まさかいいやつなのではないか?

 そんな思いが浮かんできて、慌てて首を横に振った。男は不思議そうにこちらを見ている。

 その目には一切の邪気がないように感じて、雪は少なからず混乱した。

 こいつは私のことをおもしろがって、そしてストーカーで、でも今は助けてくれて……

 頭の中がぐちゃぐちゃだ。それもこれも、この男が優しくするからだ。ダメだ、これ以上は……

「雪ちゃん?」

「ここまで運んでくれたことには感謝します。でももう、私に関わらないでください」

 大人しかった男が突然雪の両肩を掴んだ。そして声を荒げて言う。

「そんなの嫌だよ! だって好きなんだから!」

 好き。

 自分へのそんな言葉、久しく聞いてない。この男くらいだ。

 昔から強気な性格が災いして、男子とは上手くいかないことが多かった。彼氏なんてできたことないし、恋バナにも興味はなかった。そんな雪に、この男は『好き』だと言う。

 頬が熱い。胸が苦しい。こんな感覚、知らない。

「知らない……そんなの……」

「オレは雪ちゃんが好きだ!」

 ナイフで胸を抉られるような痛みだった。どうしてこんな痛みが?

 わけもわからず、しかし原因が目の前の男だということだけはわかっている雪は、声を荒げて叫んだ。

「知らない! 帰って! お願いだから!」

 泣きそうともとれる声だったかもしれない。

 男は少し黙っていたが、やがて「わかった」と呟き、雪の前から去っていった。

 男が消えると胸の動悸も頬の熱さも和らいだ。

「あれ? あの人もう行っちゃったの? 聞きたいこといっぱいあったのに」

 あとからやってきた千穂がのんきにそんなことを言う。

 こちらの気も知らないで。

 手当されている間、千穂の問い詰めには結局雪は何も答えなかった。





 あんな顔、させるつもりなかったのに。

 トキトは公園のベンチで一人項垂れていた。

 雪の、今にも泣きそうな顔を思い浮かべる。出会ったばかりの頃ならおもしろがって写真の一枚でも撮ろうとスマホを持ち出しただろう。

 だが本当に彼女に好かれたいと思っている今では、そんなこと天地がひっくり返ってもする気にはならなかった。

「会いたいなぁ……」

 哀愁漂う呟きに答える人はおらず、白い息と共に寒空へと消えていった。





 あの優男との遭遇から一週間経った。

 スマホに連絡が入ることも、まして会社に押しかけてくることもない。すべてが平常通り。

 そのはずなのに。雪はどこか心がうずくのを感じて仕方なかった。何かを待っている? そんなバカなことってある?

 何度も自問自答していて、そこを千穂に何回かつつかれたが無視した。煩わしくて、何が煩わしいのかわからなくて。それでも日常は進んでいく。

 夕方。次のルートへ行く道すがらのことだった。

「今日はお店にいるんでしょ~」

「そうだよー。いっぱい満足させてあげるから覚悟してね?」

 聞いたことのある声だった。聞きたくなくて、でもこの一週間、ずっと探していた声だった。

 声のほうを向くと、あの男がきらびやかな服装をした女性と話ながら歩いているところだった。

 ばたり、と鞄を落としてしまう。なんてテンプレな動作だと言われたとしても、今の雪にはそれ以外どうすることもできなかった。

 なんだよ、私のこと好きって言っておいて、別に女がいるんじゃないか。ストーカーまがいのことも、あいつにとっては単なる遊びの範疇で、私はただ揶揄われていただけだったんだ。

 そう思うと途端に空しくなる。そして腹が立った。

「あっ……雪ちゃん!?」

 呼びかける声が聞こえた気がしたが、無視してその場を走り去った。

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