ミーハー心

 雪が知らない男と会社へやってきた。

 事務員の千穂は、平常を保ちつつ内心興味津々だった。

 雪は現在彼氏がいない。社内でそんな噂もなかったし、この前飲み会でべろべろに酔わせてやっても男関係の話は出なかった。

「雪! どうしたのそのケガ!」

「ちょっとヒールが折れちゃって転んだの」

「それでイケメンにお姫様抱っこ? あんたどんだけ前世で得を積んだの!」

「イケメンでもこいつにだけはされたくなかった! 不可抗力だから! 大体千穂! もう終業時間でしょ!? いつもならとっくに帰ってるのにちょっかいかけてくるな!」

「ひどいよ雪ちゃん! 一夜を共にした仲なのに」

「ストーカーは黙っててください!!」

 なんと。これは聞き捨てならない。あの飲み会のあと、タクシーを呼んでやることもせず寒空に雪をほっぽりだした千穂だが、まさかまさかの展開、雪が新しい男と一線を越えてしまったというのか!

「えっ、なにそれちょっと詳しく……」

「いいから! 千穂はさっさと帰って!」

 怒鳴りつけられる。確かに千穂は残業などせずさっさと帰宅するのが常だが、友人の恋バナは見過ごせない。

「男っ気がなかった雪にやっと春がきたんでしょ!? その話、聞かずしてどうするの!?」

「うるっさい! 大体、こんなことになったのも、千穂が私をほっぽりだして先帰っちゃったから!」

「だって誰も雪の家知らなかったし、雪も大丈夫って言うんだもん」

「あぁああああああ私のバカぁああああ」

 バタバタと暴れる雪に、雪をお姫様抱っこしている男は少し大変そうになだめようとしている。優しくて甘い声をしていて、こいつは雪に恋してるなというのが一瞬でわかった。

「とにかく! 手当してあげるからこっち座りなさいな」

 ロビーのソファーを指してやると、男は素直に雪をそこに座らせた。ゆっくりと、優しく。まるで壊れ物を扱うかのように。

「じゃあ私救急箱取ってくるからちょっと待ってて」

 上履きに履き替えて会社の中へ入っていく。救急箱はどこにあったっけというのと、なんと言って雪から事の顛末を聞き出そうかということで、千穂の頭はいっぱいだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る