ケガ

 最悪だ。

 雪は自分の不運に嘆いていた。

 ルート周りが終わり、あとは会社に帰るだけだというときに。ヒールが折れたのだ、ボキリと。

 右足のヒールが折れたとき、べしゃっと体が地面に叩きつけられる。

「いっ……た……」

 盛大に転んだにも拘らず、周囲は無関心を決め込んでいる。世知辛い世の中だ。

 アスファルトに打ちつけた脚を見る。ストッキングが破れ、その下の肌が露出し赤い血が滲んでいた。

 最悪だ。

 そんな感情を、深い深いため息でやり過ごす。

「あれ? もしかして雪ちゃん!?」

 聞きたくなかった声がした。あのストーカー男だ。

 男は地面にうずくまっている雪に、見るからに慌てているようだった。加害者でもないくせに変なの。ストーカーには変わりないが。

 そんなことより逃げたい。今すぐにでもこのストーカーから逃れたい。だが脚が痛くて動けない。

 そうこうしていると男はまっすぐ雪のほうに向かってきた。

「雪ちゃんこんなとこに座って……」

 言いかけたところで、雪の脚の惨状を見て言葉を途切れさせる。

「雪ちゃん、脚ケガしたんだね」

 男は雪をひょいと姫抱きにする。細身のわりに意外と力持ちなのだろう。

 香水と、そうではない自然の香りがする。

「はっ、放して!」

「でも雪ちゃん、このままじゃ動けないでしょ。病院連れてくから」

「びょ、病院!? いい! そんな大げさじゃない!」

「でもほっとけない」

 このままでは本当にこの体勢のまま、ここから距離がある病院に連れていかれそうだった。

 そんな恥ずかしいことされてたまるか!

「会社までで、いいから……」

「え?」

「この前押しかけてきたでしょ、あそこ。すぐそこだから」

「そこまでいけば大丈夫なの?」

「救急箱あるし」

 男は少し考えを巡らせているようだったが、やがて「わかった」と呟いた。

 なんだ、普通にいいところあるじゃん……。

 周囲に顔を見られたくなくて埋めた首筋は温かく柔らかく、悔しいことに心地よかった。

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