閑話休題1
「そんな話ひどくない!?」
そう言うと雪はジュリエンヌの腹をこぶしでアタックする。テディベアであるジュリエンヌは布地の腸をへこませ黙ったままだった。強まる追撃に、持ち主である春子は思わず叫ぶ。
「やめて! ジュリエンヌに罪はないわ!」
「ごめん、ちょうどいい殴り心地だからつい……」
大人しくジュリエンヌを彼女の指定席に座らせた雪が、今度は春子に詰め寄ってくる。
「でもひどい話だと思わない!? 何かに当たりたくなる気持ちにならない!?」
職務から帰ってきた春子を待っていたのは、今にも死にそうなくらいやつれた雪だった。雪とは学生時代からの付き合いだが、彼女がここまでになる理由が皆目見当がつかない。雪は地味だが頑固で意志が強いので、生半可なことでは折れないのだ。
それが今はどうだ。
男につきまとわれた話を延々とし、ジュリエンヌに当たる雪。これは相当心が折れている。
二杯目のハーブティーは気分が落ち着くラベンダーにしよう。そういう気づかいを込めて、電子ポットのスイッチを押した。
「確かにつきまとわれるのは嫌よね」
「春子捕まえてよ~」
「無理よ。何かあってからじゃないと、警察は動けないわ」
「ちくしょう~~~~~~~~~」
ダン、とテーブルを叩き突っ伏す雪。半分残っていたカモミールティーが零れた。万能薬といわれたカモミールでも、雪の調子は収まらない。やはりラベンダーか。
「でも、そのストーカーには嫌いって言ったんでしょ? 諦めたんじゃない?」
「わかんない。それから見てないから」
冷めたカモミールティーを飲み干し、雪は春子のベッドへダイブする。シャワーを貸したので部屋着も春子のものだ。雪のくたびれたスーツは壁際にかけた。それがこのぬいぐるみが多く立ち並ぶ部屋と不釣り合いだった。
「傷ついてたりして」
春子がぽそりと呟いた言葉に、雪はばっと上半身を上げてどたどたと詰め寄ってきた。
「なんでそうなるの!?」
「だって、ストーカーとはいえ、雪のこと好きって言ってたんでしょ? それなのに雪ってば『嫌い』だなんて強い拒絶したんだから、傷ついてもおかしくないと思うの」
「じゃあ被害者の私は泣き寝入りってこと? おかしくない?」
「そういうんじゃないわ。もっとやんわりとした断り方があったと思うの。そうじゃない?」
「だって……あいつの顔見るとついイラッときちゃうんだもん……」
雪はまたどたどたと、今度は年季の入ったうさぎのミルフィーを抱え込みベッドへ寝転がってしまった。
きっとふてくされてるのだろう。
ラベンダーティーが一杯余分になったが、飲めない量ではないので良しとしよう。
春子の部屋には心地よいラベンダーの香りが漂っていた。
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