押しかけ

 そいつは突然現れた。

「雪ちゃん!」

 雪がルートから戻ってくるところを狙ったのか、それともただの偶然なのか。前者なら証拠さえあればストーカーで訴えてやりたいところだ。

 とにもかくにも、あの優男が会社の前に立っていたのだ。

 開いた口が塞がらない。スマホにかけてこないから諦めたのかと思っていたら、まさか待ち伏せされるなんて!

「しんっっっじられない!! 会社まで押しかけてくるなんて!」

 思わず怒鳴りつける。しかし男は悪びれもなくニコニコしている。

「だって会いたかったんだもん。ね? 俺と付き合ってよ。後悔させないからさ」

「もうすでにあなたに会ったこと自体が後悔の塊なんですが」

「オレけっこうお金持ってるんだよ。欲しいものなんでも買ってあげる! 雪ちゃんに楽させてあげられるよ!」

「いりません!」

「あとはこの前はできなかったけど、雪ちゃんを気持ちよくさせてあげられるし」

 本当に信じられない。ラブホのときもそうだったが、彼には節度というものがないのか。

「あとはそうだな……オレ顔いいから目の保養になるよ!」

 雪の我慢のゲージがカンストした。もう限界。もう無理。何がよくてこんな目に遭わなければならないのだろう。

「あなたみたいな節操のない人は嫌いです! もう私に関わらないでください!」

「雪ちゃん、声大きいって!」

 口を手でふさがれる。ほっそりした、しかし角ばった男の手が唇に触れる。甘い香水の匂い。それに混じって自然な匂いが鼻をつく。それに痺れのような感覚を脳が覚えびくりとする。そんな自分に驚きつつ、口をふさぐ指に噛みついた。

「いっっ!?」

「信じらんない……」

 それはどちらに向けての言葉だったのか自分でもわからなかった。

「雪ちゃん……ごめん、苦しかった?」

「そんなんじゃない……でももう私の前に現れないで」

 それだけ呟き、雪は足早に会社の中へ入って行った。

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