裏での会話
切れたスマホを前に、トキトは意外そうな顔をしていた。
自分の顔はしっかり見られたはずだし、一晩を共にした状況に遭遇すればどこかしらこちらになびくと思っていた。トキトは自分の顔が良いことを自負していた。
だから女は大抵自分のほうに落ちる。そんな確信が彼の中にはあったのだが、有沢雪にはどうやらそれが通用しないようだ。
「へぇ……面白いじゃん」
名刺を見ると会社の住所が載っている。電話で拒絶されたのなら直接会いに行けばいい。
でも会うだけではダメだ。雪は他の女とは違うんだ。
トキトは久しぶりに真面目に、自分のアピールポイントを頭の中で反芻しだしたのだった。
「それで会社に張りこむことにした、と?」
こくりと頷く親友に、深く深くため息をついた。
昼も過ぎた派出所。そこにふらりと現れたのは腐れ縁の親友。夜の仕事をしているからこんな時間に寄りつくのは珍しいと思えば、彼は息もつかせぬ勢いで昨日の出来事を語った。同僚が訝しげな顔でこちらを見ている。「こいつ知り合いなんで。害はない。いざとなれば追い出すから」と、こちらを優先した自分のなんと優しいことか。だが話を聞いて思ったことはひとつ。
バカだ。こいつはバカだ。
「おまえ、それをストーカーって言うんだよ」
「ストーカー? 違う違う。雪ちゃんと会うためだよ」
「相手が嫌がってんのにそういう思考してんのがすでにアレなんだよ」
紺色の制服、腰には警棒と無線機。いざとなれば拳銃だって携帯できる警察官の隼人にとっては、親友のこの発言はいささか見過ごせないものだった。
「被害届け出たら逮捕されるぞ。もう少し慎み深い行動をとれよ」
「誤解だよ」
「おまえの主観の話なのに相手が嫌がってるのが伝わってる時点で誤解じゃねーんだよ。友人が逮捕とかマジ勘弁してくれよ」
「助けてくれないの?」
「おまえ俺の職業知ってて言ってる? 友人だからかばうとかしたら立場無くなるっての」
深い深いため息。もうこれで何度目だろう。
「さっきから態度そっけなくない?」
「勤務中に押しかけてこられたらそっけなくもなるさ。昼間なんだからホストは大人しく寝てろ」
「そうは言っても雪ちゃんに会うには昼間じゃないとダメだろ? 今は寝る時間も惜しいんだ」
こいつは本気だ。隼人は親友が珍しく本気の恋をしていることを悟った。そうしてため息をつく。こいつとは高校時代からの付き合いだが、恋をしたトキトがまともだったことなど一度も見たことないのだから。
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