電話

 大将にしこたま笑われた晩を通り過ぎた今日は休日。

 雪の気分は最悪だった。

 それでも気力を振り絞って、飲み会に連れてった友人の千穂に抗議の電話を入れる。文句ぐらい言いたい。しかし返ってきた言葉は信じられないものだった。

「大丈夫だと思ったから。大丈夫だったでしょ?」

 これが傷心中の友人にかける言葉だろうか。いや彼女は昨日の出来事を知らないので濡れ衣だが、それにしたって冷たすぎやしないか。

「千穂のバカバカバカ! 普通酔っ払った女を放置する? 大人としてありえなくない?」

 何が大丈夫だったでしょだ。こっちは危うく処女喪失しかけたんだぞ。

「だって雪が大丈夫って言ったんじゃん」

「言ってな……」

 まったく記憶にない。酔っぱらいの戯言の可能性はなくはない。いや、大いにある。

「それにしたって……そのせいで……そのせいで……」

「なになに? なにかあったの?」

 まったく悪びれもしない千穂に苛立ち、そのまま通話を切った。

 そんな雪を着信音が咎める。鞄の中にある仕事用のスマホだ。電話に出る気分では到底ないが、休日にかかってくる以上、なんらかの急用だろう。出ないわけにはいかない。出たくない。

「はい、有沢です」

「こんにちは、雪ちゃん」

 ぶつりと通話を切った。

 なんだいたずら電話か。

 がんばって仕事用の声を作った努力を返せと言いたい。

 コール音が鳴る。またも同じ番号からだ。無視したい。非常に無視したい。だが仕事用のスマホであるがゆえに出ないわけにはいかなかった。

「はい、有沢です」

「ひどいよ、雪ちゃん。いきなり切るなんて。一晩共にした仲なのに」

 夢だと思いたかった。なんなら今すぐ逃げたかった。しかし出遅れた。相手は話し始めてしまった。あの晩を共にしただらしのない優男!

「ねえ、今ヒマ? デートしない?」

「なんで……この番号……」

「いやだな、名刺に書いてあったよ。会社の番号と雪ちゃんの携帯の番号」

 そうだった。名刺には個人情報は書かれていなくても連絡手段は書いてある。この男が会社経由で雪にコンタクトを取らなかっただけマシだが。

「金輪際、この番号にかけてこないでください!」

「え~なんで?」

「なんでってあなた……」

 呆れて言葉が出ない。

「これは仕事用のスマホなんです! かけてこられたら迷惑です!」

「あ、じゃあプライベートの番号教えてよ」

「あああああああそうじゃなくてぇえええええ」

 相手はこちらが連絡を絶ちたいというのをわかっているのだろうか。わかっていないだろう。そうでなかったらかなりの性悪だ。いや今の状態でもたちが悪いが。

「私はあなたになんて会いたくありません! 二度と私の前に姿を見せないでください!」

 そう怒鳴りつけてぶつりと通話を切った。ついでに電源も切った。大丈夫、もし仕事の電話がこの間にかかってきたとしてもスマホが故障していたとか言い訳しておけばいい。

 今は仕事のことより、あの優男から逃れることが先決だった。

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