裏での会話
「なにニヤニヤしてんのよ、トキト! 気持ち悪い!」
罵倒と共にマヤの蹴りが飛んできて、それがキレイにみぞおちに入ったもんだから痛かった、すごく。でも手に持った紙切れ一枚、そして今朝の騒動を思い出すとニヤけがとまらないから、いつもなら大事な商売道具に向かって道場仕込みの殺人キックしやがってとか小言のひとつでも言ってやるところを無言でやり過ごした。正直今日は機嫌がいい。
「なによ、黙っちゃってキッモ! 蹴られてニヤけるとか相当ヤバいわよあんた!」
「安心しろ。おまえに蹴られたから喜んでるとかないから」
さらりと揺れるセミロングの髪。肌からは汗とファンデーションが混ざった不自然な、けれど決して不快でない匂いが漂い脳を刺激したのを覚えている。
「有沢雪、か……」
手元の紙切れは彼女が持ち歩いていた名刺だ。中小企業の営業だというのがわかるし、それに何より心が躍るのは、電話番号だ。これでまた彼女に会える確率はぐっと上がった。一晩床を共にした仲で終わらないという希望が、トキトの表情から何からすべてににじみでていた。
「なによそれ、名刺?」
マヤが覗き込んでくるとサッと名刺をポケットに入れた。気づかれると面倒だ。特に裏方であるマヤは商品である自分たちの女性関係にはうるさい。
「知り合いからもらった」
「知り合いって誰よ。女?」
「違うよ、隼人くんだよ」
「ああ……警察官の……」
「隼人くんは女っ気がないからねぇ。男友達紹介してもらったんだ」
すらすらと嘘をついて言いくるめる。職業柄そこまで深追いする気もないのか追撃も止んだ。
「そういやまたあのお客さんからラブコール来てるわよ。さっさと行ってやんなさい。羽振りいいんだから」
「ああ、うん……わかった」
少し歳をとって羽振りがいい女性からお金をむしり取るのが仕事だ。でも雪は別。たとえ彼女が貧乏人でも甘い言葉を囁きたいしなんなら抱きたい。
「早くまた会いたいな」
呟いて、重い足取りで店へと向かった。
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