第3話

「やっと起きたか。待ってたぜ。」


ガレッタの目の前にはカラスの頭をした男がいた。炎の海の上、そこに二人は浮かんでいた。ガレッタは真下の炎を見て慌てる。落ちてしまわないかと錯覚していた。


「そんなに慌てんじゃねぇよ。俺が認めている限り浮かんでられる。」


カラス頭の男は言った。ガレッタはその言葉に不思議と安堵を抱いた。今はこの男の言葉を信じられる。そう思った。


「ここは、どこですか。」


「地獄だ。」


ガレッタは自然と納得できた。院長先生に拾われる前はお世辞でも良い人間ではなかった。生きるために盗みもしたし、暴力も振るった。地獄に落ちても仕方ない。そう思った。


(でも、ミカさんを助けたかった。)


ガレッタは少しだけ後悔をした。彼女はあの後、死ぬよりも辛い思いをするだろう。もしも自分に力があれば......彼女を救うことが出来たのではないのか。死んでしまった後ではあるがそう思わずにはいられなかった。


「意外と落ち着いてんな。そんなお前に朗報だ。お前は正確には死んじゃあいねぇ。」


「どういうことですか。」


「―――地獄は罪を犯した人間が死後に落ちる場所です。」


シスターがそう言っていた。そのあと、例え罪を犯しても神に祈りを捧げることさえ忘れなければ救われるとも言っていた。


「お前らの認識がどうなっているかは知らねぇが。地獄は審判の場所であり執行の場所でもある。ここで罪の有無を決められ有るものには相応の刑が執行される。」


男は言う。男の後ろで炎が上がった。


「そしてもう一つ。更正の場所でもある。ここでの刑を満了したらお前は死ぬ直前から目を覚ます。まあ、満了した奴は数えるほどしかいないがな。」


クククと男は笑った。ガレッタは何も言えない。


「生き返るためにはここで最も多くの苦しみを味わうことになる。途中で止めたいと思っても終わらねぇ。お前が諦めたとき、そのときがお前の死ぬ時であり、永遠の苦しみが決められたときだ。どうする?普通に死ぬか。それとも一粒の希望にかけるか。」


「やります。私は生き返りたいのです。」


ガレッタは答えに迷わなかった。彼女を守れる希望があるなら、彼はどんな試練も乗り越える覚悟があった。


男はニヤリと笑った。正確に言うとガレッタにはその様に見えた。何故なら男の顔はカラスだ。くちばしが曲がることはない。


「それでこそ俺が認めた男だ。期待を裏切るなよ。そぉら、行け。」


男の言葉を最後にガレッタは炎の海に落とされた。


(熱い。熱すぎて声も出ない。どうすればいいんだ。)


炎の海の中、何も言われずに落とされたガレッタは動揺した。どうすれば刑が満了になるのか。何をすればいいのか。ガレッタには分からなかった。


目の前には炎の海が広がるばかり、それでもガレッタは前に進むしかなかった。


どれ程経ったのかガレッタは炎の海をひたすら泳いでいた。体中に熱さと痛みが絶えず襲いかかる。一瞬でも気を抜くと意識を失いそうであった。それでも彼女の為、ガレッタは気を引き締め前に進んだ。


「水いらんかね。冷たい水だ。この水があれば心も体も癒される。」


目の前に突如老人が現れた。


「要らないです。」


ガレッタはきっぱり断った。熱さで喉が焼けそうであった。


「どうしてだい。この水があれば今の熱さを忘れられるぞ。」


老人は不思議そうに尋ねた。


「この熱さを忘れるということは彼女への思いも忘れるということです。私には彼女を助けるという使命がだから要りません。」


ガレッタがそう言うと老人は「ほっほっほ」と高らかに笑った。


「ならばしょうがない。先へ進みなさい。この選択をしたことを後悔しなさんな。」


そう言って老人は消えた。ガレッタはまた進みだした。


炎の海の中を進むと今度は老婆が現れた。


「貴方、疲れているようだね。ここで少し休みなさい。ここならゆっくり休めるよ。」


老婆のとなりには高そうなベッドがあった。


「要らないです。」


ガレッタはこれにもきっぱり断った。


「どうしてだね。このベッドで寝れば体力も取り戻せる。先は長いんだ。休むことも大事なことじゃよ。」


老婆はこれまた不思議そうに尋ねた。


「彼女は今、苦しんでいるのです。私がのうのうと休んでいる暇はありません。」


ガレッタがそう言うと老婆は「アッハッハ」と笑った。


「ならばしょうがない。先へ進み。彼女への思いを忘れなさんな。」


そう言って老婆は消えた。ガレッタはまた進みだした。炎の海の中、果てしない海をガレッタは進む。


「兄ちゃん、船に乗らないかい。この船に乗れば出口まで案内しよう。」


若い男が船に乗りながら言ってきた。


「要らないです。」


ガレッタはそう、きっぱり断った。


「どうしてだい。あの嬢ちゃんを早く助けたいんだろう。ならば乗ればいい。すぐに助けに行ける。」


男は心配そうに言った。


「私は彼女だけはこの手で救いたいと思っています。船に乗るということはその決意を踏みにじることです。私はこの決意だけは貫き通したい。」


ガレッタがそう言うと男は微笑んだ。


「ならばしょうがない。一人で行きな。これは男と男の約束だ。その思い、決して折るんじゃあないぞ。」


男は消えた。ガレッタは進んだ。


炎の海の中をガレッタは進む。そしてガレッタは陸を見つけた。ガレッタは精一杯泳いで陸に上がった。ガレッタの体は爛れ、所々焦げていた。臭いもする。


「そこのきみぃ、私と一緒に遊ばんかね。君の体も治してあげるし、良い思いもさせてあげるよ。」


若い女が言ってきた。胸は大きく腰は細く、尻は大きい。美の頂点であるかのような美しさであった。


「お断りします。」


ガレッタは声を振り絞った。


「どうしてだい。お前はその体であの子に会いに行くのかい。それじゃああの子に振り向いてもらえんよ。あんな貧相な娘より私の方が断然いいだろう。我慢しなくていい。私に身を委ねると良いよ。」


女は誘惑するように胸を突き出しながら言った。


「私は彼女に降り向かって欲しいが為にこの試練を乗り越えようとしているわけではありません。これは私のエゴなのです。例えその場で拒まれても、彼女を救えればそれで良い。」


ガレッタがそう言うと女はガレッタの頭を撫でた。


「ならばしょうがない。前へ進み。君の我が儘を貫きなさい。」


女は消えた。ガレッタは全身に鋭い痛みを感じながら、それでも進んだ。


進んだ果てに光輝く階段があった。ガレッタは息をのみ、階段を進む。階段を上りきるとカラス頭の男が立っていた。


「よう。俺の期待を裏切らなかったな。」


男は「ククク」と笑いながら言った。

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