第13話 リボルト#03 一喜一憂の新歓パーティ Part3 千恵子、本領発揮
「さて、もうこんな時間ですし、そろそろお食事に致しましょか」
楽しい会話に耽っていると、つい時間の経過を忘れてしまう。しかし千恵子は、俺たちにそれを思い出させるために、誰にも聞こえるような大声で叫んだ。
台所から姿を現したのは、髪を後ろに束ねて、腰に真っ白なエプロンをつけている千恵子だった。両手に持っている銀色に輝くトレイの上には、芳しい匂いを漂わせている、見るだけでヨダレが出てきそうな料理がたくさん乗っている。その姿は、まさに料亭のおかみさんそのものだった。
「重そうだな……よかったら手伝おうか?」
「いいえ、結構です。そちらにトレーを渡した瞬間に落としかねませんので。それに、この重さは慣れた人にしか耐えられません」
千恵子は首を横に振り、俺の好意を謝絶した。よほどの自信を持っているみたいだな。
「そうか。そういうことなら仕方ねえな」
断られたのは少し腑に落ちねえけど、せっかく作ったお料理を落としちまって、ありがた迷惑と思われたらこっちも気まずい。やっぱやめとこう、うん。
重いトレーを持ち上げているにもかかわらず、千恵子は歩調を崩さずに、真っ直ぐにテーブルに向かって進んでいく。よいしょとかわいらしい掛け声と共に、彼女はゆっくりとトレーをテーブルに置いた。
どれどれ。うん、どれも見たことのないお料理ばかりで、千恵子の実力と、同時に自分はいかに浅はかな人間であるかを思い知らされてしまった。
「なあ哲也、それは何か分かるか?」
「ぼ、僕に聞かれても……」
俺はしり目で哲也の方を見やると、彼もそのお料理の凄さに圧倒され、驚きの顔を浮かべている。
評価する言葉が見当たらず、俺たちは黙って何も言えなかった。しかし会場を包む
音の発生源を探ると、向こうに立っている菜摘が再びデジカメを構えて、お料理を激写している。
「おおー、さすが九雲さん! こんなすごい料理が見れるのは、なかなかないチャンスだね~今のうちにたくさん撮っちゃおうと~!」
まあ、こんなに上手に出来ていては、もはや芸術品と言っても過言ではないだろう。撮影したい気持ちはよく分かるぜ。ただ……
「あの、端山さん?」
音も立てず、まるで幽霊みたいにどこからともなく、菜摘の背後から突然現れる千恵子。その目付きはとても恐ろしい。
楽しそうだった菜摘も、表情は一瞬にして強ばった。その頬には、冷や汗が流れている。
「ひっ!? は、はぁい!」
恐怖の満ちた悲鳴を上げ、菜摘は後ろにいる千恵子の位置を把握すべく身を翻した。
「お料理は見るものではありません。食べるものです。このままではお料理が冷めてしまいますよ。可哀想だと思いませんか?」
千恵子は眉間にしわを寄せ、不愉快の顔色を示している。やはりお料理を作っている本人にとって、おいしく食べてもらうことが一番大事なんだろう。
「ご、ごめんね、あんまりにもキレイだったから、つい……」
「はぁ……そうおっしゃるのではないかと思っておりました。お気持ちは存じ上げますが、わたくしの立場になって頂ければ助かります」
千恵子の凛々しい言葉に、お料理に対する情熱がこもっている。やはり中途半端な気持ちでは、こんなお料理が作れないよな。
「わ、分かったよ……」
またしても残念そうに、デジカメをしまう菜摘。一日に二度も注意されるなんて、ついてないな。
「それでは、食器を用意して参りますので、みなさんはどうぞおかけください」
千恵子は背中を見せ、再び台所に入った。俺たちは適当に椅子に座り、暇潰しにまた雑談を始めた。
「なあ、千恵子っていつもあんな感じなのか?」
「そうなのよー。アタシたちの意見も聞かずに、いつも一人で仕切ってて、もうやんなっちゃう。少しでも化粧しようとしたら、すぐ叱っちゃうんだから」
俺の質問に答えたのは、だるそうに机に伏せている美穂だった。自由奔放な彼女にとって、真面目な人ほど面倒くさいものはないだろう。
「あー、分かる分かる。オレだって、いつもゲームしてる時に邪魔してきて、もうウンザリだぜ。この前なんて、大事なラスボスと戦っている時にゲーム機を取り上げられて、30分の努力が水の泡だったぜ」
普段からたまってきた不満がついに我慢できなかったのか、聡はゲームに集中してるにもかかわらず、こっちの会話に参加してきた。
やれやれ、委員長も大変だな。
「まあ、九雲くんもみんなのために注意しただけじゃないか。別に悪気はないだろう」
「哲也くんはいいのよねー。委員長と同じ常識人だから、今まで何も言われなくてさ……本当、残念なイケメンね」
「その通りだ! こっちの身にもなってくれよ!」
哲也は二人をなだめようとするも、すぐ言い返されてしまった。まあ、人それぞれの考え方が違うから、ギャップがあるのも仕方ねえな。
そんな陰口を言っている間に、食器入れケースを持っている千恵子は台所から出てきた。何も知らない彼女はそっとそれをテーブルに置くと、満面の笑みを浮かべながらそう言った。
「はい、みなさん、お待たせ致しました。それでは早速、お食事を始めると致しましょうか」
千恵子は真っ先にケースから
「頂きます」
ありふれた礼節のはずなのに、俺たちから見た彼女は、まるで絵のように麗しい。正直、俺は中学に入ってから、ご飯を食べる前に「頂きます」と言ったことがほとんどない。そんな彼女を見ていると、なぜか自分が恥ずかしく思えてきた。
一方、美穂と聡は、「今頃『頂きます』って言うやつがいるのか」と言わんばかりに、呆れた目付きで彼女を見つめている。
「どうかなさいましたか? わたくしをご覧にならずに、早くお召し上がりくださいませ。暖かいお料理が冷めてしまいますよ」
俺たちの視線に気が付いた千恵子は、驚いたかのように目を見開き、俺たちにご飯を食べるのを促そうと手のひらを出した。
そう勧められて、さすがに動かないやつはいない。みんなは立ち上がって、テーブルに置かれているケースの箸を取り出そうと手を伸ばした。
ふう、これでやっと静かにうまいご飯が食えるぜ。
しかし、落ち着くのも束の間。ここから先は、俺は千恵子の本領を知る羽目になる。
「う~ん、この肉は醤油の味が効いてて、甘すぎずしょっぱすぎずとてもおいしい~まさに一級品!」
肉豆腐の牛肉を貪りまくる優奈。あまりのおいしさに、彼女は我を忘れて、肉汁の最後の一粒まで吸い取ろうと箸を舐め回しいている。
「もう優奈ちゃん、アイドルなんだから、あんまり肉ばかり食べるのはよくないよ?」
そんな優奈を見て、苦笑しながらも注意する冴香。同じアイドル活動をする仲間として、そして一人の友達として。
「まあ、大丈夫だよ! 運動すればそのうち減っちゃうから~」
自信満々の優奈は、余裕の顔を見せている。あの抜群のスタイルを見れば、そんな肉が好きな子とは思えねえな。
突然、千恵子はなぜか黙り込んで、少し俯いている。イヤな予感がするぜ。
そして千恵子は、いきなり箸を持っている手をさっと振り上げて、勢いよくテーブルを叩き付けた。「バン」と大きな物音と共に、俺たちは口を閉じざるを得なかった。千恵子の方を見ると、彼女は立ち上がり、怒りのこもった目で優奈を睨みつけている。
「な、なに……?」
そんな敵意剥き出しの視線で見つめられて、さすがに優奈の明るい顔も暗くなり、不安へと変わる。
「『舐り箸』! 箸の先を舐めるとは、無礼極まりないですよ、歌音さん!」
千恵子は腰帯に挟んでいる扇子を取り出して、それを開くと優奈の方へと指している。何かのドッキリと思ったが、その凛々しい眼差しは真剣そのものだ。冗談を言っているように見えない。
「はぁ? あたしはただお料理がおいしいから、もっと味わいたいと思ってるだけだよ? なんで怒られないといけないわけ?」
いきなり訳も分からなく怒られて、優奈はもちろんそれを納得行かず、強気になった。
「そうだよ、料理人としてそれは最高の褒め言葉なんじゃねーの?」
前から千恵子に不満を抱いている聡は、白目で彼女を見ながら、鉄板焼の盛り合わせのおかずをかき回している。しかしそれが千恵子を暴走させるもう一つの引き金になっちまう。
「『探り箸』! お箸でお料理を取る時、おかずをかき回してはいけません! 常に取れる方からお椀に入れなければなりませんよ!」
「あーあ、声を出すんじゃなかった」
さっきまで得意げに喋っていた聡は、急に悔しそうに意気消沈しちまった。
「まったくもう……はっ!!」
またしても目を閉じて溜め息をつく千恵子は、突然何か気配を感じたようで、鋭い眼光を巡らせる。
「えっと、どれにしようかな……」
内気な千紗は、目移りするほどのお料理の前に迷ってしまい、未だに食べるお料理が決まっていないようだ。
「『迷い箸』! お料理を取るのでしたら、さっさと決めてください! 他のみなさんにご迷惑ですよ、真都さん!」
「ひっ! ごめんなさいごめんなさい!」
千恵子に怒鳴りつけられ、恐怖のあまりに千紗はモグラみたいに、テーブルの下に隠れた。まさか迷うだけでマナー違反になるとは思ってもいなかっただろう。
「宴の前に、まずは
宵夜の前には、箸がご飯に突き刺さっているお椀が置かれている。物々しい姿勢と口上と共に、彼女はいわゆる「儀式」を行っているようだ。しかし「感謝」という言葉から、案外素直でいい子かもしれねえな。
しかし、箸の扱い方にしか注目していない千恵子には、そんなことはどうでもよかった。
「『立て箸』! 野薔薇さん、これはお葬式じゃありませんから、そんな縁起でもない置き方はおやめなさい!」
「な、なんたることを! 我はただ頭領とこの食べ物をもたらしてくれた
はぁ、これじゃキリがねえな。そんなに箸にうるさいのなら、使わなければいいじゃん。へっ、やはり俺って賢いな。
というわけで、俺は手元の箸をテーブルの上に適当に置いて、ケースの中にあるスプーンを手にした。それじゃ、俺は遠慮なくうまいご飯を頂くとするか。
しかし、千恵子のマナーに対する執念は俺の想像以上にしつこかった。
「……狛幸さん、貴方は
俺の耳元に、千恵子の今までにない恐ろしく冷ややかな声が響く。それを耳にした瞬間、俺の首筋が凍り付いた。震えながら彼女の顔を見上げると、今度は首筋だけでなく、身体までが金縛りされたかのように動けなくなった。この怖いものなしの俺に、言葉で形容できないほどの恐怖に支配されるとは。
気付けば俺は前屈みになっていて、顔がほぼお椀に接着しているような状態だ。確かに、これは箸には関係がねえか。
「あの、どうしてお椀を持ち上げないのですか? その方が楽じゃありませんか」
「いや、だっておわん重いし、余計な力を消耗したくないつーか……」
ここで嘘をついたら余計に大変なことになりかねないから、もう正直に答えるしかねーな。どうか命だけは!
「な……なんですって!? お椀が重いからって、そんな下品な食べ方をなさるというのですか? 信じられません……!」
あんまりにも想定外の答えに、千恵子はショックのあまりに片手で口元を隠し、驚きの顔色を見せる。
「どうして貴方たちは、いつもこう自分勝手なんですか! 将来大人になったら、示しがつきませんよ!?」
どうやら千恵子の怒りは頂点に達したらしく、とうとう冷静さを失い、火山のように俺たちに文句を投げてくる。これでもう何回目なんだ?
だが、前から千恵子に不満を抱えている人たちにとって、これは反撃のチャンスかもしれない。
「そういう委員長こそ、なんでいちいちアタシたちにルールを決めてんの?正直迷惑なんですけど」
「め、迷惑なんて……わたくしは、あなた方のために……」
「まーたそれかよ。オレたちのためと言いながら、実はオレたちを支配してるのが嬉しいだけだろう! なあ、みんな?」
「なっ……!」
美穂と聡に言い返されて、千恵子は思わず動揺してしまった。まさか自分がこんな風に思われていたと、おそらく本人は一度も思ったことがないだろう。
「そうよ。あたしたち、本当は命令されるのがイヤなんだけど、喧嘩したくないからずっと我慢してきたのよ。ねえ、千紗?」
「う、うん……」
優奈に無理矢理に話題を振られている千紗は、テーブルの下からか弱い声を漏らしている。って、まだ隠れているのかよ。
「くっ……そんなことは……」
追撃された千恵子は、顔を下げ、声が震えはじめた。その赤い唇は、白い歯に噛みしめられて、いかにも血が出そうな感じだ。
だが、ここは彼女のことを不快に思う人だけじゃなかった。
「もう、みんな言いすぎだよ! 九雲さんはそんなイジワルな人じゃない!」
「そうですよ! 私たちのクラスに先生がいない以上、誰かが率いる必要があると思います!」
「端山さん……立花さん……」
絶望の中に援助の手を差し伸べられて、千恵子の顔は一瞬喜びに染まり、両目に涙の反射による光を放っている。
「だーから、その九雲さんが、委員長に務まってないっていうの」
「そうそう、あたしはやっぱ、冴香の方が適任だと思うな」
……ダメだこりゃ。これは千恵子にとって、かなり大きなダメージになるだろう。
「そう……ですか……あなた方は、わたくしのことを最初からそんな風に思われていたのですね……」
千恵子の顔は、再び直視では見えないほどに下がってしまった。そして、傷心によって声にならない声が、静かな会場を凍らせる。俺たちは何もできずに、ただ立ち尽くすしかできなかった。
しばらくすると、千恵子は身を翻し、真っ直ぐ出口に向かって走っていく。
「あっ、九雲さん!」
「失礼します!」
千恵子はそう言い残し、振り返らずに会場を出て行った。
「おい、追いかけたほうがいいじゃねえか?」
「ほっとけよ。どうせ外は危ないし、遠くはいかないだろう」
俺は心配して千恵子の後を追おうと一歩前に踏み出したが、聡に肩を叩かれ、反射神経で足の動きが止まってしまう。
本当に大丈夫か、あいつ……
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【雑談タイム】
聡「さて、静かになったところだし、メシでも食うか」
秀和「おいおい、いくらなんでもそれはないだろう……」
聡「いや、だってアイツを探したらメシが冷めちまうだろう? ここはアイツの願う通りにやるのは一番なんじゃね?」
秀和「お前……こういう時に限ってこざかしい真似を……」
聡「じゃどうしろっていうんだよ! あっ、わかった、さてはおまえはアイツのことが好きなんだろう! まあ、美人ではあるからな、惚れるのも無理もないぜ」
秀和「まだ早いだろう、それ」
聡「まだってことは、いずれ彼女と付き合うってことか! なかなかやるじゃんか! おい菜摘、気を付けたほうがいいぜ、これ!」
秀和「おいやめろ! ふざけるのもいい加減にしろ!」
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