第11話 リボルト#03 一喜一憂の新歓パーティ Part1 熱いミニライブ

【アバン】


秀和「ふう、新歓パーティか。やっと一息つけるぜ」

菜摘「そうだね……ふふふふ……」

秀和「どうしたんだ、菜摘? さっきからテンション高いぞ」

菜摘「だってだって! あのアイドルユニットの生ライブが見れるんだよ!? いちファンとして、これは絶対に見逃せないよ!」

秀和「なるほど、そういうことか。まあ、楽しそうで何よりだな」

菜摘「うんうん! はい、というわけで、これ」

秀和「なんだこれは?」

菜摘「何って、サイリウムだよ。ライブの時に一緒に応援してね! あっ、あとこれとこれと、これと……」

秀和「うちわ、タオル、メガホン……おいおい、やりすぎだろう」

菜摘「はい、哲也くんもぼーっとしないの! このパネルを持ってて!」

哲也「なんで僕まで……」(汗)

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リボルト#03 一喜一憂の新歓パーティ

A restless welcome party


 千恵子に引率いんそつされ、俺はみんなと共に、再びこの「すだち寮」へと足を踏み入れた。爽やかな緑色に覆われているこの空間、いつ見ても落ち着くな。

「狛幸さん、パーティ会場はこちらです」

 玄関の突き当たりに着くと、千恵子は片手を振り上げて、進むべき方向を示してくれた。彼女に導かれて、俺は右に曲がった。そこには、巨大な扉があった。丈がかなり長く、背の高いバスケットボール選手も入れそうだ。紅木の光沢が、とてつもない高級感を漂わせる。

 そして千恵子が扉を押して開けると、パーティ会場は現れた。中には洋風の食事用テーブルとチェア、床に敷かれている絨毯カーペット、ミニライブ用のステージとマイクがある。俺は一瞬、自分が高級ホテルにでも迷い込んだのかと錯覚してしまった。


「すげえな……これも千恵子がデザインしたのか?」

「ええ、その通りです。かなり大変でしたが、みなさんに楽しんで頂けると思えば、これぐらい苦ではありませんよ」

「そうか……こりゃお疲れさん、としか言いようがねえみてえだな」

「ふふっ、どうもありがとうございます。では、あちらの椅子に、お座りになってくださいね」

 千恵子の手が示している方向をたどっていくと、ステージの前に、2行に並んでいる椅子が見える。そういえば、さっきのアイドル三人組がライブをやるとか言ってたっけな。滅多めったにないチャンスだし、せっかくだから思う存分楽しませてもらおうじゃねえか。


 千恵子の指示に従って、俺たちはステージ前の椅子に座った。アイドル三人組が見当たらないが、多分楽屋裏にいるんだろう。

 待っている間の退屈感を紛らわすため、俺は適当に周りを見渡す。すると、俺の左隣に座っている菜摘は、デジカメを構えて目を輝かせている。ここから先に起こる出来事に期待している彼女の笑顔は、なんて愛おしいものだ。

「随分とうれしそうだな、菜摘」

「当たり前だよ! だって憧れのアイドルたちの生ライブが、もうすぐ目の前に始まるんだよ!? もう~、想像するだけでワクワクしちゃうよー!」

 静かな会場に、菜摘のハイテンションボイスが響き渡る。

「そうか、それはよかったな」

「うんうん、これも秀和くんのおかげだよ! ありがとう~」

 なぜか急に感謝されたぞ、俺。まあ、確かに俺はここに転学してこなかったら、このライブ自体も開かれないか。

 しかし千恵子の一言が、菜摘の期待の満ちた、夢の雲を容赦なく叩き落としてしまう。


「端山さん、撮影はご遠慮ください。トリニティノートのみなさんにご迷惑をかけてしまいますので」

 端正なたたずまいに、冷ややかな口調。そのハンパじゃねえ威圧感に、菜摘は危うくデジカメを落とすところだった。

「ええ、そんな~せっかくのいいチャンスだったのに!」

 理想と現実の落差は、いつも残酷なものだ。それを体験した者のみ、その痛みを知る。

「お言葉ですが、規則は規則です」

「そんなの聞いてないよ~お願い九雲さん、そこをなんとか!」

 菜摘は両手を合わせ、頭を下げて撮影の許可を請う。その必死な姿を見て、俺の気分がモヤモヤする。

「駄目です」

 千恵子はまったく動じず、いっそ目を閉じてしまった。料理はともかく、ここまで規則に厳しい子がいるとは驚いたぜ。

「そっか……まあ、規則ルールなら仕方ないよね」

 菜摘は渋々とデジカメをポケットにしまった。しかしその目には僅かに涙が浮かんでいる。

 ああ、ったく。もう目に余りすぎるぜ。親友がこんな目にあって、黙って見過ごす俺じゃねえ。何とかしねえとな、これ。


「おいおい、固いこと言うなよ、千恵子。ここはあくまで個人的でプライベートの行事なんだからさ、別に撮らせてやってもいいんじゃねえか?」

「秀和くん……」

「菜摘はただ、大切な思い出のアルバムにもう1枚を増やしたいだけなんだ。そんな彼女の夢を、叶わせてもいい俺は思うけどな」

「ですが、みなさんが真似したら困ります」

 さすが料理屋の娘、ブレねえな。あくまで自分のルールを貫き通すつもりか。

「その気持ちは、分からなくもねえけどな……どうしたものか」

 さすがに俺も打開策を思い浮かばず、頭を引っかくしかなかった。そこで哲也の一言が、俺たちの悩みを全部解決してくれた。


「だったら、直接彼女たち本人に聞けばいいんじゃないか? それなら何の問題もないだろう」

 何かに悟った俺たちは、どんな言葉を口に出せばいいか分からなかった。さっきまで騒がしい会場は、あっという間にシーンと静まりかえった。

「哲也、お前いつの間にこんなに賢くなったんだ?」

 何とかしてこの沈黙を破らなくてはと、俺は苦し紛れにどうでもいいことを口走った。

「失礼だな、僕はいつでも賢いぞ。ははは」

 しかし哲也は今までの真面目なイメージを完全に捨て、まるで漫才でもしてるかのように俺の質問に返答した。これはきっと俺の影響を受けたな、うん。

「ぷっ! あはははは……」

 そしていつも通りに、菜摘がまた笑い出す。もはや定番だな、これ。

「はぁ……分かりました。あとで訊いてみます」

 どう反応していいか戸惑っている千恵子は、またしても大きな溜め息をつき、何とか思いとどまってくれた。


 ちょうどその時、ステージからドンドンドンと、軽快な足音がフェードインしてくる。どうやら三人の準備は整ったようだ。華やかなライブ衣装に身を包んでいる三人は、アイドルならではの光彩を放っている。

「はーい、みんなお待たせ! これからはトリニティノートの、久々のぷちミニライブを開催するよ~♪」

 菜摘以上の元気を持っている優奈は、片腕を頭より上まで伸ばして、高らかに喜悦の声を出す。って、ぷちとミニは同じ意味じゃねえか!

「ま、まだ考えたばかりの新曲で、うまく歌えるかどうか分からないんですけど、おお、応援よろしくお願いします! い、言えたぁ……」

 緊張屋の千紗は、相変わらず声を震わせている。しかもポーズは内股。かわいい顔が台無しだが、ここはご愛嬌ということで。最後まで自分の言いたいことを言い切れただけで、高い評価に値する。


「あの、少々宜しいでしょうか」

 千恵子は丁寧に片手を上げて、質問しようとしている。その様子は、まるで授業中の生徒みたいだ。

「はい、なんでしょう?」

 応答したのは冴香だった。麗しくて可憐な姿に相応しい、癒しの声が流れてくる。

「先程、端山さんが撮影をしたいとおっしゃいましたが、如何でしょうか? 許可がないとご本人も困るでしょうし、一応確認ということで」

 千恵子はマネージャーにでもなったつもりで、念には念を入れる。まあ、菜摘と冴香は仲がよさそうだし、大丈夫だろう。

「端山さん……あっ、菜摘さんですか? もちろん大丈夫ですよ!久しぶりのライブですし、やはり形のあるものとして残しておきたいですね」

「うんうん、構わないよ! むしろドンドンジャンジャンとパシャっと撮っちゃってほしいな~ね、千紗?」

「う、うん……わたしも異議なし……だよ」

 優奈に振られた千紗は、なぜか視線は床に向いていて、顔に苦笑が浮かんでいる。まさかいやがってるんじゃないだろうな?


「畏まりました。ご本人がああおっしゃいましたら、わたくしも割り込める立場がなくなりましたね。はぁ、仕方ありませんね」

 なんでそこで溜め息をつくんだよ、おい。っていうか、いくら自分が寮の設計者デザイナーだからって、最初から割り込む筋合いはないだろう。まったく度し難い人だな。

「それでは、気を取り直して……」

「聴いてください、わたしたちの新曲を!」

「『キミとの出会いは、奇跡のシンフォニー』!」


 まるで呪文のように、明かりが三人の声が消えた瞬間に一斉に暗くなった。すぐさまライブではなくてはならない音楽も、緩やかに響き始めた。

 しかしわずか7秒後、緩やかなバイオリンと思われる優雅な音色も、一気にポップな旋律へと変化した。力強いドラムの音は、心に激励を与えてくれる。

 こうして俺たちは、彼女たちの歌声に酔いしれた。うるさい野次馬も余計な雑談もなく、ただ元気の満ちた三人の少女が、自分の心にこもっている気持ちを精一杯伝えているだけ。


「この世界は こんな大きいはずなのに

 地球はなんて小さいの

 ここで会ったが百・年・目!


 最初は不完全なスタートだけど

 きっとこれからは 何かデカいことができるよ

 そんな気がしたんだ!


 キミとの出会いは 奇跡のシンフォニー

 これほどうれしいことはない

 悲しくて 涙が出そうな時も

 いつかはきっと 幸せの結晶になれるよ


 思い出のアルバムをめくってみたら

 そこにあったのは キミの最高の笑顔だよ」


「みんな、盛り上がってるぅ~? この勢い、もう止まんないよ!」

「お、応援してくれたら、うれしいな~って……」

「さあさあ、まだまだ行きますよ!」

 間奏の間に、休まずに大声を出す三人。灯光に照らされている彼女たちは、今最高に輝いている。

「きゃっー! こんな間近で見れるトリニティノートの生ライブ、サイコー!」

 この瞬間を一番楽しんでいるのは、言うまでもなく菜摘だろう。アイドルたちに負けないぐらいの大声をあげて、心底の悦びをさらけ出している。しかもいつの間にか両手にサイリウムを装備していて、激しい動きとともに、虹色の光が不規則な軌跡を描いている。

 楽しんでるようで何よりだな、うん。

 こうしてパーティ会場は、しばらく熱い光と音で組み合わせた雰囲気に包まれていた。身体も心も暖まって、サウナ室にいるみたいで汗が出そうだ。うーん、やっぱ青春っていいよな。

 しかし楽しい時間はいつも早く感じてしまう。およそ7分ぐらい過ぎ、音楽はだんだん小さくなっていき、照明も元通りになった。


「以上、トリニティノートからの『キミとの出会いは、奇跡のシンフォニー』でした! お気に入ってくれたら、嬉しいかな」

「ふうー、久しぶりに歌えて、超気持ちいい~みんな~、楽しんでくれた?」

「え、えっと……どうでしたか? うまく歌えなかったかもしれないですけど、つ、次こそうまく歌ってみせますから……!」

 激しい歌とダンスをこなした三人は、意気が上がっているにもかかわらず、まだお喋りを続けている。今の彼女たちは、俺たちをただのクラスメイトとして見ているのではなく、ファンとして見ているのだろう。なるほど、これはアイドルの本気か。しっかりと見届けさせてもらったぜ。


「アンコール! アンコール!」

 そして菜摘一番のファンは、上がりっぱなしのテンションを治めることができず、まだしても叫び続けている。

「おいやめろ」

 そんな彼女の頭を冷やそうと、俺は躊躇いなくツッコミチョップを入れた。気持ちは分からなくもないが、これ以上アイドルを疲れさせては、ファン失格だ。何とかしてこれ以上の展開を食い止めないとな。

「あう」

 俺のチョップをまともに食らった菜摘は、弱々しい声を漏らした。はぁ、やれやれだぜ。

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【雑談タイム】


秀和「まったく、熱くなりすぎただろう……ぷちミニライブなんだからさ、アンコールなんてあるわけねえだろう」

菜摘「だって~、久しぶり聞いたからつい……」

秀和「まあ、気持ちは分かるけどさ、今はパーティがメインだから、少し我慢してくれ」

菜摘「はーい」

秀和「それにしても、ずいぶんと変わったな、菜摘は」

美穂「えっ、そうなの? いつもこんな調子だと思うんだけど……」

哲也「中学で合ったことがないから、そう思うんだよ。中学の頃の彼女は、もっと……」

菜摘「わー、わー! これ以上はダメー!」

美穂「え、別にいいじゃない~友達なんだし」

菜摘「親しい仲も、礼儀があるっていうんだよ~」

聡「誰にだって、言いにくい過去があるもんだな」

美穂「なによ、その意味深な言い方は?」

聡「さあ? ご想像に任せるよ」

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