第15話

思いつきで美容院へ行った。

今回に限っては、頑張ろうと思えるようなイベントをつくりたかっただけで、こんな髪型にしたいとか、こんな色にしたいとかいうイメージすら湧かなかった。とにかく鬱々していた。空は、薄い光を帯びた灰色で、小雨が降っていた。美容院に向かう道すがら車内の暖房を上げながら、友人におすすめされた曲を口ずさむ。心も体も寒いんじゃ泣いてしまいそうだ。こんな日に家に閉じこもっていたら絶対に良くない。


「今日はどんな感じにしましょうか?」と尋ねられたが、「分からないんですよね」と、美容師が返答に困る答えトップ3に入る返答をしてしまった。

ハットをかぶった如何にも美容師という風情の男性は、それでも困ったりせずカタログを見せてくれた。

何となくでピンク系の色を選び、他愛ない話をしながら身を委ねる。私は、丁寧な手つきで体に触れられることに本能的に安堵を覚えるタチなのかもしれない。髪を触られながら、そんなふうに思った。

カラー剤の冷たい感触が好きだ。少しづつ髪を下ろしながら、塗り残すところがないように、ゆっくりゆっくり髪を撫でられる。(美容師からしてみれば、ただ単に塗ってるだけだろうけれど)やっぱり美容院が好きだなぁと思う。

しばらく時間を置いてシャンプー台へ移動した。少しだけ薄暗い。

「じゃあ流していきますね」

服の中にお湯が入らないように、首の後ろに手をあてられ、昔の彼氏のことを思い出した。

『力抜けって』

そう言われても、どうしても身を委ねきるということができない。そう伝えると、笑うのだ。

『人生に力みすぎだろ、もっと力抜けよ』

となぜか人生にまで話が飛躍する。そう言われると、可笑しくなって一緒に笑うんだ。いつもそうだっだ。

メンタルの調子が優れないせいか、たったそれだけの元日常を思い出しただけで泣きそうになった。

優しかった。甘いことしか言わなかったあいつは、美容師を辞めている。

なんで、こんなにも上手くいかないかな。あれもこれもそれも、上手くいかないな。

そんなふうに思いを巡らせているうちにシャンプーも終わり、元の席にもどる。ドライヤーを当ててもらう頃には、雲の隙間からの光が刺すように注いでいた。

「帰る頃には止んでるといいですね、雨」

美容師はそう言い、鏡越しに微笑んだ。

心も体も雨宿りしたな。少しづつ晴れ間の広がる様子を店内から眺めながら、少しだけ昔のことを思い出して、懐かしさに安堵していた。



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明日の朝は何色の空 @maigon0402

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