第7話

いざ家に帰ってみたものの、やることがない。


俺は椅子に座ったまま眠りこけていた。




ガチャガチャと台所の方から音がした。


その音で目が覚め、扉を開けて台所に向かう。


すると、息子のケイトが料理の準備をしているところだった。


そうか、エリーシアは家事を放棄していたんだった。




「何か、手伝うか?」




ケイトに料理を任せて自分が何もしない、というわけにもいかないだろう。


料理なんてまともにしたことはなかったが……




「平気平気」




しかし、素っ気ない返事で返されてしまった。


俺も何を手伝っていいのか分からず、テーブルに座っているしかなかった。


手際よく野菜を切って、鍋の中にそれを入れる。


今夜はカレーのようだ。


ケイトは皿を3つ取り出し、そこに米をよそって、カレーをかけた。




「母さん、できたよ」




ケイトはエリーシアを呼んで、3人でテーブルを囲んだ。


何かしゃべらないとと思い、俺は口を開こうとしたが、何も思いつかない。




「カレーはどう?」




どう?ああ、辛さのことか。




「丁度いいな」




「良かった」




それで会話は終わり、エリーシアは黙って部屋に戻って行った。


俺も部屋に戻る。


食器くらい洗えば良かったか……




ベッドに寝転がると、ポールが俺の部屋に入ってきてこう言った。




「おいディック、絶対に逃げるなよ。もう手遅れかも知れないけどさっ」




捨て台詞を吐いて出て行った。


くそ……


ここにいたらおかしくなっちまう。












翌朝、俺はまたも家事の音で目を覚ました。


しかし妙だ。


ケイトは学校に行っているはずだ。


まさか、エリーシアか?


そう思い扉を開ける。




「お前、学校は?」




そこにいたのはケイトだった。


ケイトはなぜかこの時間に部屋の掃除をしていた。


朝の9時である。


学校は8時には始まるはずだ。




「行ってないよ。母さんがああいう状態だから目は離せないよ。学校には休学届を出してるから」




ケイトは学校に行かず、ずっと家事をしてエリーシアの面倒も見ていたのか?


頭から氷水をぶっかけられたような感じだ。


俺は一気に自責の念にとらわれた。




「……すまん」




思わず言葉が出た。


すると、その言葉を聞いたケイトも、内面の俺に対する不満を口にした。


ほんの一言だ。




「母さんは帰りを待ってたよ……」




どうやら氷水は2杯用意してあったらしい。




俺はエリーシアの気持ちを無視して帰らなかった。


ある日ケイトは決心したんだろう。


自分がこの家を守るしかない、と。


だから、料理を手伝おうとした俺を制したのだ。




「父さんには頼らない、どうせすぐにいなくなるんだ」




そんなケイトの胸の内まで、伝わってきてしまった。




俺は我慢できず、家から抜け出してきた。


歩いて、別なことを考えたかった。


吸血鬼のこと、ミスリルのこと。


しかし、思いつくのは家のことばかりだ。


自分が今までしてきたことが頭の中でフラッシュバックし、そのたびに後悔した。


ある日酒屋で口走った一言。


家に帰ったらうるせえからな、もう一杯だけ飲んでそのまま仕事に行くぜ。




おいディック、お前ってバカなんじゃないか?


頭の中でポールがそう言った。












それから2週間後、進展があった。


ポールが本部から戻ってきて現状を報告した。


吸血鬼の件に関して、速やかに処刑するつもりだったが、吸血鬼の下で働いていた従業員が刑務所でデモを起こしているらしい。


そのせいで処刑は延期となったようだ。


ミスリルの剣も仕上がっていたが、これでは使う機会がないとのことだ。




俺は、どうせ仕事がないんなら丁度いいと思い、ケイトにポールの武器化の手ほどきをしようと思い立った。


ケイトは、初めて俺の言葉で目を輝かせた。




「ほんとに教えてくれるの?」




ずっとせがまれても断って来たが、もうケイトの気を引くのはこれしかないだろう。


俺はポールにエリーシアの面倒を頼み、ケイトを連れ立って近くの公園に向かった。




自分の器の中に水を注ぎ込むイメージで、相手の魔力を自分の器に入れ、命じれば剣に変身させたり、戻したりすることができる。




俺はそのイメージの方法をケイトに教えた。




「すぐにはできないかも知れないが、まあ帰ったら試してみろよ」




「分かった!」




明らかに返事が生き生きとしていた。


これで少しはケイトの気持ちが掴めただろうか。


しかし、懸念はあった。


エリーシアが孤立しないだろうか?


恐らく、エリーシアは俺のことが嫌いだ。


よりどころのケイトを奪ってしまったら……




そんな気持ちで家に着くと、エリーシアとポールが台所にいた。


エリーシアは俺の方を見ると、椅子から立ち上がり部屋に戻ろうとした。


その時だった。




「……うんこまみれ」




「!?」




エリーシアが言ったのか?


ポールの方を見ると、チラっとこちらを見るだけで、何も言わずどこかに飛んでいった。


あいつら、俺の悪口を言ってたのか?


うん○まみれって、まさか飛行船から落ちた時のことか?


ポールの野郎、話し盛りやがったな……




少しイラッとしたが、俺は心の中でつぶやいた。




「助かるぜ、ポール」


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