第8話
ピヨピヨ、と小鳥のさえずりが聞こえる早朝。
日差しが窓のガラスを透過して部屋の中に入り込む。
それでもまだ部屋の中は薄暗い。
ケイトもエリーシアもまだ眠りについていた。
パカ、と冷蔵庫から卵を2つ取り出し、台所でそれを割る。
しかし、力加減が分からず、1つの卵をダメにしてしまった。
「くそ、左手じゃ微妙な力加減が分からねえ」
俺は誰よりも早く起きてきて、家族の朝飯の準備をしていた。
右手がまだ痺れて感覚がないため、仕方なく左手で卵を割る。
殻は入ってしまったが、まあ何とか割ることはできた。
それをかき回して、フライパンに落とす。
ジュウウウ、という音がする。
更に切っておいた正方形のパンを入れて、しみ込ませる。
「砂糖は入れるんだっけな」
俺はうろ覚えのフレンチトーストのレシピを思い出しながら、どうにか完成させた。
皿に2枚ずつ、そしてコップに牛乳を注ぐ。
それをテーブルに準備した。
ガラじゃなかったが、これくらいならしてもいいだろう。
「あれ?父さん、珍しいね」
その後に続いてエリーシアがチラっとテーブルを見る。
「……」
黙ってテーブルに着き、俺とケイトもテーブルに着いた。
カチャカチャと食器の音だけが聞こえる静かな食事だが、そこにはこの前の気まずさはなかった。
俺は2人の反応を伺いながら飯にありついた。
どうなんだ、うまいのか?と聞きたかったが、イマイチ切り出せない。
「父さん……」
「なんだ?」
「殻、取ってよ」
プッ、とエリーシアが噴き出した。
俺はなんだか、嬉しいような、恥ずかしいような、妙な気持になった。
「す、すまん」
しょうがないなあ、とケイトが言う。
何だろうか、この暖かい気持ちは。
今日、俺は早起きして朝食を作って良かったと思った。
それから数日は、こんな風な静かな日々を過ごした。
昼間はケイトに魔力の扱いを教え、うちではポールとエリーシアが俺の悪口を言い合ったり、適当な雑談をしたりして過ごしていたようだ。
夕食は俺とケイトで準備するようになり、3人で一緒に食べる。
たまにポールもそれに混ざる。
少しずつ会話も増えた。
相変わらず、話題を振ってくれるのはケイトかポールなわけだが……
いつかエリーシアの病が回復して、俺を許してくれるようになるのなら、俺は何でもする。
家族のためになら、死ねる。
しかし、事件は起こった。
吸血鬼が釈放されるという連絡が入ったのだ。
デモが大きくなり、警察の手に負えなくなったためである。
ただし、釈放する際に見張りをつけるという条件付きだ。
それに俺が抜擢された。
吸血鬼が妙な動きを見せたら即、斬ってもいいという条件だ。
俺は家族と別れなければならなくなった。
家を出る際に、俺はこう言った。
「次からは、できるだけマメに帰る」
そして、生まれて初めてかもしれない。
謝罪の言葉だ。
「今まで、すまなかった」
それを聞いたケイトは目に涙を浮かべた。
エリーシアも黙って部屋に戻って行った。
扉の向こうからは、すすり泣く声が漏れてきた。
「ポール、お前はこの家に残れ。ケイトが学校に行けるようにな」
ポールは驚いてジタバタした。
こいついつもジタバタしてんな。
「ディック、マジかよ。オレがいなくて平気か?」
「ああ、剣はミスリルに鞍替えだ。要するに、お前は用済みってことだ」
「ひでえっ、あんだけ助けてやったのによっ」
そして俺は扉を開けた。
俺は本部に向かい、ミスリルの剣を受け取った。
鞘に納められている時は抑えられているが、剣を抜くとそこから強力な魔力が放たれる。
その足で刑務所に向かった。
警備に案内され、通路を進む。
独房に入ると、一番奥の牢屋に吸血鬼がいた。
「釈放だ」
俺がそう言うと、警備員がカギを開けて、牢屋から吸血鬼を出した。
「これから俺がお前の相棒だ。妙な動きを見せたら、即座にこのミスリルソードを胸に突き立ててやるぜ」
吸血鬼は何も言わず、こちらを一瞥するだけだった。
何を企んでいても、これがある限りこっちが絶対優位だ。
この前みたいな小細工はいらない。
ただ剣を抜いて斬りつけるだけで終いなのだ。
車で吸血鬼の屋敷に向かう道中も、俺は片時も離れずついていた。
しばらくはずっとこんな感じになるのだろうか?
だいぶ窮屈だな、と思った。
なにせ、常に監視していなければならないのだ。
やつがトイレに行く時も、入浴する時も一緒なのだ。
こんなやつと恋人同士みたいな関係かよ、とため息をつく。
車が屋敷に到着し、中に入る。
「早速会社の営業を再開するのか?」
「ああ、だが、その前にお前を何とかしないとな」
「何?」
俺は剣を抜こうと構えた。
が、体が動かない。
何かされたか!?
「お前は前に私の攻撃を受けていたな。それは私に噛まれたことと同義だ」
こいつの胸に剣を突き立てる直前に受けた腕の傷。
あれはこの吸血鬼の一撃によるものだ。
噛まれたらその本人は吸血鬼になる、ということは知っていた。
しかし、まさかやつの剣で斬られても同じことだったのか……
俺の意識は暗闇に飲まれていった。
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