第9話



今より壁の色褪せがなく景色が眩かった。

光もどことなく活力があり澱んだ空気ではなかった。

側に居たはずの上司すらその景色からは消えていた。

自身の視点が扉へと向く。待ってどこへ連れてくの。

私の意志ではない視点。

身長の高さが私ぐらい、窓ガラスに一瞬だけ顔が写る。

ーー侍女の顔だった。

侍女は走っていくそして死んだ筈の私を罵った貴族と廊下の曲がり角で出会う。

過去だと認識出来たのはその後だった。貴族の顔が若々しく凛々しい。

楽し気に会話を交える中、ここの西暦が数年前まだ侍女が産まれてない年であり戦争が行われていた最中。

侍女と貴族は、いや侍女の母前任の聖女と貴族は逢瀬を交わしていた。

異世界の者の人生が異世界の者の人生と激動の当事者でありながら、心を燃やしていた。

だがある時聖女は知ってしまう。

牢の中に番する者を。

決して開けてはいけない牢の者と。

貴族は甘かった。彼女に甘すぎるほど甘く溺愛し愛していた。

だから彼女は貴族の為に罪人と接触した。

驚きはない。牢の中は前より薄明るく彼を照らしている。彼のダッチタンの舌が健在なのを少し心の中瞳の奥で安堵していた。

彼は瞳を見透かす。

私は内心鼓動を抑えた、聞こえる筈がない。それに彼は。

鼻で笑う音がした。

聖女の奥で笑う奴がいたら笑い返しに行く。

それは黒幕であろうか。

聖女を操る黒幕は誰なのか。

前任の聖女は怒りに任せ説教する。それに眉根を寄せ鬱陶しそう。

前任の聖女に不信を抱かせるのに十分で聖女は次々調べ上げる。

そして、貴族の国籍がここではないことを調べ上げた。

彼女は恋人に裏切られた失意のどん底に陥る。

そしてすでに身籠っていた。彼女は考え侍女が産まれ城から出る決心をし聖女は城を出た後『何者かに』『黒い外套に』『竜の身体と蝉の羽に竜の頭は双頭で足も二倍』の国旗を想起させる者に首を刺され身体を持ち攫われた。

首に刺される瞬間彼女は呻き声で貴族の名を呼んだ。助けてと縋る声で。

その先に待っていたのは彼で彼は聖女を抱きしめ荷台に運ぶ際、耳元で囁くここから「狩り」は始まる。君に何が出来る。

死体を見つめる彼は誰と会話したのかそれとも独り言と疑問に思った。だって最初に出会ったのは。過去を見ているだけの自分に次の行動は驚愕した。

彼らは祭壇に聖女を置き祀り聖女の死体を通し竜が靄と共に浮かび上がり、竜が聖女を見るや否や大口を開け、闇がスローモーションに上から迫る。

意識が竜の中へと一体と化した。

竜の腸の中は初めてだった。死体は当然動くことはない。ただ酸で溶かされる運命を過去を見ている私はいつ現実へと還れるのかと焦り怒号に喚き散らす内心ではどうしてこうなったのとそういえば毒を飲んで幻覚を見るけれど毒は毒だから。

死を悟りつつある意識。

彼の所業は怒りへと竜へ注がれ竜はそれを糧に街に火を業火を浴びせる。

彼はその国を見ていい気味だと笑った。せせら笑う。

かつて江戸から異界へと召喚された彼は勇者と崇められたが別の勇者の子孫の国に自身は殺され魂だけ彷徨う怨霊と化していた所を竜へと邂逅しその思想にはどうしようもない嫌悪があったものの自身は仕える相手には滅私奉公で挑む姿勢とその忠臣深い考えと文化を気に入られここ最近「二ホン」という特定の国の者たち出身者が召喚され手先、配下、部下、奴隷、生贄など様々な用途で使用再使用再利用された。

自身は勇者が残したもの全て残らず壊す。文化、国、恩恵、平和、多岐に渡るそれを『戦争』へと持って行く。

全ては血で洗い流され地へと帰る。

武士になれず憧れの主君へと尽くし死ぬ運命は異界へと望まぬ形で叶う。

憧れは歪んだ形で叶う。あの日も今と同じ雨だった。

泥を跳ね主君の元に帰る筈だった。自身は走っていく景色が変わり始めていくことに気づかない。

雨の中、霧雨の中。主君は武士の報告で近辺を探すよう命令を下していた。

彼はとうとう帰ることはなく雨の中蒸発したのだと城内で囁かれる。

雨は、嫌いだ。そう呟いた。自身を召喚される原因ともなった国が滅ぶ様を見て反抗する勇者を見てこの雨は自身への罰であり罪を土へと積み重ねる染みとなっていく。

雨は波紋を起こしていく。呼び水となることをこの先に。

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投獄された聖女 那須 弓 @nasuyumi

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