第18話 資本論が見逃したこと

 塚堀がスーザンのためにネット上で購入した資本論は、英国の出版社が刊行したペンギンブック・シリーズにある英語版だ。第一巻だけでも千百ページを超える。

 届いた資本論を開いてみた塚堀は驚いた。英語版は邦訳とは比較にならないほど簡潔な文章である。マルクス経済学が健在だった時代でも資本論は難解な書として学生の間では敬遠されたものだ。そのため解説書だけで済ませてしまった学生が少なくない。学生時代に英訳を取り寄せるべきだったと悔やまれた。難解なのは邦訳の表現にあるのかもしれない。スーザンの反応が楽しみであった。


 スーザンが資本論に取組み始めてから数週間が経った。塚堀が抱いた当所の危惧は必要なかったようだ。放り出すこともなく熱心に読み続けている。

 ふたりはソファーにいる。片方の肘掛に背をもたせかけたスーザンは両足を塚堀の太腿の上に投げ出している。土踏まずのアーチが大きい。

 「資本論では、本来の給与とは、個人が、あるいは家族が、幸せな毎日を送ることができる額としているわ。社員が日々の生活を繰り返すのに必要な食品や衣料はもちろん、レジャーを楽しみ健康保険を買うことが可能な額でなければならないのよ」

 スーザンが長い間捜し求めていたのは、このことに他ならない。

 では、人が幸せな日々を送ることができる所得とはどれほどなのか?

 「先日、インターネットが興味あるデータを紹介していたわ。人の幸福度は年収が七万五千ドルまでは急上昇するが、それから先はほとんど上昇しないという調査の結果が出ているそうよ。七万五千ドルは時給では三十七、八ドル前後になるわね。現在の最低賃金である七ドル二十五セントが人が幸せを感じることができる水準を大きく下回ることは明らかだわ」

 「それと同じ調査が日本にもあって、年収が八百万円だったそうだ。米国とほぼ同じ結果で、先進国ではこのレベルが人々が満足する所得額と考えてよいようだね。多くの人たちにとってはこの本来の給与が姿を消している。マルクスは生産に使用される資本は、不変資本と可変資本に分かれるとしているよね」

 スーザンが頷く。資本論の第一巻は不変資本と可変資本の違いを説いている。

 不変資本とは?

 「それは生産のための設備や機械を購入する資本を指す、とあったわ」

 では可変資本とは?

 「可変資本は労働力という商品の購入に当てられる資本だとしているわ」

 「マルクスは、利潤増の源泉は不変資本ではなく可変資本にあることを説いた。設備や機械は使用すると消耗するが、その消耗分は減価償却費として費用に計上される。この減価償却費は設備や機械の耐久年数に応じて算出され、転嫁される価値そのものを人が操作することはできない」

 「ところが、百ドルの賃金で八陣時間働く条件で雇用された労働者は、賃金が九十五ドルに下がったからといって自動的に労働をやめることはしないわね。もし職場を放棄すれば解雇されてしまう。一方、百ドルの電気代で八時間稼動する工作機械では、電気を五十ドル分しか使わなかったら、四時間でこの工作機械は停まってしまうわ」

 「従業員はいったん雇われると、雇用主によって賃金が引き下げられても、失職しないためには渋々それを受け入れてしまう」

 「資本論では資本家としているけど、今なら企業人あるいは経営者と呼んだ方が理解し易いわね。利益の極大化を狙う経営者によって給与が決められてしまう。あの時代のことだから、それは同じ額の賃金で社員が長時間働かされる職場を生むとしていたわ。現代のように就業時間に制限がもうけられた時代では、長時間勤務ではなく実質賃金の引き下げになるわね。こうして幸福な生活に必要な額であるはずの給与が、次第次第に本来の目的を満たさない水準に引き下げられるのが資本主義に秘められた仕組みだ、と資本論は説いたのよ」

 一読しただけのスーザンが資本論の核心を理解していることに塚堀は感心した。

 塚堀が、「資本論ではこのように資本は不変資本と可変資本に分かれるとしているが、簿記を学ぶとその記述にはなにか腑に落ちない点があるとは思わない?」 

 「その通りだわ。マルクスが説いたようにバランスシートの右下の資本の部を不変と可変に区分したとすると、不変資本に対応する設備や機械は左側に記載されている。でも、可変資本に対応する資産は左側には見当たらないわね」

 「そうなんだ。マルクスは実務に携わることはなかった。しかしエンゲルスは、父親が経営するドイツ企業から送り込まれて英国法人の社長を務めていた。工場長としてエンゲルスは帳簿を見ていたはずで、労賃は光熱費などとなんら違いがない経費に過ぎないことを知っていたはずだ」

 「従業員はその形のない労働力という商品を提供するのであって、簿記の仕訳にあるように、企業にとっては従業員そのものの経済上の価値はゼロに過ぎない、それが資本主義経済なのだ、ということを資本論は見落としているわね。社員は大切にしなければならない、人的資源が企業の業績を左右する、社員は経営資源だ、と折に触れていわれながら、企業の実力を示すバランスシートのどこにもその人的資源は資産としては記載されていないわ。経営者によるリップサービスに過ぎないことになるわね」

 「今スーザンがいったことが経営者だけでなく世間でも理解されていない。ROEの文字を見たことがあるよね?」

 「高いROEを達成したトップは優れた経営者とされているわ」

 「そうだ。このROEとは、企業の利益をバランスシート上の資本の部の額で割った数値で、資本がどれだけの利益を生んだか、資本を上手に運用したか、を示すものとされている。最近は資本ではなく、利益をバランスシートの左側の総額で割ったROAと呼ばれる総資産経常利益率が注目されるようになった。企業の資産が効率よく運用されているか、を示す指標だ。日米共に経営者はこのような指標を競い合っている。でも、どちらの指標も、人件費を差引いた後の利益を分子に使用していることには変わりがない」

 「これらの指標を高めようと、分子を大きくするために経営者は諸経費を圧縮することに血眼になっているということね。圧縮の対象に経費では最も高額のひとつである人件費が含まれるのは当然で、優れた経営とは、給与を圧縮することと同義語になっているのよ。人が幸せな生活を送れる給与、という考えはそこには入り込む余地がないわね」

 「金儲け主義に疑問を投げかける風潮も出始めてはいる。投資残高が世界の運用資産の三割を占める、環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)に注目するESG投資がその一例だ。これに社員への本来の報酬(Compensation)であるCの達成度を加えるべきだ。だが、だれもそれを唱えていない」


 「ジム、なぜ、マルクスはふたつの資本にこだわったのかしら?」

 「余剰利益の源泉を説くためと、失業の発生理由を明らかにするためだったと思われるね」

 「資本論では不変資本と可変資本の間の比率の変化が失業をもたらす、とあったわ」

 「その通りだ」

 「資本主義経済が進化すると機械化が進んで不変資本が増える。その分、可変資本が必要でなくなり、失業を生むとしているわ。これは機械化が失業の原因とする現代の考え方にも通じるわね」

 「資本論では 実質賃金の引下げを資本家による搾取と呼び、搾取に耐えられなくなった労働者と失業者の群れが革命に立ち上がって資本主義経済は消滅するとした。しかし、その後の歴史は異なった。欧米や日本のような先進国では革命は起きなかった。どこに資本論の過ちがあったのだろうか?」塚堀が尋ねる。

 「十九世紀の欧州は大量の失業者で溢れたのに、第二次大戦後の米国や高度成長下の日本では人手不足が見られたわね」

 「それが資本論が説得力を失ったひとつの理由だ。資本主義経済が進化すれば必ず大量失業者を生み、革命を起こす要因だとマルクスは説いたのに、現実はそうはならなかった。どうしてだと思う?」

 「私も考えてみたわ。どうもマルクスは産出量の拡大、今風に呼べば経済成長を

資本論の前提に置かなかったみたいね。不変資本と可変資本の関係は必ずしもゼロ・サムではなく、双方が共に増えるシナリオを見落としてしまったのよ」

 「その通りだ。設備投資と雇用が同時に拡大する経済の存在だ。マルクス理論の批判者でさえ見逃した資本論の欠陥といえるね」

 「経済成長を考慮に入れなかったために、経済成長が分厚い中産階級を生む可能性も考慮の対象から洩れてしまったのね。困窮する労働者階級とひとにぎりの資本家の対立ではなく、その中間に豊かな中産階級を生むアメリカン・ドリームの存在。これが二十世紀半ばの資本主義に出現したのよ」

 「資本論では労動力が商品であるという資本主義の特性と、その労働力が利益増の源泉であることを明らかにした。これはマルクスやエンゲルスの功績だ、しかし、人的資源がそのままでは資産として無価値であり、人件費は企業にとっては経費の一部に過ぎないという、もうひとつの特性を簡潔に説くことがなかった。だから資本と経営の分離が当たり前になった今のような時代の経営者の行動を見通すことにも失敗してしまったのだ。それが資本論に欠けたもうひとつの点だろうね」

 「エンゲルスが死去した時の財産が三万ポンドで、今の価値でおよそ五百万ドルだったそうよ。遺言で、マルクスのふたりの娘に三十年分の生活費を残している」

 「スー、”愛と資本”を読んだんだね」 

 「そうよ。あなたの書棚にあった、元ロイター通信社記者の女流作家が著した本よ。エンゲルスは経営者だった。だから、マルクスが遺した未完の資本論を完成する偉業を遂げながら、他方では資本論が批判の対象にした他の経営者と同じように私財を築いていたのよ。現代の経営者となんら違いがないわ。この矛盾に考えが及ばなかったのかしら?」

 「エンゲルスも経営者の性から脱皮できなかったことになるね」

 「経営者としてのエンゲルスの生き方そのものが、資本主義経済に固有の特性を体現するという皮肉な結果になっているわ」

 「経営者の取り分が増える一方にあることを端的に示す指標がある。労働分配率がそれで、企業が生む付加価値のうち社員の取り分を示す指標だ。その分配率が、先進国では共通して毎年低下傾向にある。ひと昔前の米国や欧州では八十パーセントを超えていたのに、最近は七十パーセント台だ」

 「企業の業績が向上しても、一般社員の取り分は利益の伸びに比例しない、ということね」

 スーザンが付け加える。「資本論から学べることは、放置すれば給与は本来の水準からますます乖離する、それが資本主義経済の本質だということね。それに資本論が経済成長の効果を見落としたことから、逆に、経済が成長しない事態に陥ると労働者はアメリカン・ドリームからも遠ざかってしまう、ということだわ」

 「今のような超低成長時代に貧困がはびこる理由はそこにある」

 「それに、私たちが理解しなければならないもうひとつは、高所得層から集めた税金を低所得層に分配する所得再分配策は、資本主義経済の欠点を矯正しようと編み出された便法に過ぎず、資本主義経済が進めば進むほどその便法の規模が大きくなるということだわ」

 「格差が小さな時代には効果があったけど、今のような大きな格差を調整しようとすると、再分配の対象となる国民が多過ぎること、それに政治的判断が加わるために高所得層への累進課税率は低めに抑えられ勝ちで、財政負担の増大で赤字財政が恒常化することになる」

 「米国の赤字財政も深刻化の一途だわ。生まれてしまった格差の調整という後追いではなく、格差を生まない経済の仕組みを必要としているのよね」


 

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