キグル民族の憂鬱 第2話「日向あおいの疑念」

 私の名前は日向あおい。この春から4年生になる、ごく普通の小学生──“だった”。私はこの春から、“仕事”をすることが決まっている。それは彩花あやかテレビ放送で新たに始まる子供向け番組『まるまるワンダーランド』のレギュラーだ。お母さんが音楽教室に貼ってあったポスターを見てオーディションに応募し、気がついたら出演が決まっていた。テレビに出るなんて考えたこともなかったけど、プロデューサーさん曰く「難しく考えなくても大丈夫」とのことなので、なるようになると考えている。

 春休みのある日、私は共演者との顔合わせのためにテレビ局を訪れた。聞いた話では、私以外の出演者は4人で、うち3人は着ぐるみらしい。


「失礼します」


 部屋に入ると、長い机を挟んでプロデューサーさんと共演者の男の人、そして……着ぐるみ3体が並んでいた。


「えっ……」


 一緒に入ったお母さんが、それを見て言葉を失う。多分、お母さんが考えていることは私と同じだろう。──「中の人じゃないの?」と。


「ようこそお越しくださいました。こちらが犬居良男さんです」


「犬居です。『よしおおにいさん』と呼んでください」


「それから、こちらが──」


「初めまして、ポピーと申します」


「オレ──じゃねえや、ぼくはロビンだっ、です!」


「ボ、ボクはエニシです」


 どうやら、着ぐるみの人たちは顔を出さずに接するらしい。小学生の私に気を遣っているのだろうか?さすがに着ぐるみに“中の人”がいることくらいはわかっているけど……。


「初めまして、日向あおいです」


 私はそう言いながら、共演者の人たちに頭を下げた。


「あおいの母の日向 香織かおりと申します」


「さて、これで全員揃われましたね。改めて番組の説明をいたします」


 それから『まるまるワンダーランド』の説明が始まった……のだけど、話の内容は全然頭に入ってこなかった。向かいに座っている3体の着ぐるみが気になって仕方がないのだ。ウサギのポピー以外の2人は居眠りしているようで、頭を傾けてこくりこくりと揺れている。一方ポピーはというと、その2人の分を補うかのように真剣に話を聞いている。なんなんだろう、この感じは……。


「それでは、本日はお疲れ様でした。また後日お集まりいただきますので、その時に台本をお渡しいたします」


 プロデューサーさんがメガネを直しながら立ち上がった。しまった、着ぐるみに気を取られすぎた……まあ、一度聞いた話だし、お母さんが聞いてくれているから大丈夫だろう。


「お疲れ様でしたー」


「ほら、ロビン、ゲニス、起きて!」


 ポピーが左右で眠る二人を叩き起こす。別に中の人の名前で呼んでもいいのに……というか、「エニシ」の発音がおかしかったような気がする。


「んー……終わった?」


「終わったから、帰るよ」


「ふぁー……」


 ……なんなんだろう、この感じは。


 ──それから月日が流れ、私たちの出演する番組『まるまるワンダーランド』が放送を開始した。平日は学校に通い、休日は番組の収録をする。なかなかにハードだけど、それなりに楽しい。「よしおおにいさん」こと犬居良男さんは優しくて、私にいろいろとアドバイスをくれる。この仕事を始めてから知ったことだけど、こういった番組に出演するゲストの子供たちは応募などではなく、劇団に所属している子供から選ばれているらしい。つまり、私よりも先輩なのだ。……けど、そんなことより私は別のことが気になっていた。もちろん、着ぐるみの3人だ。私は彼らが着ぐるみを脱いでいるところを見たことがない。帰る時にはさすがに脱ぐだろうと思っていたけど、彼らは収録が終わるとテレビ局の地下へと向かう。控室が地下にあるのだろうか?収録中以外でもお互いのことをキャラ名で呼んでいるし、プロ意識が高すぎると思う。


 夏のある日、収録を終えた私はポピーに話しかけた。


「お疲れ様でーす」


「はい、お疲れ様です」


「今日暑いですよねー」


「そうですねー……私も喉が渇きました」


「あ、じゃあ私お水貰ってきます」


 私はスタッフさんから水のペットボトルを貰い、ポピーに差し出した。


「あ、えっと……今は大丈夫です」


「気にしなくていいですよ。私はちゃんとわかってますから」


「えっ……何を?」


「“中の人”がいることですよ。普通に脱いでも大丈夫です」


「ああ、えっと……そういうことじゃなくて……」


「ポピー、飲まないならオレが貰うぞ?」


 そう言ってロビンがペットボトルをひったくった。


「ダメ。帰ってからにしなさい」


「ちぇー」


 そこまでして中の人の顔を見せたくないのだろうか。プロ意識というより、事務所か何かの方針なのかもしれない。とはいえ、ここまで隠されると逆に気になってしまう。私はなんとしてでも彼らの素顔を見てやろうと考えるようになった。

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