最終章「繰り返しの終わり」
「そうか、後はアルビオンを破壊すればいいだけなのか」
オーは立ち上がり、アルビオンに近づこうとする。
「待て!」
そのオーを止めた者が一人、イデアルだ。
「全員アルビオンから離れろ!」
イデアルは瀕死のゼノを右腕で人質に取りながらすり足でアルビオンへ向かう。
「イデアル!? 何を言ってるんだ!」
「貴方一体何をしているのかわかってるの!?」
「黙れ!」
イデアルは左手に剣を持っているが、ブリッツとの戦いで負傷し、思うように動かせてはいない様だ。
「イ……デア……やめろ」
「お前も黙ってろゼノ!」
尚もゼノを人質に取ったままとうとうアルビオンにまでたどり着くイデアル。
「おい、どう言う事だ? あいつはイデアルだろ? 何故あんな真似を?」
「俺もわかんねえよ!」
起動して直ぐのオーには状況がわからない。
それどころか今この場にいる全員が状況を理解できないでいる。
そんなベル達を見かねてイデアルが再び口を開く。
「なあベル、お前って不思議な存在だよな」
「何が言いたい……」
「お前の能力、つい最近何処かで見た様な感じがするんだが?」
ベルの能力。
闇の能力、自由自在に形を変え、操る事が出来る。
「ガンデス……」
リリーが呟く。
「そうだ! ガンデスだ! いや、正確にはガンデスの偽物だ!」
「あいつと何の関係がある!」
イデアルの言葉を遮る様にベルが叫ぶ。
「関係大アリなんだよ!」
それ以上の声でイデアルが叫び返す。
「奴はトゥルーパーだ」
「トゥルーパー?」
トゥルーパー、初めて聞く単語に反応する。
「本当に初めてか? 一度だけ言った事があるはずだ」
イデアルの言葉でベルは記憶を蘇らせる。
トゥルーパー……そんな単語……。
はっとして思い出す。
「ブリッツと戦う前、エデンに行く前に!」
「そうだ、あの時一度だけトゥルーパーと言う言葉を言った」
「だがそれがどう関係ある!?」
ベルはイデアルが何を言いたいのかわからない。
それは他の者も同じだった。
「ベル、いや皆もだ、よく考えろ。『何時どのタイミングでベルはオメガに入った?』」
「なっ!?」
言われてみればそうだ。
リリーはいつからか現れたベルというアンドロイドが何故当然の様にオメガの一員として加わっていたのかについて深く考えてはいなかった。
それはゼノも同じで、どうせアルビオンの仕業だろうと『勝手に決めつけていた』。
「そもそもベルをオメガの一員とし、自身の能力を分け与え、オメガに送り込んだのは、そのトゥルーパーだ」
イデアルは本当に倒すべき敵はアルビオンなどでは無く、トゥルーパーなのだと言う。
「だからこそ俺はお前達を強くする為にアルビオンのループを止めるどころか後押しさえした」
「はあ!?」
ベルは思わず声を上げる。
最早何がどうなっているのかもわからなくなっていた。
「少し待ってくれイデアル!」
ここで初めてオーが口を挟む。
「では何か、アルビオンを操作していたのはアルビオン自身やブリッツでは無く、イデアルだと言うのか?」
「いや、それは違う。正しくはブリッツと俺が管理していた。更に言うならアルビオンの補助をしていた。」
「馬鹿な! ブリッツはどう見ても暴走していた!」
オーは信じられないと言った様子で、それを言葉や態度にも出している。
内心他の三人もにわかには信じられなかった。
「だが事実だ、俺が一番初めにアルビオンに接触した際、ベルナンドを受け取った。今はベルが持っている筈だ」
ベルがうなづく。
「その後にもう一度アルビオンに会いに行った際に、ゼノとオーに出会う事になるんだが、実はその前にもアルビオンに会いに言った事がある」
「なんだと!?」
「オー、お前には心当たりがあるんじゃないか? トゥルーパーが現れたのはお前が現れた時期と同じだ」
イデアルの言葉に視線が一気にオーの方へ変わる。
「確かに……そうだ。だがまさか奴がこの世界でも活動しているとは」
動揺するオーに「言い訳はいい」と冷たく遇らうイデアル。
「兎に角、奴はアルビオンの前に現れた。そしてこう言った『リリーをこの世界から出すな、後オーを破壊しろ』と」
「なっ!?」
「奴はそこまで」と言いながら考え込むオー。
「リリーをこの世界から出すなって、リリーの事情を知っていたのか!?」
「ああ、奴は俺達が知りもしない事を知っていた。この俺の氷の能力もベルの能力も奴から与えられた力だ」
「馬鹿な!」
得体の知れない化け物の様な存在から与えられた力だと知り、初めて自分の能力に恐怖する。
闇でも無い、正体の掴めない力が怖くなる。
「俺とブリッツは考えた、そして対抗する事に決めた」
「だからループさせて私達を鍛えていたという訳ね」
「そうだ、途中までは……」
途中までと言う言葉に引っかかるリリー、それを見越してイデアルが付け加える。
「ネシアを見ただろう? 俺達が言う雷の魔法をたった一度使うだけであのザマだ。それをより高位の光の魔法を、それも何度も使ったらどうなる?」
「光の魔法、リセットか!?」
「だとしたらネシアの時とは比べ物にならない程の負荷がアルビオンに掛かる事になる!」
ベルとオーは口々に言う。
リリーはイデアルに問いかける。
「アルビオンはネシアと同じ様に壊れた?」
「その通りだ! 何度目かのループでアルビオンはその役割を果たせなくなった。丁度俺が8日の任務に行かないと言った時だ」
「だからか! 今迄通りの行動をしなくなった!」
「ああ、ブリッツと連絡を取る為にな」
だが結果的にそれは叶わなかった。
仲間がノースクに向かっている頃、一人エデンへと向かったイデアルを待ち構えていたのは、『アルビオンを
守る』と『リセットの際、アンドロイドを修復する』の二つの命令のみを守る変わり果てたブリッツの姿だった。
結局イデアルはブリッツに破壊され、ベルやリリー達も死亡し、アルビオンがリセットをする、その繰り返しに変わっただけだった。
「そしていつの間にか、トゥルーパーも居なくなっていた」
「ちょ、ちょっと待て! ブリッツがおかしくなったと言うなら、何でイデアルはおかしくならなかったんだ!?」
「それは単純だ、ベルナンドを持っていたからだ」
ベルは自身が持つベルナンドを取り出し、納得する。
しかし、同時にベルナンドを持っていない者は全ておかしくなっていたのだと悟る。
おそらく、ベルナンドを持っていなかった時の自分自信も。
「これがこの世界の真実だ、もうこの世界は終わらせないといけない。いや、もう終わっているのかもしれない」
イデアルはゼノをリリーの方へ放り投げる。
「そいつもそろそろ起きただろう」
「何をするつもりだ?」
放り投げられたゼノが目を覚ます。
いつから気絶していたのかもあやふやで、今何がおきているのかもわからない。
「何って、最後の仕上げだよ」
「仕上げってアルビオンの破壊?」
リリーが尋ねると、イデアルも「そうだ」と答える。
「皆、今の内に外へ出て行くんだ」
「どう言う事だよ!」
「アルビオンを破壊した際に魔力暴走が起きる、ここら一帯は吹き飛ぶぞ!」
「おい、それって!」
イデアルが言っている事は、自分が犠牲になるという事だった。
モニターの操作を進め、後はボタン一つでアルビオンは破壊されるという所まで来た。
「待って!」
リリーがイデアルの手を止める。
「何をしている! 早く外に……」
「私にやらせて!」
リリーの発言に、リリー以外の全員が止まる。
「お、おいリリー」
「何言ってんだよ!」
ベルとゼノは戸惑うばかり。
「行動の意味がわからないんだが」
「何を言っているのかわかっているのか?」
イデアルとオーはリリーを説得しようとする。
「わかっているわ! これは私なりの責任の取り方なの! 2000年前に母がした事に対する責任!」
リリーの決意は固い。
「……わかった」
「イデアル!」
イデアルはモニターから離れ、暴れるゼノを抱える。
「本当にいいのか?」
もう一度だけイデアルが確認する。
「ええ、いいの」
笑顔で返事をするリリー。
「いいわけねえだろ! おい! 離せよ!」
ゼノは暴れ続ける。
「ゼノ! 彼女の決意を無駄にするな……」
「オー……」
「……行こう」
ベルの言葉でエデンの外へ向かい始めるベル達。
リリーはその後ろ姿を見ながら手を振る。
「ゼノ! 皆! また会いましょう!」
叶う事は無いと知りながらも、リリーは仲間の後ろ姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
「さよなら……皆」
最後に出た本音と共に涙を流すリリー。
その涙をぐっと堪えて、モニターに向き直る。
「これで全部終わる」
リリーが同時この世界にやってきた時はまだ15才だった。
母親が見つからなれけば直ぐに帰る筈だった。
それがトラブルで帰れなくなり、エデンでアルビオンの暴走に巻き込まれ、気づけばリリーは26才になっていた。
辛い事の方が多かったこの世界だったが、最後には仲間と気持ちよく別れる事が出来た。
もう思い残す事は無い。
リリーはモニターの最後の表示、アルビオンのデータを消去しますか?という表示に『はい』というボタンを押そうとする。
「ネシア管理局長、私ハシッカリト国ヲ作ル事ガ出来タデショウカ?」
「何を……」
「私ハ……人間ヲ守レタデショウカ?」
アルビオンは私をネシアだと勘違いしている?
そうわかった時、リリーは少しだけ意地悪したくなった、子供が親にする様な小さな嘘をついた。
「いいえ、貴方は只の一般人を自分のデータに無いからと言ってアンドロイドを使い、エデンの職員ごと皆殺しにしたわ。守るとは真逆ね」
それは事実の中に一人だけ、自分も死んだという小さな嘘をついただけだった。
「あっ、ああ……ああああああああああ!」
だがアルビオンはリリーに言われる迄、自分がエデンで何をしたのかを全く理解していなかった。
当然リリーはアルビオンが自覚を持って自分を周りの人間諸共殺そうとしていたのだとばかり考えていたからこそ、自分は死んだと言う嘘をついた。
「貴方まさか自覚がなかったの!? あれ程の事をやっておいて……」
「あああ! ああ? あああ……私はなんて事を!」
初めてアルビオンが人間の感情に近いものを持った。
しかし、それは中途半端で、悲しみだけを理解してしまった。
先程迄のカタコトな喋り方ではなく、流暢な喋り方で、ただひたすら嘆く。自身が行った事を、自身の存在意義とは真逆の事しかしていなかった事を、アンドロイドを使って迄人間ごっこをしていた事の全てを。
「あら?」
やがて、モニターの『はい』が勝手に押される。
勿論リリーは何もしていない。
アルビオンが自ら自分自身を削除したのだ。
「自分で自分を殺すなんて、人間ぐらいのものよ? 貴方今までで一番人間らしいんじゃない?」
リリーの人生の中で一番皮肉めいた言葉を発する。
同時にアルビオンから眩い光が発生し、リリーを、エデンをまるごと包み込み、その後跡形も無く消えた。
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