真13章「疑念・思念・邪念」

「ぼっちゃま、ここにおられましたか」


 今では珍しい紙の束を一纏めにした本というもの読み漁っていた所に自分をぼっちゃまと呼ぶアンドロイドが一体やってくる。


「ぼっちゃまはやめてくれよ、 俺は王族でも何でもない」

「しかしそう呼ぶ様に設定されてますので」


(設定ね……)


 実にアンドロイドらしい答えを受けながらも疑問を隠せずにいられなかった。


 何故自分は此処に配置されたのか。

 何の理由があるのだろうか。


 この場所に送り込まれる前に一度だけ自分を生み出したアルビオンに聞いた事がある。

 他のアンドロイドとは違い、何故自分達にだけAIを搭載したのか?

 アルビオンは数秒黙り込んだ後、国を作る為だと言った。


 ――国を作ってどうするのか?

 ――人間を守る。

 ――その人間は何処に?

 ――……。


 結局アルビオンから納得出来る答えは得られなかった。

 だからこそ人間について調べる様になった、この国ノースクの資料を片っ端から読み漁る日々を過ごしていたが、今日みたいに途中で邪魔が入る様になった。

 我々はあくまでアルビオンが国を成り立たせる為の物勝手な真似をするのはそれに背く事だと。


「イデアル、貴方は自分の立場が分かっているの?」


 明らかに怒りを露わにする目の前のアンドロイド。

 彼女……と言っていいのかわからないが、与えられた役割は実際していた人物のガーネア姫だ。


「お二人共、その会話自体が役割から離れてしまっているという事をお忘れ無きよう……」

「ええ、勿論よマーロウ」


 本来の行動パターンに戻らなければ。

 そう言って二人が離れていく。


 ――こんなおままごとに何の意味があるのだろうか……。


 イデアルはアルビオンと会話していく内に、人間について調べていく内に、周りのアンドロイドを見ていく内に自身のあり方について疑問を持つ様になっていた。

 皮肉にも、人口AIアルビオンが生み出したAIはアルビオン自身より高度な考えを持つ事が出来た。

 より人間らしく、自身が守るに値するものとして。

 アルビオンは人間により近くなるようにと、自身の発声システムを、推察、考察システムをより高度なものに作り上げ、自分に導入するのではなく数体のアンドロイドに導入したのだ。

 その結果イデアルは疑問を持つ事が出来た、自分で考える事が出来た、アルビオンに与えられた役割を放棄する事が出来た。


 イデアルには『自我』と呼べるものが生まれていた。


---


 数日後、毎日の日課となった資料漁りにも終わりが見え始めた頃、ふと外がいつもより騒がしいのを感じる。

 何事かと窓から様子を伺うと、城下町に配置されているアンドロイドが数体、一体のアンドロイドを取り囲むように動いているのを見つける。


(何が起きている)


 いつもの動きとは違う動きを取るアンドロイド達から何かイレギュラーが起きているのを確信する。


(システムのバグか? とにかくマーロウかガーネア辺りに報告するか……)


 イデアルがその場から立ち去ろうとした時、囲まれていたアンドロイドの一体が奇声を上げながら国から出て行ったのだ。


(おかしい、あんな行動を取るようなシステムはこの国のアンドロイドにはいなかった筈だ……まさか、人間!?)


 イデアルは一つの可能性として彼を追いかけようとするが、タイミングが悪くガーネアと出会ってしまう。


「あら?どうしたの?そんなに慌てた様子で」

「いや、なんでもない」

「何か隠してない?」


 鋭い指摘にもめげずに「なんでもない」とその場を後にするイデアルにガーネアは不信感を抱いていた。

 そこに通りかかるマーロウ。

 ガーネアとマーロウは何かを企んでいるのか二人で話し込んでいる様だった。



---


 更に数日後。

 結局イデアルはあの人間らしき者を見失い、やるせなさを感じながらも国王であるボルネクスを演じているアンドロイドに呼ばれていた為、王座の間へと辿り着く。

 中に入ると、同じくボルネクスに呼ばれたのだろう、マーロウとガーネアの二人も居た。


「そろった様じゃな、して今回の集まりはなんだ?」


(ん? ボルネクスが呼んだわけでは無いのか?)


「今回集まったのは他でもない、ここ最近のイデアルの動きについてだ」


 どうやらここに集めたのはマーロウらしい。

 ニヤつきながら仕切り始める。


「単刀直入に言おう、お前何を隠している?」

「何も隠しちゃいないさ」

「ふざけるな!だったら何故命令を無視してまで資料を読み漁っている!」


(情報を得る事がそんなに怪しい事なのか? 兎に角、人間らしき者の件では無かった様だ)


 ほっとしたのも束の間マーロウの次の言葉で状況は一変する。


「王よ、この通りです。先日のお話、考えてもらえないでしょうか?」

「ふむ、そうだな……」


 ボルネクスは徐に立ち上がり、イデアルを見下すように言う。


「イデアルよ、協議の結果……お主を破壊する」


---


「くそっ!」


 ボルネクスの宣言から数分が経過していた。

 現在イデアルは、多数の兵士達から逃げ惑いノースク城下町の一角まで追い詰められていた。


 ――殺せ!

 ――奴を殺せ!

 ――殺せ!殺せ!殺せ!


 多数の兵士達の殺せという合唱を背中に浴びながら愉悦に浸かる男が一人、マーロウだ。

 ボルネクスの命令の後真っ先にイデアルに襲い掛かったのもこの男マーロウである。

 ガーネアは後ろでとっておきの楽しみという様に笑みを浮かべ眺めていた。


 奴らに嵌められた。

 最早隠す気もないのだろう、どのようにイデアルを排除するかと企んでいるのはイデアル自身も知っていたが、まさか国王までも手中に収めているとはイデアル自身も考えていなかった。

 変わらず悦に浸っているマーロウにイデアルは言う。


「俺がお前たちに不都合な事でもしたか!ただ資料を読むだけがそんなに目障りか!」


 イデアルの悲痛な叫びは辺りに響く。

 しかしマーロウには響かない。


「ええ、目障りです、存在が」


 マーロウの言葉に反論も出来ない。

 存在から否定されてはどうする事も出来ない、このまま数の差で抵抗も虚しく破壊されてしまうのだろうか……。

 マーロウがイデアルに剣を振り下ろす。

 しかし、マーロウの件はイデアルの首を刎ねる事は無く、寧ろ剣を地面に落としてしまった。


(どうなってる……)


 先程までしっかりとイデアルを捉えていたマーロウの目は焦点が合わなくなり辺りをキョロキョロと見回し、ここが何処なのかを確認するように首を動かす。


「全ク、何ヲシテイルノカト思エバ……AIヲ搭載シタノハ失敗ダッタ様デスネ」

「誰だ!?」

「オヤ? 貴方ニモ不具合ガ出テイルノデスカ? 一度会ッタノニ」


(一度会った?まさか……)


「アルビオンか?」

「ハイ」


 そのまさかだった、自身の生みの親が助けてくれたのだろうか。

 そんな訳は無いとイデアルは次の言葉を待つ。


「貴方モタダデ助ケラレタトハ思ッテ無イデショウネ?」

「ああ、何が目的だ」


 マーロウの中にいるアルビオンが笑ったように見えた。


「簡単ナ事デスヨ、一度エデンニ来テクダサイ」

「わ、わかった……」


 アルビオンからの思いもよらぬ提案に驚きながらもイデアルは承諾した。


「デハ、エデンデオ待チシテイマスヨ」


 どうやらアルビオンの支配は終わったらしい、マーロウは先程まで何をしていたのか覚えてはおらず、兵士達に城に戻る様に促す。


「貴方もですよ、イデアル!」


 マーロウに言われ急いでついていくイデアル。

 城に戻っても何があったのかわからないガーネアとボルネクスは不信感を露わにマーロウに詰め寄るが、マーロウも何故自分が詰め寄られているのかわから無い様だ。

 ボルネクスとガーネアはイデアルが何をしたのか見当もつかない様子、睨みつけながらもそれ以上の事はし無い様だ。


(警戒されているな)


 好都合だ、今の内ならある程度自由に動ける。

 イデアルはそう考えながら、アルビオンの待つエデンへと向かう準備を整える。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る