真12章「国作リ」

 ――国を作ろう。


 アルビオンが初めて自分の意思で行動する事を決めた瞬間だった。

 アルビオンは、ネシアとの会話をしていく内にこれは本当に自分の「人間を守る」という目的を果たしているのかと考え始める。


 確かに今現在ネシアを保護している。

 しかしあのゼノと言う少年は?あの得体のしれない奴は?

 果たして私は本当に人間を守れているのだろうか?


「ネシア本部局長、私ハ今人間ヲ守ル事ガ出来テイルノデショウカ?」


 ネシアからの返事は無い。


 ……返事が無いなら仕方がない。

 アルビオンは自分で判断する事にした。


 ――そもそも今人間は存在しているのか?


 いくらスキャンする範囲を広げても人間の生体反応は一つも無い。

 アルビオンは守る対象を失っていた。


 ――ならば自ら作ればいい。


 どうやって?

 人間は生まれるもの、作るものじゃないとはネシアの言葉だ。


 ――では、人間を代用しよう。


 アルビオンはデータライブラリからアンドロイドのデータを引っ張り出す。

 出来るだけ大量に必要になる。機能よりも数。質より量だ。

 一番量産に成功している、第三世代のC型を更に量産できる様にパーツの数を削り、装甲を削り、重さを削った。


 先代の流れをくみ、ニュートラルの頭を取り、N型と名付けたそれはプロトタイプと同等かそれ以下の性能しか発揮しなかったが、狙い通りC型以上の量産に成功した。


 ――これで人間の代用品は用意できた。


 しかし人間が暮らす国が無い。

 再びデータライブラリからノースクとアーファルスの情報を引き出す。


 ――戦争。


 そうだ、戦争を起こしたのだ。

 この両国は戦争によって崩壊した。それでは不完全だ。

 しかし、人間の暮らしを再現するなら情報通りに作らなければ。


 ――ならどうする。


 確か西に広大な平地があった筈。

 そこに新しく国を作ろう。

 ノースクとアーファルスの仲を取り持つ第四の国。

 名前は……パコイサスにしよう。


---


 三つの国を作るには実に3年の時を費やした。

 いや、3年の時しか掛からなかったと言うべきか。

 完全に再現された国にN型アンドロイドを配置する。

 所定の位置配置されたアンドロイドは特に何をする訳ではなく、ただただ命令を待つ。


 ――……?


 アルビオンが思い描いていた国とは程遠いものが出来上がる。

 国の一つ一つは完璧に再現されていた。

 では何故ここ迄差異が出る?


 ――問題があるのは人間側?


 ただ指定した位置に突っ立っているアンドロイドを見てアルビオンは考える。

 これは人間か?人間と言えるか?否これは見た目も中身もただのアンドロイドだ。


 ――人間の定義とは?人間であると立証するには?


 それをネシアに問ても相変わらず返事は無い。

 アルビオンは人間について深く知ろうとする。


 先ずは人間は挨拶をする。

 アンドロイドに視界の中に物体が入り込んだ際、その時間帯に適した挨拶をするようにプログラムを組む。

 結果何も起こらない。

 当たり前だ、アンドロイドは歩く事さえしない。視界の中に物体が入る事が無いのだ。


 アルビオンはアンドロイドをランダムに歩かせるプログラムを組み込む。

 国中で24時間「おはようございます」「こんにちは」「こんばんは」この三種類の声だけが響き続ける。


 ――人間は24時間動き続けるか?


 否。人間は睡眠を必要とする。

 時間は個人差はあれど7から8時間が適しているとされる。

 アンドロイドは一日の中の6から9時間の間、睡眠と称してその場で動かなくなる時間が生まれる。


 ――これは睡眠か?


 否。人間は睡眠をする際寝床の中で睡眠を取る。

 寝床、ここでアルビオンはそれぞれに家を設定する。

 睡眠をする際にその寝床でする様に設定を追加する。

 しかし、家は有限。

 大体各国に家は300程度。

 それに対し、アンドロイドは各国に500程度。

 アンドロイドを多く作りすぎてしまった。


 ――人間には家族という概念が存在する。


 人間のデータを調べている中で見つけた要素だ。

 国の中で溢れていたアンドロイド達に適当に夫婦や兄弟、親子といった家族の設定を付ける。

 これでアンドロイドの数の問題は解決した。


 ――人間は家の中でどの様な会話をするのか?


 こればかりはいくらデータを探しても納得する答えは無かった。

 今日起きた事、明日の予定、なんの変哲も無い他愛もない話し、パターンが多過ぎたのだ。その全てを採用する事が出来る程N型は高性能では無かった。

 アルビオンは人間の会話という行為の再現を断念する。


---


 大体の設定が出来た三国を改めて確認するアルビオン。

 あれから挨拶だけでは無く、数十にも満たないが会話を実装する事が出来た。

 ただやはり高度な会話をする事は出来なく、例えばノースクで「今日はいい天気ですね」「そうですね、気持ちのいい一日になりそうですね」という会話パターンを使用していた場合、それが同じタイミングでアーファルスやパコイサスでも発生している。

 低性能故に出来るだけ会話での負荷を減らそうとした苦肉の策である。


 だが、ここで初歩的なミスを犯す。

 国毎の国王が居ないのだ。

 これでは国として成立しない。


 アルビオンはネシアに問いかける。


「ネシア本部局長。国王ト、ソノ他ノ人間、違イハ何デスカ?」


 とうとう異臭を放ち始めたネシアに問いかけても、やはり返事は無い。


 ――戦争。


 アルビオンはノースクとアーファルスの戦争の事を思い出す。また繰り返してはいけない、その為にパコイサスを、作ったのだ。


 アルビオンは爪牙戦争と題されたノースクとアーファルスの戦争資料データを読み返す。

 ノースク国王ボルネクス、彼に問題はない。

 だがアーファルス国王、彼には問題がある。

 戦争は彼の傲慢さで起きたのではないだろうか?

 だったら彼を再現する訳にはいかない。


 ――仕方ない。


 本来用意するつもりの無かったパコイサスに国王を追加する。

 ノースクのボルネクス国王の様に勇敢で穏やかな王を。


 たがここで問題が一つ。

 国王と言うぐらいだ、ボルネクスの前例があるように、平民より優秀な筈。

 それをN型で再現をには無理があった。


 ――……仕方ない。


 ネシアの監視の為に付けていた、S型アンドロイド達を何体か国王、又はそれに近しい者に割り当てる。

 その際現状の会話パターンだけではやはり、平民と同じになってしまう。

 S型アンドロイド達はそれぞれに、アルビオンと同じ独自に思考するAIを搭載する事にする。

 これで国を作るという事は上手くいくだろう。


 監視を外した事で余計な事をしないようにネシアに釘を刺す。


「ネシア本部局長、監視ヲ外シマシタガ一時的ニデス。

余計ナ事ハシナイ方ガイイデスヨ」


 ネシアからの返事はない。

 彼は本当に分かっているのだろうか?


---


 国王を導入してから半年がたった。

 独自に成長したそれぞれの国王のAIは基本的にアルビオンの意向を優先し行動するようになる。

 AIを搭載したアンドロイドは六体。

 ノースクには、国王ボルネクス、ノースクの姫ガーネア、護衛兵マーロウ、大臣の息子イデアル。

 パコイサスには、国王ネイガス。

 アーファルスには、国王の……。


 ――アーファルス国王として配置したアンドロイドが居ない。


 呼び掛けには反応はするが、戻ろうとはしない。

 「俺が面白くしてやる、安心しろ」と言って命令を聞かない。

 生前のデータ通り強情な男である彼はアルビオンの言うことなど一つも聞こうとはしなかった。


---


 男はアーファルスの国王だった。

 アーファルスという国は外部に情報を漏らす事を極端に嫌っていた。

 国民からすればやさしさに溢れ、国民から慕われるとてもいい王だったが、それは国同士では通用しない。


 男はわざと嘘の情報を漏らす。

 『アーファルスの国王はとても残忍で強情、敵に一切の情けを賭けない』という情報を。

 その情報とは真反対の男は敢えてそのような嘘を流す事で無駄な争いをしない様にする。


 しかし、エデンの資源独占が問題になった時の会議で、その情報通りの振る舞いをする羽目になり、自分の首を絞めてしまう。

 エデン代表のネシア、ノースク国王ボルネクス両者に悪い印象を与えてしまうどころか、アーファルスだけ資源を受け取れない事になる。


 何故労働力を提供しなかったのか?

 しなかったのではない、できなかったのだ。

 アーファルスの国民平均年齢は45、非常に高齢なのだ。

 ネシアが要求するような労働力を提供する事などできなかった。

 争いを起こさない様にする理由の一つでもあった。


 男はやがて自分の国が無くなるだろうと確信していた。

 この時男は28歳。アーファルスの中で一番年下でありながら国王である男は、国民に恩返しする為に最後まで諦める訳にはいかなかった。

 幸い作物や穀物と言った食糧になるものだけは豊富だったアーファルス。

 男は国際会議終了後すがりつく思いでノースク国王ボルネクスに頭を下げる。

 「労働力を貸して頂けないだろうか」聞いていた噂とは真反対の行動を取る男に思わず話を聞くボルネクス。

 アーファルスの事情を聴いた冷徹にこう言う。


「申し訳ないが、その頼みは聞けぬ、こちらにメリットが無さすぎる」


 男は落胆しながらその場を後にする。

 その後ろ姿を見ながらボルネクスはにやりと笑みを浮かべる。


---


 数日後アーファルスに大量のノースクの兵士団が迫っていた。

 大量の兵士を前に怯えるアーファルスの国民。

 何事かと慌てて兵士団の前に現れる男。

 兵士団の隊長であろう男が前に出て一言。


「これはこれは、国王自らお出迎えとはありがたい」

「これは一体どういう事だ!何をしに来た!」


 あざ笑うかのように言う隊長の後ろには剣、槍、斧様々な武器を持つ兵士達。

 明らかにおだやかではなかった。


「申し遅れました、私、兵士団隊長のマーロウと申します」


 自身の国王にするのと同じように礼をするマーロウにイラつきを隠せない。


「御託はいい、これはどういう事だと聞いている!」


 怒りに満ちている男を前に、これまでの小馬鹿にするような態度から一変、冷徹な目つきで告げる。


「貴様らには二つの選択肢がある。降伏しこの国の作物等をおとなしく渡すか、抵抗し死んでから奪われるかの二つだ」

「なっ!?」


 そう、彼らノースクの兵士達はアーファルスに攻め込んできたのだ。

 国際会議でアーファルスの内情を聞いたボルネクス国王が命じたのだろう。

 労働力は貸さない、だが資源は欲しい。

 効く所によるとアーファルスには貸せるほど労働力が無いと言うではないか、しかも国の食料は潤沢。

 これを攻め無い手は無い。


 二国の争いの火蓋はこうして切って落とされたのだった。

 優勢に見えたノースクだが、戦いは困難を極める。

 確かにアーファルスの国民は初老の者が多い。

 だがどの者も魔法に優れている者だった。ではエデンの労働力の条件を満たせたのではないか?

 答えは否。確かに魔法で資材を運ぶ等は可能だが、持久力が無いのだ。

 長時間何回も繰り返しの作業には向かない。

 だからこそ男はエデンの要求を飲み込めなかった。国民だけに辛い思いをさせる訳にはいかない。


 だがその思いが現在の戦争という事態にまで発展する切っ掛けとなってしまう。

 しかし、ノースク側もアーファルスがここまで善戦するとは考えておらず、次第に焦り始める。


「ええいどうなっている!」

「申し訳ありません、ですがアーファルスの魔法は非常に強力で……」

「言い訳をしろと言っているわけでは無い!早く決着を付けろと言っているのだ!」


 進展しない状況に痺れを切らせたボルネクスはとうとう自身が前線に立つことを決める。


「お待ちください国王!」

「黙れ!そもそも貴様が不甲斐無いせいだぞ!」


 マーロウは食い下がる。

 確かにボルネクスの魔法は強力だ、しかし国王自ら前線に立った時、真っ先に狙われるのも国王になる。

 もし国王が討たれたら一気に国民の士気は下がり、最悪敗戦する事にもなりかねない。

 それだけはどうしても防がなくてはならない。


「マーロウよ貴様が密かに行っている事、まさか私が知らぬとは思っておらんだろうな・・・」


 ギロリとマーロウを睨む。

 ボルネクスの言っている事とは、マーロウがアーファルスの国民を秘密裏に保護しているというもの。

 もしこれ以上私を止めるというのなら此方にも手段があるという事をマーロウに警告したのだった。


「も、申し訳ありません」


 頭を下げる事しか出来なくなったマーロウを残しボルネクスは前線へと向かう。


---


「うわああああ!」

「ひいいいっ!」


 ボルネクスが前線に現れてから戦況はノースクに傾く。

 しかし男はそれを予想していた。

 まだだ……まだ耐えるんだ……。

 ボルネクスが前線を上げるのを待つ。


「今だ!」


 ぎりぎりまでボルネクスを引き付けた後、男の掛け声で魔方陣を展開する。

 その中に囚われたボルネクスは次第に魔力を失っていく。


「貴様何をしたっ!」

「貴方の魔法を封印させてもらいましたボルネクス国王」

「ふ、ふざけた真似を!」


 いくら強力と言えども封印されてしまえばただの老人。

 ボルネクスには抗う術は残されていなかった。


「ボルネクス国王!」


 ボルネクスの背後から高速で接近する男が一人。

 マーロウだった。いくら国王に脅されても、国王が邪悪な意思に染まりきっていたとしても、正義の心があるからこそ彼は自身の国王を見捨てる事が出来なかった。


「国王から離れろ!」


 マーロウと同じく高速で男目掛けて投げられた剣に反応する事ができなかった。


(まずい、間に合わな――)


 アーファルスの魔法使いの一人が男を庇っていた。


「早く、逃げて下さ――」


 最後の力を振り絞り、男に逃げるように促す。

 横たわる魔法使いだった物に近づこうにも他の者が男を引き離す。


「待て!」


 鬼の形相で追いかけてくるマーロウを足止めの為に身体を張って止める国民達。


「ぐっやめろ放せ!」


 一人、また一人とアーファルスの人間がボルネクスとマーロウの元へと向かう。

 「早く逃げて下さい」「ここは危険です」「貴方だけでも生きて下さい」

 口々に男の安全を願いながら死にに向かう者を誰一人止める事は出来なかった。


「何をするつもりだ貴様ら!」

「馬鹿な真似はやめろ!」


 ボルネクスとマーロウが狼狽える。

 アーファルスの魔法使いたちが何をしようとしているのか理解しているからだ。

 ボルネクスを閉じ込めている魔方陣が光り出す。


「お、おいマーロウ!早く私をここから出せ!」

「我が王よ、このどうやらこの辺りが我らの潮時の様です」

「な、何を言っている!?」


 直後まばゆい光を出す魔方陣を中心に大爆発を起こす。

 次々に飲み込まれるノースクの兵士達。

 男も光に飲み込まれないよう必死に走る。


 爆発の後には塵ひとつ無く、その光景を呆然と眺める事しかできない。

 自身の国へと帰ってきた男は人が倒れ込んでいるのを発見する。


「お、おい大丈夫か!」


 何故こんなところに?何時の間にいたんだ?

 そんな疑問が吹き飛ぶほど男は人間に会えたのがうれしかった。


「ん……」


 目を覚ました女性に名を訪ねる。


「りり……」

「リリーか!何もない場所だが、ゆっくりしていくと良い」


 この日初めて男とリリーが出会った。

 その後、戦争で親を亡くしたナーファとゼノを不憫に思いアーファルスへと連れ帰る。

 幸い四人で暮らすには広すぎる場所で、食糧だけは潤沢にあったその場所を四人は家とする。

 そしてブリッツと出会い、男は再び不運な運命を辿る事になる。


---


 世の中に伝わっている爪牙戦争の出来事と、事実は全く違うものだ。

 しかしアルビオンは爪牙戦争の真実を知らない。

 あくまでデータ上に記されているアーファルス国王ガンデスの情報のみを参考に人格を作った弊害が確実にできてしまっていた。


 アルビオンは傲慢で残忍な人格のガンデスのボディにC型を選ぶ。

 N型ではもし暴走した際にC型を止められない。

 もしもの時に、一体しかいないS型を自身の近くに配置する。

 他の重要人物の役割を与えているアンドロイド同様、このアンドロイドにもAIを導入する。


 S型は起動にメモリーチップを二枚必要とする。

 S型が量産に至らなかった理由の一つだ。メモリーチップを入れる場所は頭部の左右に一つずつ。

 それぞれにメモリーチップを入れる。


 ――名前はどうしようか。


 元々予定にないアンドロイドだ、ノースクやアーファルスの者の様に名前は無い。

 必要だったわけでは無いが、名前を付けなくてはいけない気がした。


 ――そうだ。


 名付けに困っていると、ふとネシアと同じくよく話す職員が居た事を思い出す。


 ――名前は確か……ブリッツ。


 そうだ、このアンドロイドの名前はブリッツにしよう。

 アルビオンがいるエデン第二支部の地下にブリッツと言う名のアンドロイドが配置された。

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