真14章「リターン」

「久しぶりだな」


 イデアルはエデン第二支部の前に立っていた。

 周りにアンドロイドの姿は無く、入口の前に警備なども無い。

 歓迎されていると思っていいのか、イデアルは内部へと足を進める。


 地下へと続く長い廊下。

 左右のガラスが貼られていた場所は辺りにガラスが散乱し、地下の状況を伺えない。

 廊下の突き当たりには地下へと続く階段が、しかし階段も崩れ去り最早その艇を為していない。


(相変わらず殺風景だな)


 イデアルにとってはこの光景が普通なのだ、彼はアルビオン暴走後のエデンしか知らない。


 イデアルはアルビオンが待つ地下へと向かう。

 殺風景だと感じた地下の景色と同じく、アルビオンが待つ空間には巨大な機械アルビオンと一つのモニターがあるだけだった。


「ヨウコソ、イデアル」

「ご丁寧にどうも」


 アルビオンの挨拶に皮肉交じりで返すイデアルに対して、表情があったとしたら確実に怪訝な顔をしているであろうアルビオンからの頼みとは何か、余り居心地のいい場所では無いイデアルは要件の内容を催促する。


「今ノコノ会話デモ感ジマシタガ、ヤハリ貴方達、特二ノースクノAIハ私ガ想定シテイタ以上ニ賢クナリ過ギマシタ。ソシテ仲間内デ争イヲ始メタ、マルデ過去ノ戦争ノ再現デス、コンナ事ノ為ニ貴方達ヲ作ッタ訳ジャナイ」


 アルビオンから始めてアンドロイド達がノースクに配置されたのかを知ったイデアルの率直な感想は、こっちこそそんなおままごとをする為に生まれた訳じゃ無い。だった。

 アルビオンはそんな気も知らずに続ける。


「ソコデ、一度データヲリセットシヨウト考エテイマス」

「ほう、なら今俺を呼んだ意味が無いんじゃないか? データをリセットするなら俺も例外じゃ無い、俺の記憶も無くなる訳だしな」

「ハイ、ソウナリマス。デスガ、タダリセットシテモ、全ク同ジトハ行カナクテモ似タヨウナ結果ニナッテシマウト考エマス。ナノデ貴方ニ監視役ヲシテ貰イタイノデス」

「監視役……だと?」

「ハイ、今回ノ様ナイレギュラーガ起キナイ様ニ彼ラノ動キヲ監視スルトイウ事デス」

「成る程ね」


 このままアルビオンの提案を断ればどのみち自分の記憶は消去される。

 それならば記憶を維持したまま、監視役の名目で奴らを操った方が安全である。


「わかった、その監視役ってのをやるよ」


 半ばやるしかないというニ択に答えながら、具体的にどうすればいいのかアルビオンに尋ねる。


「モニターノ前ニ赤イ石ガアリマスネ?

ソレヲヒトツ持ッテオイテ下サイ」

「こんな石が何だって言うんだ?」

「ソノ石ノ名ハベルナンド、私ガ普段ココカラ出ス命令、システムヘノ干渉ヲ妨害スル物デス」


 さらっととんでもない物を手に入れる事が出来たイデアルはアルビオンに自分が裏切る可能性を考えないのかと問いただす。


「人間ハ恩ガアレバ返ス、トイウパターンガ多イノデス」

「俺もその例外では無いと?」

「私ハソウイウ風ニ貴方達ヲ作リマシタ」


 アルビオンの中では、それが当然そうならないてはいけないと考えているらしい。

 イデアルはそのまま何も言わずノースクへと帰路を取る。


---


「お帰りなさい、一体何処へ行っていたの?」


 ノースクへ帰ったイデアルをガーネアが出迎える。

 まるで愛しい人を待ち焦がれていたように、親愛を込めてお帰りなさいと言う。

 アルビオンの言っていたリセットするという事がどういう事なのかを理解する。

 であればマーロウは勿論、ボルネクスも……、イデアルはガーネアを無視してボルネクスのいる玉座の間へと走る。


「そんなに急いでどうした?何かあったのか」


 慌てて玉座の間へ入ってきたイデアルに驚くボルネクス。

 騒ぎを聞きつけやってきたマーロウと共に数人兵士達もやってくる。


「ぼっちゃま、何があったんですか!」


 驚くことにマーロウは本当に心配している様だった。

 マーロウだけでは無い、兵士達もボルネクスも同じ様子だ。

 昔、本当のノースク国、本当の彼らがそうであったのと同じ性、仕草で振舞う。


(これがアルビオンの力)


 最早別人、そこには自分を陥れようとする姫はいなく、自分に不信感を抱く国王もいない。

 リセット。たった一言で説明できる行為がどれ程影響力があるのか思いもしなかったイデアルは目の前の微笑ましいくさえある光景が地獄絵図のように映る。

 立ち眩みを何とかこらえると共に、アルビオンから受け取ったベルナンドと言う石の効力を実感する。

 持っているだけで、これ程影響力のあるリセットから逃れる事が出来るというのはイデアルがお守りにするには十分だった。


「あら、それはどうしたんですか?」


 身に着けてから数日後、ガーネアに気づかれ質問された時も、


「お守りだよ」


 安心感から笑顔で答える事が出来た。


---


 そして実に2年の時が経つ。

 イデアルは監視役とは名ばかりにノースクは問題なく国としての形を保っていた。

 昔の様に危機に陥る事も無く、退屈とさえ感じ始めていた。


「イデアルさん、ここにいたんですね」


 いつもの様にガーネアが笑顔で話しかけてくる。

 朝ガーネアと話、昼にマーロウと剣の稽古をし、夜には内政や政治の勉強というのが一日のサイクルになっていた。

 一日のサイクルの飽き、話のネタに困っていたというのもあり、これは冗談だとした上で、2年前の出来事を話す。


「明らかにマーロウとガーネアは俺を排除しようと企んでいたんだ、酷いもんだろう?」

「私と、マーロウが……イデアルさんを……」


 ガーネアは信じられないと言った様子でぼそぼそと呟く。


「いやいや、あくまで冗談だよ。」


 笑うイデアルとは反対に顔がどんどん強張っていくガーネア。

 そうだ、そうだったと下を向いて呟く。


「ど、どうした?」

「何故忘れていたのか、貴様何をした?」

「ガーネア!?」


 気づけばイデアルの周りには兵士達が、ガーネアだけでは無くマーロウやボルネクスまでイデアルを取り囲んでいる。

 2年前の再現の様な光景。

 何故今になって再び記憶が戻ったのか。


(まさかこれが?)


 イデアルは自分が首からぶら下げているお守りを手に取る。

 アルビオンのリセットから守ってくれたベルナンドは、イデアルが考えていたよりも強力でお守りと称して普段から身に着けたまま過ごしていく内に、その影響力は特に長く近くにいたガーネア、マーロウといったノースクの重要人物が多かった。

 そうして2年間過ごしていく内に、徐々にリセットの効果が無くなっていき、イデアルの話を切っ掛けに完全に記憶を戻す事になる。


(記憶はリセットされたんじゃないのかよ!)


 必死に追手から逃げるイデアル。

 結局アルビオンは彼らの記憶を消したわけでは無く、ただ単に上書きしただけだったのだ。

 2年と言う月日を掛けてじわじわと上書きされた分が削られていた様なものだ。

 イデアルは逃げる中もう一度アルビオンがいるエデン第二支部へと向かう決意をする。


「ふざけんじゃねえぞアルビオン!」


 怒りに満ちた表情で叫ぶイデアルには普段の暮らしの中での余裕は一切無かった。

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