第3章
パコイサスから無事脱出したベルとイデアル。
ベルはただ呆然と前を歩くイデアルの後を黙ってついていく。
無言を貫いていたイデアルが立ち止まり、その重い口を開く。
「ベル、これから俺達は西の国へ向かう」
西の国、確か名前は――だったな。
……おかしい、名前が思い出せない。頭の中に何か靄の様な物が掛かっている様に感じる。
「いいか、ベル。――にはお前の想像が付かない者が沢山ある。それは――と言って、この世界がおかしくなった原因を作ったものなんだ。皆忘れている、というより忘れるようにされている」
(さっきからイデアルは何を言ってるんだ……)
突然話し始めたイデアルは、困惑するベルに構わずに理解不能な事を言い続ける。
ベルには所々イデアルが言っている事がわからない、よく聞き取ろうとすると頭が痛む。
まるで記憶に鍵がかけられている様だ。
「ああ、そうか、ジャミングプログラムか! ベル、これを身につけるんだ」
『ジャミングプログラム』という聞きなれない言葉を発するイデアルは、ベルに一つの綺麗な石を渡す。
すると嘘のようにベルの頭痛が治る。
「いいかベル、これからこの世界の真実を話す。信じられないかもしれないが、この世界は何回も同じことを繰り返しているんだ」
「はあ?何を言っているんだよ! そんなつまらない冗談を言ってる場合じゃないだろ! 皆死んでるんだぞ!」
「大丈夫だ、俺達は4日から14日の10日間を繰り返しているんだ、どうせ生き返る」
「10日間を繰り返している? 生き返る? そんな話ありえない!」
ベルの頭痛は直ったが、イデアルの話には理解が追いつかない。
イデアルから聞かされる事全てが、まるで夢物語化の様に聞こえてくる。
まるでそう言い聞かされてるかの様に、何か根本的な物で固定されているかの様に、理解しようとしない、できないのだ。
「ベル、今はわからなくてもいい。だが聞かなければならない」
――何をだ。
「この世界はシステムアルビオンというプログラムによって管理されている」
――ばかな。
「ノースクやパコイサスの国王がおかしくなったのもそのせいだ」
――おかしいのはお前だ。
「このせかいを管理している物を破壊しなければならない、そして破壊できるのはお前しかいないんだ」
――理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない。
「くそっまた同じ事を繰り返すのかっ……」
イデアルは続ける。
「イデアル……?」
「いいかベル! 今は理解しなくていい、ただ覚えておかなくてはならない」
「イデアル! わからないんだ、そんな話理解できない!」
ベルは狼狽えるばかりだ、イデアルから聞くことが本当の事だとは思えない。
「聞いてくれ! この世界は俺達を閉じ込める為のものだ、そいつは『トゥルーパー』という存在なんだ」
「トゥルーパーってなんなんだよ! さっきから何を言っているんだ!」
「違う! 違うんだっ!!」
もはやベルにまともな判断は出来ない。
真実を伝えようとするイデアルに対して、理解しようとしないベル。両者の言葉は互いに届かない。
話は平行線を続ける、ただ時間だけが過ぎていく。
「イデアル! ベル!」
突然二人を呼ぶ声がする。
二人の目の前に現れたのは、パコイサスで二人を逃がしたガンデスだった。
「ガンデス! 無事だったのか!」
嬉しさでガンデスに駆け寄ろうとするベルをイデアルが止める。
「何をする」と言いかけたベルは、イデアルがガンデスに向ける眼差しが敵を見るものと同じだと感じる。
「ベル、よく見るんだ、奴はもうガンデスでは無い! 完全に操られている」
イデアルの言う通りガンデスを観察すると、明らかにおかしかった。
左腕は肥大化し、右腕は3本ある。右足は無く、その代わりに左足の付け根から通常の2倍ほどの太さの足が二本あり、身体を支えている。
ベルは身震いし、イデアルは視線を外さぬよう、じっと見付けている。
ガンデスのその姿はまさに『化け物』としか言い表せなかった。
「何であんな姿に……」
「不死身だからだ、死ななければ人体実験なんてやりたい放題だからな」
「そんな……」
ガンデスは二人にいつもの様にやさしく語りかける。
「イデアル、ベル帰ろう」いつものトーンで語りかける。
それがとても不気味だった。買い物からの帰り道、任務からの帰り道で、皆にいつも通り言うように「帰ろう」と言うガンデスの姿とは同じでは無い。
その目に生気は無く、無理な人体実験をされたのだろう。口からは血が垂れ、丈夫そうな足であるにもかかわらず不安定なのか、上半身が左右にふらふら揺れている。
「オレタチノイエニカエロウ、ハヤクカエロウ」
「もういい、もうたくさんだ……」
後ずさりするベルにイデアルが言う。
「ここは俺に任せろ」
「イデアル?」
「ガンデスは俺が止める、だから早く逃げろ!」
「イタインダ、スゴクイタインダ、ダカラ帰ロウ?」
「でもっイデアルは!」
「いいから早く行け! お前がこの世界を止めるんだ!」
ベルはイデアルの言葉で先に進む。
イデアルはベルの後姿を見送ってガンデスと対峙する。
「イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ」
「ベル、任せたぞ……」
走り去っていくベルを見届けると、改めてガンデスに向き合う。
イデアルはガンデスに向かって言う。
「さあ、今度こそ終わらせようガンデス」
イデアルはベルに全てを託しガンデスへと向かっていく。
---
「うおおおおお!」
戦いの火ぶたを切ったのはイデアル。
素早く間合いを詰め氷を拳にまとい、ガンデスの右脇腹を殴りつける。
元々上半身が不安定だったのも含めて、大きく左に体制を崩すが、すんでの所で持ちこたえる。
ガンデスはニタァと笑いながらイデアルに掴み掛ろうとする。
冷静に後ろにかわすイデアル。
まるでガンデスの動きを全て読んでいるように。
(あの足が厄介だな……)
イデアルの言う足とは、ガンデスの身体を支えている二本のものでは無く、右腕についている3本の内の二本の事である。
腕の位置についているそれは、足の形をしておきながら足としての機能を果たしておらず、代わりに足指の一つ一つに穴が開いている。
その穴から直径1cm程の鉄の塊がいくつも発射される事をイデアルは知っていた。
(確かあれは『銃』というものだった筈だ……形こそ違えど、その機能は同じはず、油断できん)
イデアルはそれが銃であると知っていた。
過去ノースクで、いつか見た書物の中に、人間が使用したとされる『古代兵器』というカテゴリーの中にあった極めて殺傷性の高い武器、『銃』。
イデアルが見た書物では銃とは薬莢と呼ばれる球を銃に装填し、それを銃口から回転させながら高速で打ち出すと書かれていた。その情報に間違いが無ければ距離を開けるのはとても危険だ。
ましてやガンデスは足の指5本、それが二つの計10個分の銃を持っていると考えていい。余計に距離を取るのは危険だった。
初撃には失敗したが、イデアルは冷静だった。
距離を縮める事に成功したからである。
元々イデアルの狙いは距離を縮め、自分の有利な距離で戦う事にある、故に初撃でたいしたダメージを与えられなくても動揺することなく、冷静だった。
しかし、距離を詰める事は銃との距離も近くなるという事になる。
高速で射出される球のスピードは肉眼で終える程度のものでは無い。
近ければ近いほど躱す難易度は上がっていく、イデアルもそれは承知だった。
ガンデスに勝つにはリスクを取るしかない――。
イデアルは多少のダメージを覚悟で、まずはガンデスから銃を奪う事を考えて動いていた。
イデアルも無暗に距離を詰めているわけでは無い。
銃口の位置は全てガンデスの右腕の位置にある、イデアルは距離を詰める時、常にガンデスの右側へと動く。
右側からなら左側からよりかは銃弾に対してのアクションを取りやすいと考えているからだ。
銃は全て右側、であれば、必然的に銃の視野角は左側に寄る、イデアルはそれを利用し、素早く銃の視野角から出ようとしていた。
しかし、銃口は10個ある。
その全てが同じ角度、同じタイミングで発射されるとは限らない。
イデアルもそれを理解していたのか、短期決戦で一気に勝負を決めるつもりだった。
「アハハハハハ」
全ての銃口がイデアルに向く。
(来るか!?)
ほぼ同時に発射される弾丸。
何故かイデアルは超人的な反応で1発、2発とそれを躱す。
しかし、コンマ単位でタイミングのズレた弾丸は、結果的にイデアルの身体を貫く。
「ぐっ」
痛みからか思わず声を漏らす。
しかし銃弾を受けながらも、イデアルの身体から血が流れる事は無く、ガキンと金属的な音がしただけだった。
イデアルは構わずガンデスの右腕の一本を切断する。
しかしそれは3本の中で唯一普通の腕、イデアルが狙っていた銃口を持つ足では無い。
「くそっ」
イデアルは再び距離を取る。
近すぎず、遠すぎず、踏み込み一つで右腕に届くように、右側に回り込むようにガンデスとの距離をキープする。
一方ガンデスは、右腕の一本を落とされ、その切り口を眺めながらきょとんとしていた。
次の瞬間、赤ん坊の様に泣きだしてしまう。
「なんでこんなひどいことをするんだああああ」
先ほどまでとは違い、急に感情のこもった声で、悲鳴を上げる。
イデアルはそんな様子にも動じる事は無く、じっとガンデスを睨みつける。
泣き落としが効かないと分かったのか泣きやみ、再び無表情に戻る。
イデアルと同じようにじっと睨みつける。
「貴様、どこかで私と戦ったことがあるか?」
銃の事や泣き落としをして見せても、全く効果が無い事に疑問を感じたガンデスは無表情のままイデアルに詰め寄ろうとする。
ガンデスが一歩進めば、イデアルが一歩下がる。
一歩後退すれば、一歩前にでる。
常に一定の距離を保つ。
「やはり、私の思った通りだ。貴様……気づいているな?」
(ようやく出てきた! せめて一本でもあの足を落としておきたかったが、しかたない)
イデアルはより一層警戒する。
先ほどから明らかにガンデスでは無い者がイデアルに問いかける。
「いつからだ?」
「答える義理は無いね」
「ふっ……よかろう、どのみち貴様は排除する」
ガンデスが一気に距離を詰める。
ガンデスは能力頼りに強引に肉弾戦を仕掛けるタイプの戦い方だったが、今のガンデスは同じように距離を詰めても、下段足払い、銃撃、距離を詰めアッパーなど、同じ肉弾戦でもまるっきり違う戦い方をする。
イデアルはそれにすら驚くことは無く、一つ一つ丁寧に対処している。
「やはり何度か戦っているな? 貴様の様なイレギュラーは即刻排除する!」
さらに動きが早くなるガンデス、食らいつくイデアル。
両者の実力は拮抗しているかに見えたが、一撃また一撃と、ガンデスの攻撃がイデアルに届く。
ガンデスの攻撃が当たるたび、ガキンと音が鳴る。
二人の闘いはイデアルのジリ貧となっていた。
一撃の威力が違う。
ただでさえ体格差のある二人に対して、肥大化した左腕の攻撃の威力は凄まじく、イデアルの両手でのガードでも威力を抑えきれなかった。
イデアルもこのままでは負けると賭けに出る。
(ここだ!)
ガンデスの右足の着地点に氷を張る、着地と同時に一気に距離を詰め、力を集中させ全力で右足を払いのける。
地面が氷になったことにより、バランスを崩しやすくなった状態での攻撃は狙い通り、ガンデスの身体を地面に打ち付ける。
立ち上がろうとするガンデスにさらに追い打ちをかけるように、右腕を氷漬けにする
(これで銃は使えない)
続いて左腕、両足と四肢を氷づけにする。
そのままガンデスの腹の上にのしかかるイデアル。
ガンデスに負けず劣らずの笑みを浮かべこう続ける
「光の魔法って奴はお前だけの専売特許じゃないだぜ?」
イデアルが覚悟を決めたのか、勝負を諦めたのかはわからない。
ただ、イデアルとガンデスの間には明確な実力差があった。
ー足止めするだけでは駄目だと、イデアルは5cm程の小さな物体を取り出す。
「貴様! 何処でそれを!?」
「言うわけねえだろうが……」
笑いながらその物体を砕く。
その瞬間、その小さな物体から眩い光が溢れ出て、イデアルを、ガンデスを周りの木々達を巻き込みながら大きな衝撃を放つ。
――後は任せたぜ、ベル……。
その光の後には何も残らず、イデアルとガンデスの姿すら無くなっていた。
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