第2章 Ⅱ

 -元の月第13日-


 あれからベルたちは休むことなく歩き続け、ノースク王国から大陸の西の国『パコイサス』へと渡っていた。


 ここはガンデスの故郷であり、ガンデスはパコイサスの元国王だ。

 しかし、ガンデスは自身の不死身の能力を認識した際に、異端者が国王だともし国民が知ってしまった際に混乱してしまうだろうと考え、王位を弟に譲ったそうだ。

 ガンデスは惜しまれながらも国王の座を降り、その後釜として弟の『ネイガス』が王位を即位した。


 今はその弟ネイガスに、援助を依頼する為に立ち寄ったという事になる。

 幸いと言っていいのか、ガンデスが異端者だという事実はパコイサスの中でも、ネイガスとその側近メイ、大臣であるボルクのみである。


 今パコイサスの王座の間に居るのはその3人とベル達の6人だけだ、パコイサスの兵士すらいない。

 ここにやってきた経緯を聞いても兵士の一人を呼ぶことも無く、真摯に受け止めてくれている。

 それほどガンデスに信頼を寄せているのだろう、あの村での事、ノースクでの事を偽りなく説明しても、怪しむどころか「大変だったな」とねぎらいの言葉までかけてきたぐらいだった。


「しかし、あのボルネクス国王がそんな事を……いくら老いているとはいえ、ただ単におかしくなっている訳じゃなさそうだな」

「何か魔法のたぐいだと?」


 ガンデスは『魔法』という単語を口に出す。

 しかし、それは同時に……。


「ノースクの中に異端者がいると?」


 という事になる。


「それはありえない、ノースクは大臣暗殺の件以来、特に気を付けて慎重に内部調査に乗り出していた国だ、我々から見ても病的だと思うほどに」

「だよなあ」


 弟の言葉にその場に座り込むガンデス。

 普段は見せない姿に驚く二人だったが、本来はここまで砕けて振舞っていたのだろう。

 オメガのリーダーとしてではなく、ただの一人の兄として話している様だった。


 思えば、ガンデスはいつも何かしらに対して、気をはっていた様に感じる。

 他のメンバー達に危害が及ばぬよう、一番気を回していたのがガンデスだった。

 そのガンデスが自身の故郷で、弟を前にとてもリラックスして話しているのを、ベルとイデアルの二人はとてもうれしく思う反面、少し寂しくも思っていた。


 しかし、兄弟の久しぶりの会話は楽しい物だけでは終わらなかった。

 意を決したガンデスはとうとう本題に入る。


「ああ、国民すら正気ではなかった」


 話の流れからノースクでの出来事を事細かに伝えるガンデス。

 その内容を神妙な顔をして聞き続けるネイガス。


 久々の兄弟の会話がとても重苦しい。先ほどまでとは大違いだ。

 しかし、その重苦しさを更に強める一言が発せられる。


「しかし妙だな」


 ネイガスが顎に手を当てながら考え込む。

 何かおかしな点でもあったのだろうか、不審な点があったのだろうか。心当たりが多過ぎるのも考え物だなとベルが感じる。


 ベル達の言葉に嘘偽りは無いが、ノースク国王ボルネクスが言う意見の方が正統性があると、当事者のベルでさえそう思う。

 ネイガス国王もボルネクス国王の意見の方が正しいと考えているのだろうか。

だとしたら同じように……。


「ノースクとアーファルスの戦争は数年前に終結している筈なんだ」


(はっ……?)


 ベルの不安は全く予想外の形で外れてしまう。


「い、今なんと?」


 ガンデスも驚きを隠せ無い様だ。

 イデアルも同じリアクションを取っている。


「驚くのも無理はない、信じられないという気持ちもわかる。だが兄上、謀られたな? ただでさえ、異端者という認識を持たれてしまっている兄上達には世間の情報には疎くなっているのは仕方がないが、そこを利用されたな……」

「いやいやいや! 待ってくれ! 戦争が終わっている!? ありえない! 昨日実際に、ボルネクス国王と話していたんだぞ? その時戦争の事も聞いている。ノースクは戦うことなく敗戦を選んだ、その条件としてボルネクス国王の首を差し出すという話だ、戦争が終わるのはこれからだろ!」


 相手が一国の王と知りながら、それでも荒い口調で捲し立てる。それほどにベルは動揺していた。

 ガンデスも弟の言葉に理解が追いついていない、イデアルに関しては黙り込んでしまっている。


「兄上たちが嘘をついているとは思わない、村での姫殺しの件も話通りなのだろう。だが、ノースクとアーファルスの戦争の件も本当の事なのだ」


 ベル達がボルネクスから聞いていた通り、両国の戦争はノースクの敗北で終わる。

 その後、ボルネクスは自身の首を出す事で国の安全を保障して欲しいとアーファルス国王に悲願するが、アーファルス国王はそれを拒否。アーファルス王国はボルネクスの首を取ることなく、ノースク王国の安全を保障する。


 「爪を持つノースク、牙を持つアーファル両国の戦争はこのままさらに長く続けばお互いに疲労し、国として成り立たなくなってしまう」そう言ったのは意外にも戦勝国のアーファルス側だった。

 アーファルス国王もボルネクス国王と同じ気持ちなのだろう、「もう終わりにしましょう」という一言で両国の戦争は終わりを告げる。

 その後、意外な人物に命を救われたボルネクス国王はその広い心に感激し、長らく争ってきたアーファルスと同盟協定を結ぶ事となる。


「……というのが、このアルビオンという大陸の中でも最も有名な話の一つ『爪牙そうが戦争』の話しなのだが」


 ネイガスは睨みつけながら、兄目掛けて言い放つ。


「兄上、何度も言うが兄上達が嘘をついているとは思えない、だがこの爪牙戦争の話がある以上ノースク王国での出来事は信じる事が出来ない。教えてくれ兄上、本当はノースクで何があった?」


 もしネイガスが言っている事が本当ならベル達が経験した出来事は一体なんだったのか?

 ノースクでの事は間違いなく現実に起きている事だった。もちろんベル達は嘘偽りなくネイガスに報告した。それ故にベル達の経験とネイガスの語る歴史に大きく差が出来てしまう。


(まるで俺達だけタイムスリップしたようだ)


 ベルはそう感じていた。ネイガスの語る歴史は明らかに、これから起こる出来事の様に聞こえる。ネイガスから未来はこうなるぞと言い聞かされているように感じる。


「ネイガス、いい加減にしろ! 冗談が過ぎるぞ!」


 とても信じられない話にとうとうガンデスが怒り出す。

 それはある意味当然だった、自分達が経験した事を真っ向から否定されたのだ。


「冗談など言っていない! これは事実なのだ!」


 似た者同士、弟であるネイガスも一歩も引かない。まるで一つのオモチャを取り合う兄弟の様だ。


「兄上、本当に嘘では無いのだ、兄上も嘘を言って無いのだろう? それはこちら同じなのだ私も何一つ嘘など……」


 ネイガスの言葉が止まる。

 ガンデスも「どうした」と声をかける。

 とても嫌な予感がする。

 そう思ったのも束の間ネイガスが再び話し始める。

 その様子はマーロウと同じ、ボルネクスと同じ、ノースクの国民達と同じ。

 その目には生気が無く、表情に人間味を全く感じない。


「ヤハリオカシイ、ノースクデノ事兄上ハ何カ嘘ヲツイテイル」

「またかよ!」


 思わず声を上げるベル。

 これで3度目だ、もう彼らの精神は限界に来ていた。

 誰が言い出したでもなく一斉に走り出すベル達、最早言葉を発する余裕すら無い。


 3人はまっすぐ城の外へと向かう。

 ノースクでは国民達からは特に妨害は無かったが……。


「ガンデス様!」

「ガンデス様だ!」

「帰ってらしたんですね!」


 口々にガンデスに歓迎の言葉を浴びせるパコイサスの国民達は、例外なく様子がおかしい。

 いくら言葉では歓迎していても、その行動は真逆でガンデスを羽交い締めにしようとしている。


 幸いと言っていいのか、ベルとイデアルには目もくれず、パコイサスの国民達はガンデスにのみ襲いかかっていた。


 歓迎の言葉とは似合わない行動と一時期は国王にまでなっていた自身の故郷の国民を相手に、どうしても手をあげる事が出来ないガンデスは、そのまま無抵抗でパコイサスの国民達に連れられてしまう。


「「ガンデス!」」


 二人がガンデスを追いかけようとするのに対して、ガンデスが首を横に振る。


「もういい、もういいんだ。俺はもう駄目だ……ここまでだ、だから……だからせめてお前達だけでも逃げろ!」


 ガンデス真剣な眼差しで二人を見つめる。

 ベルとイデアルはどうしても諦めきれずに羽交い締めにされているガンデスを助けようと国民達を引き剥がす。


 しかし、一人引き剥がしている内に一人、また一人とガンデスに張り付いている国民達は多くなる。

 最早ガンデスの姿は確認出来なく、辛うじて声だけは二人に届いた。


「二人共、よく聞くんだ、誰かが俺達を罠に嵌めている。それが誰かはわからないが、確実に俺達にとっての『敵』がいる筈だ、そいつを倒さない限りはこの狂った状態は解決しない。いいか、敵を見つけるんだ、敵を……」


 やがて声すら聞こえなくなる。


「行こう!」


 何かを決意したベルは立ち尽くすイデアルを連れ、今もなおガンデスに張り付いているパコイサスの国民達を尻目に、パコイサスを後にする。


 この数日間で仲間を失い、精神をすり減らし限界に来ていたベルは、それだけが使命かの様にガンデスが言っていた『敵』を見つけるため歩き始める。


(俺が終わらせる)


 ベルの精神はとうに限界を越えていた。

 しかし、『敵を見つける』それだけに執着するかの如く彼の目は決意に満ち溢れていた。

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