第2章

 -元の月第12日-


 村での惨劇から四日後、ベル達オメガのメンバーは先日起きた悲劇の説明の為、ノースク王国に謁見に来ていた。

 ベルとガンデスが気を失った後、一日で終わる筈の護衛にも関わらず、帰ってこない仲間達を心配し村へ駆けつけていたイデアルがその異常さを確認する。

 同じく、帰りの遅いガーネア姫を心配したノースク国王が村に兵士たちを派遣したのだろう、数十人のノースク兵たちがイデアルの後から村の状況を確認しに来ていた。


 村の惨事に「何があったのか」と固まるイデアルをノースク兵達が捕える。

 無抵抗のまま引きずられるイデアル。同じく、気を失ったまま連れられるベルとガンデスを前に……。


(どうして毎回こうなるんだ……)


 過去の出来事を思い出したのだろう。

 イデアルはへたり込んだまま、3人は奇しくも、姫様や村人、さらには、アーファルスの兵士殺しの罪まで被せられる形でノースク王国へと連行される事になる。


---


 ――あれが姫様殺しの。

 ――やはり異端者などに任せるのが間違いだったんだ……。


 口々に軽蔑の視線や、罵倒、陰口を受けながら3人は王座の間へと連れられていた。


「勝手なもんだな」


 ベルがお返しとばかりにぼやく。


「何?」


 連行中の兵士にそのぼやきが聞こえてしまった。

 ベルを睨みつけ、今にも殴りかからんとする兵士をベルはさらに挑発してしまう。


「はっ! 俺達にびびりながら依頼してきた時とは大違いだな……なんだ? 自分の国の中になった途端に強気か? それとも周りに大勢人がいるからか? 情けない姿は見せられないってか?」

「なんだと貴様!」


 ベルの挑発に胸倉を掴む兵士の顔は、噴火寸前のように真っ赤になっている。


「言っておくがお前たちの様な雑魚が何人いようが結果は変わらねえぜ?」

「き、貴様!」


 一触即発の空気が流れ始める、周りにいた兵士達もベルの挑発に感化され今にも殴りかからんとしている。


「ベル、その辺りでやめておけ」


 ベルを止めたのは以外にもガンデスだった。


 「俺達は争いに来た訳じゃないだろう、しっかりと事情を説明しなければ駄目だ」と注意されベルは舌打ちをして黙ってしまう。

 そしてイデアルはこの騒動があっても村からずっと無言を貫いている。

 その瞳はおかしくなったマーロウと同じく、どこに焦点がいっているかわからず、何を考えているかもわからない。

 そんなイデアルの様子に、ガンデスも何か異変を感じ始めている。


(とにかく、今は誠心誠意包み隠さずに話す事が重要だ)


 ガンデスはそう決意し歩みを進める。


---


 やがて3人は王座の間へと通される。

 もちろんガーネア姫殺害の犯人としてだ。


「して、そちらはオメガという傭兵集団であったな?」


 3人の目の前で身体より一回り大きな玉座にすわる老人が言う。

 彼はノースク国王『ボルネクス』火と雷の混合魔法の使い手である。


 若い頃はマーロウと一緒に前線で戦い、二人は『ノースクの爪』としてその名を轟かせていたが、今はもうそのような力強さは感じない。


 そんなノースク国王を前にガンデスが今回の出来事を説明し始める。

 アーファルスに情報が漏れていたこと。そのアーファルスの兵士をもろとも村の人々やオメガのメンバー、ガーネア姫までに手をかけたのはマーロウである事、そして暴走するマーロウを二人がかりで止めた事。

 包み隠さず全て話した。

 しかし、ボルネクス含め、その話を聞いていた周りの兵士達の反応は良くは無かった。


「ガンデス、と言ったかな? おぬしの話はよくわかった。しかし、その話、余りに無茶が過ぎる」

「何故ですか……」


 やれやれといった様子でボルネクスが続ける。


「確かに私とマーロウは二人で戦い、ノースクの爪とまで呼ばれたほどに強い。だがそれはもう昔の話、ノースクの兵達を前に国王である私がこんなことを言うのは気が引けるが、正直私はもう火や雷の一つも起こせないほど衰弱しきっている」


 ボルネクス国王の話を唇を噛みしめながら聞くノースク兵達、彼らの様子を見るに、ボルネクス国王の話は本当なのだろう。

 兵達の様子を見ながらボルネクス国王も力なく続ける。


「マーロウも同じなのだよ、確かに奴は強い、『マーロウの剣技があればこそのノースク兵士団』とも言われておったほどにの、しかし奴とて人間、私と同じように老いにはかなわんのだよ。私に比べればまだまだ戦えるとしても、おぬし達二人の前におぬし達の仲間や村人をたった一人で殺戮し、その後におぬしら二人と戦い、2対1でようやく勝てるといった強さではもうないのだよ」


 ボルネクス国王の言う通りだった。

 確かに過去どれだけ強くても、今は老兵ガンデスとベルの二人ががりで手こずる相手では無かった筈だ。


(じゃあ、あの強さはなんだったんだ?)


 ベルは違和感を感じ、ボルネクスに問いかける。


「例えばの話だが、こちらの死んだ仲間の中に肉体強化の魔法を使う者がいる。その魔法と同じようにマーロウにも何かしらの強化魔法を施していたというのはあり得るんじゃないか?」


 ベルの発言に周囲の兵士たちがざわつく。


(図星か……?)


「いや、それはありえない」


 ベルの仮説を否定したのは意外にもボルネクスでは無く、いままで無言だったイデアルだった。


「いや、正確にはありえなくはないんだが……」

「イデアルよ、無理はしなくて良いのだぞ」

「いえ、ボルネクス国王、私に説明させて下さい」


 イデアルとボルネクス、引いてはお互いの家族は仲睦まじかったのだろう、ボルネクスの眼差しは国王ではなく父親の様な眼差しだった。


 ノースクでの出来事にボルネクス国王も引け目を感じていたのだろう。マーロウと同じくあの時もう少しでも、イデアルの父親の傍にいれば何か変わっていたかもしれない。

 その無念からイデアルを心配そうに見つめる。


「実はなベル、ノースクにも魔法とまではいかないにしても、ある程度肉体を活性化される薬の研究をしていたんだ」

「もしかして……」

「ああ、その研究の責任者が俺の父親だった

俺が言うのもなんだが、ノースクとアーファルスの戦争は誰が見てもアーファルス側の勝利で終わる

このままではノースクはアーファルスの傘下となり吸収されてしまうだろう。

そこで軍事力強化の為に肉体強化の研究が始まった」


 成程、マーロウのあの強さはその薬のおかげだったのか。


(だとしたら何故ボルネクス国王はあんな事を言ったんだ?)


「マーロウの強さはその薬のおかげではないのかと思っているな?」


 ベルの考えを見透かすようにボルネクス国王が言う。

 ベルも頷くが……。


「完成しなかったんだよ」


 イデアルが悔しそうに言う。


「その薬があと一歩と言う所で父親が暗殺された」

「まさか」

「ああ、そのまさかだ、明らかに情報が漏れていた、今回の様に……」


 イデアルは初めて自身の父親の事をベル達に話す。

 少しは話に聞いていたが、まさかそんな理由で暗殺されていたとは思いもつかなかった。


「おい、もしかして俺達が今疑われているのって……」

「そのとおり、イデアルの親父殿の時と状況が似ているのだ。何処からか情報が洩れ、ノースクの重要人物が殺される。内通者がいるとしたら貴様達しか考えられないのだ」

「おいおい、待ってくれ! こっちにはイデアルがいるんだぞ!? ガーネア姫と仲がいいイデアルがいるんだ、ノースクの人達をどうこうする理由が無い!」

「しかし、現にノースクの人々は殺された。聞けばその際にイデアルだけはいなかったそうではないか、今回の作戦を聞いて心苦しくなったが、何も出来ずせめてと思い参加しなかったのではないか?」


 もっともらしいボルネクスの意見にたじろぐベルだが……。


(いいがかりだ……)


 村での出来事に嘘偽りは無く、ましてやアーファルスの者とも接触していない。

 それはイデアルにも分かる筈だ。

 ベルはすがる様にイデアルの方を向く。


「ボルネクス国王、私の知る限りではこの者達はアーファルスの者と接触しておりません。

しかし、全ての行動を把握しているわけではありません、私の知らないところで何か繋がりがあるのかもしれません」

「ではやはり」

「しかし! アーファルスとの戦争は貴方が首を差し出すという条件で終戦する筈です!」


 イデアルの発言に周囲の兵士たちがより一層ざわつき始める。

 どうやらその条件は兵士たちの中でもごく一部の者達にしか知らされていなかったのだろう。


 ――王! それは誠ですか!

 ――王! なぜそんな条件を!

 ――王! そんなことをしても結局ノースクはアーファルスの傘下に!

 ――王、王、王!

 口々にボルネクスへ抗議する兵士達。


「静まれ!」


 そんな兵士たちを一括するボルネクス。

 先ほどまで口々に騒ぎ立てていた兵士達は口を紡ぎ、あたりは静まり返る。


「おぬし達に依頼する際に口を滑らせたのだな?」

「はい、私が参加しなかったのもそのせいです。ここに居るノースクの兵士達と同じです、私も納得がいきませんでした。もし仮にそれで戦争が終わったとしても結局ノースクはアーファルスに吸収される、国民に不憫な思いをさせる事に変わりはないでしょう。貴方のやっている事はただ事実から逃げているだけです」


 イデアルは怒りを露わにしながらボルネクスに問い詰める。

 周りの兵士達も同じ気持ちだろう、姫様殺害の容疑を掛けられている者を止めようともしない。

 ボルネクスは椅子に深く腰掛け直しながら言う


「確かに結果は変わらんだろうのう……だが、このまま戦い続け、国民の労力を削るよりかは幾分かマシであるだろう」


 ――国王……。

 ボルネクス国王の様子に兵士達の怒りも消えていく。

 もう潮時なのかもしれない。

 そうノースクの兵士達もボルネクス国王の考えを理解した。

 『我々ノースク王国はアーファルス帝国に敗北した』その事実は変えられないものとなっていた。


「遅かれ早かれガーネアもマーロウも、村人たちも死んでいただろう……。だからこそ知りたいのだ、本当の真実を……」


 最早ボルネクスからはベル達を裁こうという思いは感じない。

 本人が言う通り純粋に真実が知りたいのだろう。


「ボルネクス国王、全て真実なのです。イデアルの不参加の理由は勿論、マーロウ殿の行いも全て」


 しかし、ガンデスの言う通り、全て偽りなく真実なのだ。

 彼らとアーファルスに何の繋がりは無く、寧ろ村に現れたアーファルスの兵士達を退けてさえいた。

 間違いなくガーネア姫や仲間達、村の人々を襲ったのはマーロウで間違いなかった。

 それをボルネクスに伝える。


「その言葉に偽りはないな?」

「ええ、勿論」

「そうか……」


 ボルネクスはそのまま黙り込んでしまった。

 暫く何かを考えるように塞ぎこむと、再び顔を上げる。


「フム、考えたのだが……」


 ボルネクスの様子がおかしい、これではまるで……。


(まるでマーロウの時と一緒だ……)


 嫌な予感がする、村での時と同じような。

 周りの空気が一気に変わったような、そんな気持ち悪さがベルを襲う。


「ヤハリ姫殺イノ犯人ハ、貴様達ニ違イナイ」


 ボルネクスの言葉で周りの兵士達も一斉に剣や槍を構え始める。


「お、おいあんたら!」


 たじろぐ3人を前にボルネクスが続ける。


「イデアルヨ、オヌシハ脅サレテソチラ側ニ居ルノダロウ?」

「どうなってる、何が起きている!」


 慌てるイデアルは二人に目を向ける。

 ベルとガンデスも同じく動揺しているが、イデアル程ではない。


「マーロウの時と同じだ……」


 ベルが呟く。

 マーロウと同じように、目が血走り、唸り声をあげ、まるで獣のようにベル達を睨みつける。


「イデアル、コチラヘコイ、モウ恐レル事ハ無イ、我々ガツイテイル」

「違う、あんたはボルネクス国王では無い!」

「何ヲ言ッテイル、先ホドカラ目ノ前ニ居タデハナイカ」


 ボルネクスの異様な雰囲気にイデアルは後ずさりする。

 その後ずさりに合わせて、ノースク兵達もジリジリと間を詰めてくる。


 一向にこちらに来ないイデアルにため息をつくボルネクス。

 ため息をつきながら「モウイイ」と一言だけいうと、


「者共、コヤツラヲ、ガーネア姫殺害ノ容疑デ捕エヨ!」


 ボルネクスの掛け声とともに一斉に襲い掛かるノースク兵達。


「逃げるぞ!」


 ベル達もガンデスの掛け声で一斉に走り出す。


 勢いよく王座の間を飛び出したベル達だが、部屋の外には既にかなりの数のノースク兵が待ち構えていた。

 右にも左にも多くの兵士達がいる。このままでは捕まるのも時間の問題なのは明らかだった。


「ベル、イデアル!時間をかける訳にはいかない、正面突破するぞ!」

「「了解!」」


 まず初めにイデアルが能力で氷の橋を生成する。

 その橋に三人で渡り、兵士達の上から突破を試みる。しかし、生成してから直ぐに破壊され、3人は渡っている最中に兵士達が待つ地面へと落下する。


 ベルは予想通りと言わんばかりに能力で3人の身体の面積を優に超える程、大きな盾を作り出し、そのまま3人を乗せ落下する。

 盾の下にいた兵士達は押しつぶされ倒れ込む。

 そんな事はお構いなしに剣で、槍で、斧で、様々な方向から襲い掛かる兵士達。


「うおおおおお!」


 ガンデスがそんな兵士達に張り合うようにがむしゃらに兵士の一人を殴りつける。

 大きく後ろに吹き飛んだ兵士は後ろにいた兵士達を巻き込みながら壁まで衝突する。


「今だ! 一気に抜けるぞ!」


 ガンデスの一撃で空いた空間を利用し、城の一階まで駆け降りる。

 幸い兵士達は二階に集中していたのか、二階ほど兵士達が密集していなかった。


(これならなんとか逃げ切れる)


 難なく城の一階を抜け、ノースクの城下町まで出る事が出来たベルは、油断することなく、しかし少しだけ余裕を見せそう感じる。

 だが、村の様子を見てその余裕を一瞬で無くしてしまう。


 ――全て此方を見ていた。


 ノースクの兵士だけでなく、ノースクの国民の全てがベル達を見ていた。マーロウやボルネクスと同じ生気を感じれない目でしっかりとベル達を捕えていた。


 中には洗濯に使うのであろう物干し竿を構える者、なんの役にも立たないような木の枝まで武器として構えだす子供すらいる。

 その光景におぞましさを感じ、思わず後ずさりする3人。


「なんなんだこれは」

「まるで、俺達が犯罪者の様だ」

「多分もう俺達はノースク国からして犯罪者なんだろう」


 各々が口を揃えて言い放つ。

 この国はおかしい。決定的に何かがおかしい――。


 その可笑しさが何なのかはわからないまま、3人は再び走り出す。

 その3人をノースクの人々は怯えながらも、確実にその目に捕える。しかし誰一人3人に襲い掛かろうとはしなかった。

 3人がこの異様な光景に恐怖していると共に、ノースクの人々もまた3人に恐怖していたのだ。


 結局3人は城下町ではなんの妨害も無く、ノースク王国から逃げ出す事に成功する。

 しかし、身体は無事でも、心には深い傷を負う事となった。


 ――何も悪い事はしていない筈だ。


 そうわかっていても平静を保てない。

 3人はノースク王国を抜けてからの数時間、誰一人として口を開こうとはしなかった……。

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