第188話 新たな戦力

 マリーが魔法剣でラプンツェンと戦っている。

 しかし、マリーが使う魔法の維持時間は最大で五秒ほど。

 結合魔法を使っても、効果時間は同じだ。

 何度も斬り結び、やがて魔法剣は効果をなくす。

 その瞬間、マリーは後方へ跳躍、即座に魔法剣を発動しようとする。

 魔法を使うには集中力が必要だ。

 慣れれば戦い中に魔法を使うことは可能だが、意識が逸らされている状態で使うのは簡単ではない。

 その上、魔法剣は魔力の精密な操作が必要なはず。

 剣の形に魔力を纏わせ、さらに魔法を魔力に流すのだ。

 激しい戦闘の中では容易にできはしない。


「させるかああーーーッッ!!!」


 当然、ラプンツェンはエンチャントアクアをする時間を与えないために追撃する。

 だがそれは想定の範囲内。

 僕は腰につけてあった水筒の蓋を開けて振った。

 水が空中に飛び出すと同時に、即座に呪文を唱える。


「天翔けるは水龍、降り注ぐ暴雨と化せ! メガ・アクアブレット」


 早口なためか口腔魔力の質は悪かった。

 呪文は唱えればいいというものではなく、意思と感情が重要な要素となっている。

 そのため、早口の呪文詠唱によって生まれた口腔魔力の質は低くなる。

 だが無詠唱よりは格段に上の魔力だ。

 手元に集まった複数の水色の魔力が結合し、巨大な魔力となって空中の水を吸収する。

 さらに大気中の水分をも集結し、小粒の水が無数に浮かぶと、ラプンツェンへと降り注ぐ。

 無数の雨の弾だ。


「くっ!? うざったいのだ!」


 メガ・アクアブレットの存在に気づいたラプンツェンは、マリーへの攻撃を中断。

 僕の魔法への対処を余儀なくされる。

 ラプンツェンは回避とシールドによって魔法の雨を防御するも、完全に防げはしない。

 アクアブレットに比べると威力も数も数段上。

 ラプンツェンへの猛攻は十秒ほど続き、ようやく魔法の雨が晴れた時には、ラプンツェンの身体には無数の痣が生まれていた。

 致命傷はない。だが痛みは与えた。

 ラプンツェンに生まれた隙を、マリーが逃すはずもない。


「はっ!」


 すでに魔法剣を発動し終えたマリーは、ラプンツェンへと斬りかかる。

 しかし、ラプンツェンはマリーの攻撃を寸前で避けた。

 数秒の攻防。

 ラプンツェンの動きは遅くなっているが、それでもまだマリーの攻撃を避ける余力はあるらしい。

 傍から見ればラプンツェンもマリーも、異常なほどの身体能力を誇っている。

 あの中に入る自信は僕にはない。

 それは騎士たちも一緒だった。

 僕としてはありがたい。

 彼らが無謀にも戦いに参戦したら、恐らく足手まといになるだろうから。

 最初に一人の騎士が吹き飛ばされたせいか、ドミニクを筆頭とした騎士たちは戦意を喪失している。

 ほとんどの騎士が鉄雷剣を近くに放っていた。

 それは戦闘放棄でも自暴自棄でもない。

 恐らくはマリーの指示だろう。


「みんな! 水筒の水を捨てて!」

「は!? ぜ、全員シオン様の言う通りにしろ!」


 ドミニクの号令で騎士たちが水筒の中身を辺りにぶちまけた。

 土に水分が吸収されても問題ない。

 これで周囲に水がある状態を作り出せた。

 だが、どれほどの魔力を用いても大量の水を一つに集めるのは難しい。

 今の僕だと精々バスケットボールサイズくらいだろうか。

 それに質量が多くなればなるほど、発射速度は遅くなるし、避けやすくもなる。

 特にラプンツェンの異常な身体能力を考えれば、無駄球になるだろう。

 だからこそ小粒の水を使ったのだが、ラプンツェンを倒すには威力が足らなかった。

 試しに別の魔法を使いたいが、ラプンツェンにとって脅威でなかった場合、僕の魔法を無視してマリーを攻撃されるかもしれない。

 さっきもギリギリだったくらいだ。

 そんな賭けはできない。

 水属性がラプンツェンに有効なのは間違いない。

 しかし僕の魔法は有効打に欠け、マリーの魔法剣は効果持続時間が短い上に、ラプンツェンの動きが早くて当てられない。

 僕やラプンツェンはまだまだ魔力があるけど、マリーの魔力は少ない。

 このままでは、いずれマリーの魔力が枯渇して負けるだろう。


 何か方法は。

 威力が高く、速度もあって、攻撃範囲が広く、可能であれば連続で行える水属性の魔法。

 そんなものあるわけが。


 アクア。エンチャント。鉄雷剣。剣術……武器破壊?

 そうか!

 ある。あるぞ!

 ぶっつけ本番の大博打になるけど。

 理論上は可能なはずだ。


 だがどうする。

 その案を採用するならば今の戦法は通じない。

 僕とマリーだけだと難しいだろう。

 しかし騎士たちは戦力外だ。

 戦意喪失しているという点もそうだが、戦うだけの力がない。


「誰か! 手伝ってくれる人はいませんか!?

 僕たちだけじゃ勝てないんです! 誰でもいい! 手を貸してください!」


 僕はマリーとラプンツェンとの戦いに意識を割きながら叫んだ。

 だが騎士たちは戸惑うばかりだった。

 誰も返事をせず、気まずそうに視線を逸らした。

 完全に心が折れてしまっている。

 仲間が無残にやられた上に、マリーとラプンツェンとの戦闘を見て、戦おうと思う人間はいないかもしれない。

 彼らを責めることはできない。

 なぜなら最初からわかっていたことだからだ。

 魔族との戦いに魔法が必須だということは。


 どうする。

 どうすればいい。

 マリーの魔法剣の効果が切れると同時に、僕は結合魔法でラプンツェンを攻撃した。

 そのやり取りを何度も繰り返す。

 小粒のアクアも、最大質量のアクアもラプンツェンには通用しなかった。

 前者は幾つかは直撃するも威力が足りず、後者はまったく当たらない。

 メルフィのおかげで魔力は十分あるが、この状態がいつまで続くかはわからない。

 魔力は回復しても体力は違う。

 マリーはかなり疲弊してきている。

 マリーは魔力を回復できないし、総魔力量も僕ほど多くはない。

 魔法剣の消費魔力はあまり多くはなさそうだが、そう何度も使えはしないだろう。

 それに僕の体力はまだまだあるが、マリーの役割を担えるはずもない。


 マリーがやられれば、僕たちは終わりだ。

 マリーを癒し、休ませる必要がある。

 それに作戦をマリーに伝えなければ。

 だがどうやって。

 人手が足りない。

 僕とマリーとメルフィだけじゃ無理だ。

 誰か。

 誰かいないのか。

 と。


「シ、シオン様。私も戦います!」

「私も戦いたい。すまない、気後れしてしまった」


 そう言ったのはドミニクとブルーノだった。

 二人は鉄雷剣片手に僕のすぐ近くまで来ていた。

 険しい顔つきだ。しかし覚悟を決めている顔でもある。

 正直、二人の戦力はマリーに及ばない。

 だけど彼らにもできることがある。

 状況が好転する可能性はあるのだ。


「ありがとう、二人とも! じゃあ作戦を伝えるよ。

 できれば他の騎士の人たちも手伝ってほしい。大丈夫、君たちに危険はないから」


 戸惑いながらも騎士たちが集まってきた。

 僕はみんなに考えを話した。

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