第187話 エンチャント

 メルフィが僕のすぐ傍に飛んできた。

 僕の頭上を飛び回り、魔力の鱗粉を落とした。

 魔力の鱗粉が僕に降り注ぎ、身体に染み込んでいく。

 不思議と力が湧いていく気がする。


『い、一体何が!?』

『シオンの魔力は回復したよ! 妖精の祝福もかけなおした!』

『妖精の祝福……?』


 聞き覚えのある言葉だった。

 エインツヴェルフが言っていたはずだ。

 あいつは僕を眷属にすると言い放ち、僕の首に牙を突き立てた。

 そしてエインツヴェルフは妖精の祝福により異常をきたした末に、僕たちに敗れたのだ。

 つまり魔族に有効な手段ということ。

 いわば防御魔法、みたいなものだろうか。


『祝福は魔族の魔術にも耐性がつく!

 メルフィとシオンの契約! 妖精一人に人間一人だけ出来るの!』

『じゃ、じゃあメルフィが僕に祝福をくれたから、エインツヴェルフに勝てたのか』

『ん? よくわからない』


 メルフィはエインツヴェルフのことを知らない。

 だけど、メルフィが僕に妖精の祝福をくれたから、エインツヴェルフの眷属にならずに済んだのだろう。

 これですべては繋がった。

 メルフィは僕の恩人だったのだ。

 しかし、契約なんてした覚えはない。

 しかも魔族の魔術に耐性がついたり、魔力が回復するなんて。

 なぜそんなことができるんだ?

 一体どういう理屈なんだ?

 知りたい欲求が浮かび上がるも、僕はすぐに頭を振った。

 いまはそんなことを考えている余裕はない。

 ガギィとけたたましい金属音が響き渡る。

 マリーとラプンツェンの戦いが再開したのだ。

 ラプンツェンに勝つ手段を考えなければ。

 あいつは強い。

 まともに戦っても勝てない。

 何か方法はないのか。


『シオン、メルフィの恩人で友達! だから助ける!』


 メルフィが勢いよく飛び、ラプンツェンへと向かった。


『ダ、ダメだ! 危ない! ぐっ!』


 僕は咄嗟にメルフィを追う。

 しかし身体がまだ言うことを聞かない。

 魔法を使おうとしても魔力が練ることができない。

 内部ダメージがまだ残っているらしい。

 そんな中、メルフィはラプンツェンのもとへと到達する。


「この気配は……妖精なのだ!?」


 ラプンツェンがメルフィに振り向く。

 メルフィはラプンツェンの頭上へ飛び上がり、また魔力の鱗粉を落とした。

 ラプンツェンは咄嗟にその場から跳躍して逃れる。

 着地の体勢を取った瞬間、マリーが剣を振り下ろした。

 ラプンツェンはシールドで腕を強化し、マリーの一撃を真っ向から受け止めるはずだった。

 だが、シールドを貫き、マリーの攻撃はラプンツェンの腕を切り裂いた。


「ぬがああああ!!」


 痛苦を叫びで誤魔化すようにしながら、ラプンツェンはマリーを蹴り飛ばす。

 しかし、マリーはラプンツェンの蹴りを鉄雷剣で何とか防いだ。


「うくっ!」


 マリーは後方へ吹き飛ばされ、空中で態勢を整えると、綺麗に着地した。

 だが衝撃は吸収できなかったようで、鉄雷剣は折れていた。

 ラプンツェンのシールドを貫いたのはなぜだ?

 今までは鉄雷剣の攻撃でもシールドに防がれていたはず。


「ぐぬぅっ! 妖精の魔力が!!

 うっとうしいのだ!!」

『まだまだ行くよぉ!!』

「くそぉぉっ! 何を言ってるのだ!? 邪魔をするでないわ!!」


 よくよく見るとラプンツェンの身体にはメルフィの魔力がまとわりついており、キラキラと輝いていた。

 メルフィの言っていた通り、魔族は妖精の魔力に弱いのか?

 それならば妖精の祝福が魔族に効果があるのも頷ける。

 エインツヴェルフの戦いでもそれはわかっていたが、詳細まではわからなかった。

 僕たちはメルフィに何度も助けられている。

 だからこそ助けなくてはいけない。


「砕け散れぇっ!!」


 ラプンツェンが怒りのままにメルフィに拳を向けた。

 咄嗟にマリーがメルフィをかばうように前に出る。

 しかし、マリーが持っていた鉄雷剣は折れてしまっている。

 あのままでは二人が危ない!

 ようやく魔法が使えるようになった僕はジャンプを使い、地を這うように疾走していた。

 けれどまだ遠い。

 もう少しで辿り着くのに、手が届かない。

 魔法を使うか?

 ボルト、フレア、ブロウ、アクア、あるいは合成魔法か?

 しかしこの位置では、どの魔法を使っても二人を巻き込んでしまう可能性がある。

 間に合わない!

 マリーは愛剣を抜いた。

 それは普通の剣。魔力を持たない剣ではラプンツェンの攻撃を防ぐことは難しい。


「姉さんッッ!!」


 僕の叫びと共に、轟音が辺りに響いた。

 同時に叫び声が上がる――


「ぐがあっ!!」

 ――ラプンツェンの。


 攻撃したはずのラプンツェンが、痛みに呻きながらマリーから距離を取った。

 腕を抑えて怒り心頭に発している。

 対してマリーは泰然と剣を構えていた。

 マリーは無傷だ。

 メルフィは慌てて上空へと逃げていく。

 何が起きたのかという疑問はすぐに氷解した。

 マリーの剣は魔力を帯びていたのだ。

 それだけではない。

 剣が水を纏っている。

 あれはアクアか!?

 剣が纏っていた魔力は数秒後に消え、水は地面に落ちた。

 あれは剣に魔力を纏わせ、アクアを使っている。

 つまり。


「ま、魔法剣……!?」


 僕は驚きに声を漏らす。

 ボルトを初めて使った時、僕は魔力の形を変えられることに気づいた。

 今ではそれなりに複雑な形も作れるほどになったが、魔力そのものを変形させ、物質に纏わせ、さらに魔法を使うという発想はなかった。

 それもそのはず。

 なぜなら僕は武器の類を使わないからだ。

 雷火は直接攻撃もできるようになっているが、基本的には魔法を使うための魔道具だ。

 基本的な武器を持たない僕には、魔法を武器に纏わせるという発想がなかったのだ。

 そうか、マリーはこれを練習していたのか。

 だからマリーは時折、一人で姿を消していたのだ。

 帰ってきた時にいつも魔力を消費していたから、何かしらの魔法を練習しているとは気づいていた。

 しかしまさか魔法剣とは。

 鳥肌が立った。

 これが初めて、マリーが開発した魔法。

 僕以外の人間が、初めて魔法を作り出したのだ。

 嬉しいと同時に悔しいとも思った。

 そして羨ましいとも。

 なんて美しい造形なのだろうか。

 水を纏う剣は幻想的で自然的だった。


「姉さん! 素晴らしい発想だよ!! 最高だ!!」

「ふふふ、ありがと。ものすっごく時間がかかったけど!

 やっと見せられた! この……名前つけるの忘れてたわ」

「魔法剣だね!? 属性付与、つまりエンチャントアクアだよね!?」

「そ、そう! これが魔法剣よ! エンチャント? アクア? なのよ!」

「魔法剣、だと!?

 ぐぬぬぅっ! 舐めるんじゃないのだああーーッッ!!」


 ラプンツェンが憤りながらマリーに迫る。

 ブーストの身体能力向上により、異常なほどに早い。

 しかしマリーも負けじとブーストで対応する。

 ラプンツェンの攻撃をマリーは真正面から受け止める。

 攻撃した側のラプンツェンの方がダメージを負っていた。

 魔法剣は触れるだけで魔族にダメージを与えられる?

 考えてみれば、人間の魔力は魔物や魔族に有効で、浄化できるのだから、魔力を帯びたアクアも同様の効果があるのは当然だ。

 む? 何か閃きそうな気が。

 剣に触れたラプンツェンの手は、浄化を超えるほどのダメージを負っていた。

 アクアに触れているだけなのにだ。

 浄化の効果があるとはいえ、多くはないマリーの魔力でこの反応。

 もしかして、ラプンツェンは水が弱点という可能性はないだろうか?

 あいつは岩を操っている。

 つまり土か岩属性。

 その反属性が水属性だとしたら?

 試してみる価値はある。

 僕は無詠唱でアクアブレットを放った。

 魔力は一万。

 威力はそこまで高くはないが、無詠唱だと即座に発動できる。

 放たれた水弾はラプンツェンの背中に吸い込まれた。


「ぐあ!!」


 水弾はラプンツェンに着弾すると消えてしまう。

 痛みは与えたが貫通するほどではないらしい。

 強化したエアガン程度の威力といったところか。

 咄嗟に使ったにしては十分な結果だ。

 結合魔法を使えばもっと効果はあるだろう。

 だが、狭いホール内で作るには、アクアは向いていない。

 大気中の水分を集めるため、作れるアクアは非常に小さかった。


「きぃさぁまぁ!! もう許さんぞぉーーっ!!

 出し惜しみは終わりだ!! ここで殺し尽くす!!」


 ラプンツェンの魔力が著しく上がる。

 正確には総魔力量に変化はないが、恒常的に発せられている魔力を表に出したということだ。

 奴の魔力は十分の一も削られていない。

 多少の傷があっても、倒すには至らない。

 本当の戦いはここからだ。

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