第186話 魔法戦闘は実験と共に

 強烈な金属音と共に、マリーの体は弾かれた。


「不意打ちとは卑怯なのだ!」


 ラプンツェンはマリーの攻撃を腕で防いでいた。

 生身でありながら鉄雷剣の攻撃を弾き返したのだ。

 シールドだ。

 ラプンツェンの腕に集まっている魔力は尋常ではない。

 集魔で集めた魔力は物理攻撃への耐性を持っている。

 魔力を帯びた鉄雷剣でもダメージを与えるまでには至らなかったらしい。


「うくっ!」


 マリーは空中で態勢を崩している。

 明らかな隙を晒していた。

 ラプンツェンは右手に魔力を集め、回転しながら拳を突き出す。

 マリーは咄嗟に鉄雷剣で防御した。

 だが衝撃は吸収できず、後方へと吹き飛んでしまう。


「姉さん!」


 僕は咄嗟にマリーが吹き飛ぶ先へ、ブロウを放った。


「かはっ!」


 マリーは壁に激突し、地面に落ちる。

 ブロウで衝撃を抑えたのに、吸収しきれなかったらしい。

 圧倒的な威力。

 素手での攻撃で、あれか。

 僕は咄嗟にマリーの隣まで走り寄った。


「だ、大丈夫!?」

「な、なんとかね」


 マリーはふらふらしながらも立ち上がった。

 鉄雷剣は半分に折れていた。

 さっきの一撃に耐え切れなかったらしい。

 鉄雷剣の構造的に、強度に問題はあった。

 むしろ一撃に耐えただけでも十分だ。

 僕はラプンツェンの動きに注意しながら魔力を集め、マリーの身体に触れさせる。


「ヒール」


 真っ白な口腔魔力が手元に集まる。

 魔力に触れていた部分の痣が消えていった。


「ありがと、痛みが引いたわ」


 マリーは鉄雷剣を捨てて、愛剣を抜いた。

 それは魔力を帯びていないただの剣だ。

 鉄雷剣でも通用しなかったのだから、通常の剣では余計に効果はないはずだが、鉄雷剣は近くにない。

 素手では危険なので、一先ず装備したということだろう。


「あいつ、姉さんの攻撃をシールドで防いでいた。

 多分、鉄雷剣の攻撃は効果があったんだと思う」

「……けれどあの反応。魔力を消して近づいたのに、防御されちゃったわ。

 かなり魔覚が鋭いのか、それとも別の理由があるのかしら。

 どちらにしても、まともに戦っても攻撃が当たりそうにないわね」

「僕があいつの気を引く。

 姉さんは騎士たちから鉄雷剣を借りて、隙を突いて攻撃して」

「わかったわ。気をつけてね、シオン」

「姉さんも」

「ひそひそと何を話しておるのだ、脆弱な人間!

 来ぬならばこちらから行くぞぉ!」


 ラプンツェンの右手に集まる魔力。

 流れるようなブーストとシールド。

 高密度の魔力量。

 確実にマリーや僕を超えている。

 石を飛ばしていたあの魔術も魔力操作を行っていたはず。

 ブーストとシールドも同じ類の魔術だ。

 ならばラプンツェンの得意な魔術は、膨大な魔力を使った魔力操作か?

 決めつけるのは早計だ。

 だが仮定しなければ、明確な情報がない限りは物事を判別できない。

 状況は最悪。

 けれど貴重な体験でもある。

 戦いに勝たなければ死ぬ。

 だが僕はどうしても抑えきれない欲求があった。


 魔術とは一体何なのか。


 魔術のことがわかれば、もっと魔法を強化できるかもしれない。

 新しい魔法を思いつくかもしれない。

 何か魔法に関する技術を発見するかもしれない。

 これは戦いだ。

 けれど研究でもあり、実験でもある。

 魔術と魔法は似て非なるものだと僕は思う。

 だったらどうするか。

 決まっている。


 試行錯誤するのだ。

 命がけで。


 これは遊びじゃない。

 ちょっと間違えばみんな死ぬのだから。

 でも止められない。

 僕は魔法の研究者なのだから。

 勝つことを前提に、研究するのだ。

 最優先は仲間の命であることを忘れてはいけない。


「さて、実験開始だ」


 僕は身構え、ラプンツェンの動きを注視した。

 ラプンツェンが、ホールの端を移動するマリーに視線を向ける。

 瞬間的に僕は自分の魔力を思いっきり表に出した。


「む?」


 ラプンツェンが僕の魔力に気づくと、再び僕へと向き直る。

 僕は魔力操作により、普段はあまり魔力を外に出さないようにしている。

 それは妖精の森、アルスフィアに足を踏み入れた時に妖精に視認されないようにと考えてのことだった。

 魔力を表に出しすぎると光って邪魔だし、魔覚を持つ者にとっては目立ってしょうがないからだ。

 とにかく、僕は魔力を解放した。

 おかげでラプンツェンの気は引けたらしい。

 それはつまりラプンツェンも魔覚があるということの証左だ。


 これで一つわかった。

 魔族にも魔覚があるということだ。

 ほぼほぼそうだとは思っていたが、確実性や再現性は研究において重要な要素だ。

 僕は現状を把握するために意識を集中した。

 相手との距離は10メートルくらい。

 遠くも近くもない距離だ。

 だがラプンツェンであれば一瞬で距離をゼロにできるだろう。

 あの魔力と身体能力を考えれば当然のこと。

 しかし、ラプンツェンはその場から動かない。

 何をしてるんだ?

 なぜ攻撃を仕掛けてこない?

 まさか、警戒しているのか?

 僕がラプンツェンの魔術を止めたからか?

 何もしないなら、今の内にやっておこう。

 僕は魔力を足元に集め、移動させた。


「だーっはははは!! なーはっははは!」


 突然、ラプンツェンが高笑いした。

 気でも触れたのか?

 僕は警戒心をさらに強くする。

 そんな中、ラプンツェンはニヤッと笑った。


「貴様が何をしようと関係ないのだ!

 わし様に勝てるわけもない! その程度の魔力ではな!

 とうっ!!」


 ラプンツェンが地を蹴った。

 異常な速度で僕へと迫る。

 僕は咄嗟に横に跳躍。

 ギリギリでラプンツェンの攻撃を躱す。


「遅い!」


 ラプンツェンが地面に着地すると同時に、僕へと向き直る。

 即座に方向転換し、迫ってきた。

 僕はまだ地面に着地していない。

 早すぎる。

 だが、僕の想像を超えない速度だ。

 僕は腕を横に伸ばしてブロウを放つ。

 僕の身体は風の勢いで横に移動する。

 ラプンツェンの攻撃を回避すると、地面に着地。

 即座に手を伸ばし、魔力を集める。


「ボルト!」


 紫の口腔魔力が手元に集まり、僕は両手を突き出した。

 だが、赤い電流がラプンツェンの身体を覆うことはなかった。

 電流の速度を凌駕した動きで、ラプンツェンは地面ギリギリまで姿勢を低くする。

 ボルトはラプンツェンの頭上を通り抜けた。

 僕の動きを見て咄嗟に避けたのか。

 なんて判断能力と反射速度だ。

 僕はジャンプで上空へ退避。

 しかしラプンツェンは即座に飛び上がってきた。

 刹那の反応。

 尋常ではないほどの動体視力と反射神経がなければ不可能な反応だ。


「遅いと言っているのだ!」


 眼前に迫るラプンツェンの拳。

 僕は咄嗟に顔面に集魔。

 同時にブーストで首を動かす。


「くっ!」


 ギリギリでラプンツェンの拳を避けるも、勢い余って横に回転する。

 僕は回転しつつ、ラプンツェンの腕を掴んだ。


「のあ!? は、離せ!」


 僕たちは風車のようにぐるぐると回った。

 視界が回って気持ち悪いかったけど、僕はラプンツェンの腕を決して離さなかった。

 即座にラプンツェンの身体に最大の魔力を流す。


「ぐあああああ!」


 苦悶の表情を浮かべるラプンツェン。

 やはり効果があった!

 魔力と魔力の干渉による『浄化』だ。

 属性で言えば『聖属性』となるだろう。

 やり方はヒールと同じだが、使う対象が魔物や魔族であれば対象にダメージを与えられる。

 僕はこれを『ホーリー』と名付けていた。


「お、おお、おのれ! は、離せと言っているのだ! くぬくぬ!!」


 ラプンツェンが力任せに暴れ出した。

 僕とラプンツェンの魔力差は一目瞭然。

 奴が本気を出せば、ブーストによって離脱されてしまう。

 僕はジャンプを使う要領で、回転力をあげた。


「うえええええ!? や、やや、やめろおおおお!!」


 二人して空中を回転している。

 さながら扇風機のようだった。

 視界がぐるぐる回って気持ち悪い!

 三半規管が悲鳴を上げている。

 吐きそうだ。

 だが止めない。

 ラプンツェンの腕をブーストして掴み、決して離さない。

 僕が掴んでいるラプンツェンの腕は、ホーリーによって徐々に浄化が進む。

 火傷のように肌は焦げていく。

 そしてやがて灰になるのだ。

 この方法なら、ラプンツェンのブーストやシールドも効果はない。

 そしてさらに一つ判明した。

 魔族は魔物同様に浄化の魔法、ホーリーが有効であると。

 このまま炭化させてやる!


「ぐぐぐぐががががが、ぐがああああああ!!!」


 ラプンツェンが呻きながら力の限り暴れた。

 その瞬間、異常なほどの魔力がラプンツェンの身体からほとばしる。

 ラプンツェンは先程までとは比べ物にならない膂力で、僕を引きはがした。

 バランスを崩した僕たちは、空中で静止することは叶わず、自らの回転力でその場から弾かれた。

 溜まりに溜まった回転の力が解き放たれ、回転遠心力となって僕たちを吹き飛ばしたのだ。

 地面に直撃する寸前に最大魔力でシールドを展開。

 轟音と共に衝撃が身体に走る。

 シールドは身体に与える外部の衝撃や物理的な攻撃は防御するが、完全に衝撃を吸収するわけではない。

 何かをぶつけられたら表面上の傷はつかないが、体内への振動は失われないのだ。

 肉体は衝撃荷重の影響を受け、吹き飛ぶわけだ。

 強度と硬度が高い上に、重量を持たない物質の防具を装着しているようなものだろうか。

 僕は天井や壁に何度も弾かれた。

 地面を何度も転がり、やがて停止する。


「ぐ、は……!」


 いくらシールドで物理耐性があっても、シールドは体内の衝撃までは防げない。

 つまり回転や衝撃による内部ダメージはそのままだ。

 過剰に揺れた三半規管や内臓、脳。

 吐き気や頭痛、視界の歪み。

 壁や地面に衝突した際に受けた体内へのダメージ。

 それらは計り知れず、僕は立ち上がることさえできなかった。


「がはっ!」


 血が口から洩れた。

 吐血か喀血かわからない。

 あるいはどちらもなのか。

 内臓に多大なダメージがあったことは間違いなかった。

 全身がぶるぶると痙攣している。

 今は僕のことは後回しだ。

 すぐに死にはしない。

 ラプンツェンはどうなった!?


「はあああああ!!」


 マリーの気勢が届くと同時に、ラプンツェンの姿が見えた。

 今まさに、倒れているラプンツェンをマリーが鉄雷剣で攻撃しようとしている。

 ラプンツェンにもダメージがあったのだ。

 あの一撃が通れば勝てる!

 マリーの剣が振り下ろされた。


「いぎっ!!?」


 確実にラプンツェンに一撃を入れた。

 ラプンツェンの腹部に綺麗な裂傷が走っていた。

 だが浅かったらしく、両断とまではいかなかったようだ。

 マリーはそんなへまをしない。

 つまりそれだけラプンツェンが硬かったということだ。

 マリーは続けて二撃目に移る。

 流れるような動きで横薙ぎの攻撃を放とうとした。

 だがラプンツェンはその一撃を、のけ反ることで皮一枚で回避。

 バク転の要領で後方へと回転しつつ、マリーの顎を蹴り上げた。

 いや、そう見えただけで、マリーは攻撃を避けるため後方宙返りをしたのだ。

 回避はできたがラプンツェンとの距離ができてしまう。

 僕は自分をヒールしながら立ち上がった。

 傷は癒えるが、吐き気や頭痛は治らない。

 ヒールが作用するのは再生能力だけか。

 完全回復までは時間がかかるだろう。


「お、おのれぇ、人間めが!

 わし様に傷をつけるとは! 許さぬ! 許さぬのだッ!!」


 ラプンツェンは激昂し、魔力を解放した。

 ダメージを与えても魔力が減るわけではない。

 まだ余力はあるということだ。


「な、なんて戦いだ……な、何も、で、できない」

「ま、魔族は本当に、い、いたんだ……」

「魔法で倒すしかないって……う、嘘だと思っていた……ば、化け物」


 僕とマリーが戦っている間、騎士たちは恐れながら傍観することしかできていなかった。

 それはドミニクも同じだった。

 彼らは魔法が使えない。

 普通の人たちが戦えるはずもなかった。

 そんな中、動いた影が一つ。


『シオーン!!』


 メルフィだった。

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