第185話 舌戦

 ホールは暗く、視界は悪い。

 みんなの持つ雷光灯のおかげで見える箇所はあるけど、視界良好とは言えない。

 しかしラプンツェンの醸し出す魔力は異常な存在感を持っている。

 魔覚を使えばラプンツェンの位置や動きはよく感じ取れた。

 マリーも魔覚が使える。

 戦いに支障はないだろう。

 ラプンツェンが手を上げると、壁に散乱していた石が浮かび上がる。

 重量のある物質を魔力で操作することは、僕には不可能だ。

 アクアは属性魔法の一つ、水属性魔法であり、魔力に反応するためか水を扱うことが可能ではある。

 しかし魔力だけで物質そのものに干渉することはできない。

 魔力で物を動かしたり、浮かしたり、飛ばしたりはできないのだ。

 それが可能であれば飛行魔法も簡単にできるはずだ。

 しかしラプンツェンは魔力を扱い、無数の石を動かしている。

 まるでサイコキネシスのようだ。

 エインツヴェルフはあの力を魔術と言っていた。

 ならば魔術と魔法は別物だということか?

 とにかく石に込められた魔力は濃密であることは明白だった。

 あれに当たれば死ぬ!

 全員を防御する魔法などない。

 仮に広範囲に魔力を広げても、シールドと同じ効果は得られない。

 それじゃブロウで吹き飛ばすか?

 風の力ですべて防げるとは限らないし、そもそもあれだけの魔力を持つ石を吹き飛ばせるかわからない。


 いや待てよ。

 魔族の持つ魔力は僕たちが持つ魔力とは異なるはずだ。

 つまり魔力種が違うということ。

 それは魔物も同じだ。

 だから直接魔力を与えると『浄化』という現象が起きる。

 だとしたら、もしかして。


「ゆけぃっ!」


 ラプンツェンが手を振り下ろした。

 同時に無数の岩が僕たちへと迫る。

 僕は魔力を放出し、広範囲に伸ばした。

 味方全員を守るように魔力を動かしたのだ。

 石礫が騎士や妖精、僕たちへと当たる前に、僕の魔力に触れる。

 その瞬間、僕は魔力を下に引っ張った。

 頼む、動いてくれ!

 僕は祈るように動向を見守ることしかできない。

 一瞬の出来事だった。

 僕の放出魔力に触れた石礫は勢いを失い、勢いよく落下した。

 僕たちに触れることなく、石礫は力を失った。

 マリーが驚いたように目を見開いていた。


「い、今のは何が起こったの? 魔力で方向を変えたの……?」

「う、うん。正確には魔力に命令を与えたんだ。

 触れた魔力を下に引っ張るようにってね」


 人間の魔力は魔物や魔族の魔力に反応する。

 であるならば魔力同士の相関関係が存在するはずだ。

 浄化という現象が起こり得るなら、魔力そのものに何かしらの干渉があるということになる。

 関わるのであれば片方が移動した場合も、影響があると考えた。

 ゆえにラプンツェンの魔力が僕の魔力に触れた瞬間に、下方に移動するように僕の魔力に命令した。

 色々と想像したが、その中でも最も良い結果が出た。

 僕の魔力でラプンツェンの魔力を引っ張れたという結果が。

 石礫はラプンツェンの魔力によって動いているのだから、その魔力が動けば必然的に引っ張られる。

 引力だ。

 石を魔力で動かすという魔術だから、ボルトやフレア、ブロウのような属性魔法には使えない方法だと思うけど。


「な、ななな!? 一体どういう仕掛けだ!?

 なぜわし様の礫が落ちたのだ!? 貴様、何をした!?」


 ラプンツェンはわなわなと震えながら僕を指さした。

 明らかな動揺だった。

 この魔族、もしかして……。

 確信めいた、一瞬の閃き。

 僕は胸を張って叫んだ。


「さて、何をしたんだろうね!」

「ぐっ! に、人間の癖にぃ! 生意気な奴め!」


 ラプンツェンが再びばっと手を上げると、周囲の石が浮かび上がる。

 石礫が飛んできたが、さっきと同じように魔力を広げて、石をすべて地面に落とした。


「ぐあああ! なんだそれはぁ!

 わし様の魔術をなにゆえ止められる!? こんのぉ、ダボがぁ!!」


 ラプンツェンは再び手を上げる。

 僕は先程と同じよう即座に手を広げた。

 するとラプンツェンの動きが止まる。


「ぐぬぬ!!」


 ラプンツェンが明らかに困っている。

 僕を睨み、地団太を踏んでいた。


「そ、その手をやめるのだ!」


 やっぱりそうだ。

 こいつ、おバカだ!!

 エインツヴェルフを超えるほどの魔力を持ちながら、おバカなのだ。

 確かに魔術はすごい。

 だが、相手がおバカならばまだやりようがある。

 光明が見えたぞ。

 ラプンツェンは攻めあぐねている。

 今の内にやれることがある。

 僕はちらっと通路の位置を確認すると、即座に思考を巡らせ、考えをまとめた。


「姉さん」


 僕は隣で身構えているマリーに小声で話しかけた。

 作戦を伝えると、小さく頷いてくれる。


「ラプンツェンと言ったね。僕はシオンだ」

「ふ、ふん! 人間の名前なぞ興味はないのだ!

 おまえはここで死ぬのだからな!」

「まあまあ、なぜ自分の魔術が効かないのか気になるだろ?」

「え? ま、まあ、そ、それは気になるのだ」


 反応からしてわかってはいたが、ラプンツェンは魔力に関して大して詳しくはなさそうだ。

 エインツヴェルフも熟知しているようで、火魔法に魔力をぶつけると爆発することを知らなかったし。

 ……いや、本当にそうか?

 それはおかしい気がする。

 いまさらだけど、エインツヴェルフのあの自信満々な言動を考えると、火魔法……あいつにとっては火魔術だろうけど、それに大気魔力を与えて爆発することを知らないものだろうか?

 僕のボルトに対して大気魔力で空気抵抗を使い、防御したことを思い出す。

 つまりまったく無知であるというわけではないのだ。

 しかし、あの時エインツヴェルフはこうも言っていた。

 『魔術は必ず反属性が存在する』と。

 そしてそれは初歩の初歩だと。

 仮に、火魔術に大気魔力をぶつけると爆発するということが、初歩の初歩であるとするならば、感情的になっていたとしてもまったく警戒しないとは思えない。

 ならばなぜエインツヴェルフは火魔術を使った?

 僕が大気魔力を放出できないと思った?

 いやそれはさすがにないだろう。

 それこそ初歩の初歩の技術だ。

 ではなぜか。


 ラプンツェンの反応を見て、僕は不意に閃いた。

 魔術と魔法は似て非なるものであり、僕が知っていることを魔族が必ずしも知っているとは限らないのではないか?

 だからエインツヴェルフは、不用意に火魔術をあからさまに使った。

 時間をかけ、魔力を用いて、隙を晒しつつ火魔術を使ったのだ。

 つまり、エインツヴェルフは知らなかったのではないか?

 火魔術は、人間の使う大気魔力に触れると爆発するということを。

 もしかしたら、魔術の大気魔力と魔法の大気魔力は別ものなのかもしれない。

 だから似て非なるものだと僕は考えた。

 エインツヴェルフはただ失態を犯しただけだと思っていたが、実は違ったのか?

 そもそも、魔術は魔法と違って、道具を用いずとも使える。


 エインツヴェルフは【元素の理】と言っていた。

 それはつまり、魔術と魔法はまったく同じものではないという証左ではないか?。

 だからラプンツェンもわかりやすく動揺しているのだとしたら?

 魔力の特性もまた人間と魔族では違うということなのかもしれない。


「な、なんだ? 何を考えておるのだ!?

 話を途中でやめるな!!」


 おっといけない、思わず思考に耽っていた。

 悪い癖だ。

 ただ、ラプンツェンの魔力は揺らいでいることは明白だ。

 明らかに動揺していることはわかっていた。

 思考は一旦、中止だ。

 しかし考えたおかげで僕のプランも決まった。


「悪かったね、ちょっと考え事をしてたんだ。

 一つ聞きたいんだけど、魔術を使うには元素の理が重要ということは間違いないね?」


 一先ずは牽制。

 元素の理に関しての情報が少しでも欲しい。


「ふふん。だからどうしたというのだ?

 元素の理を知るは魔族のみ! 人間がわかるわけがなかろう!

 そもそも、魔力もおまえたちが持っているのがおかしいのだ!

 この盗人めが! バカバカバーカ!」

「盗人? 何を言ってるんだ?」

「知らないとは何事なのだ!

 人間もルグレもエルフもむかっ腹が経つのだ!

 返せ、それはわし様たち魔族のものなのだ!」


 盗人? エルフ? 返せ?

 何を言っているんだ、こいつは。

 意味がわからない。

 だが適当なことを言っているようにも見えない。

 魔族しか知らない何かがある、そういうことか?

 そもそも千年前のルグレ戦争で人間、いやルグレは魔族と戦い勝利したはずだ。

 しかしルグレはその時に滅んだ。

 僕だけを残して。

 その際に、人間たちはルグレの存在を抹消してしまう。

 僕が知らないことがその時にあったということか。

 ルグレ戦争の真実。

 それをラプンツェンは知っていると。

 僕たちが魔力を盗んだ?

 そしてエルフだって?

 エルフって耳長で長寿で美しい種族の?

 いや、エルフという言葉が、僕の知っている意味そのままを表すとは限らない。

 もしかしたら人ではないかもしれない。

 あるいは生物でさえないかもしれない。

 ダメだ。疑問だらけで頭が回らない。


「とにかく、わし様の魔術をなぜ防げたか、教え――」


 ラプンツェンが躍起になり叫んだ。

 その最中、ラプンツェンの背後にマリーが現れる。

 完璧な魔力操作による、気配を消した動き。

 隙を晒したラプンツェンに避けることはできない。

 マリーは静かに、そして確実にラプンツェンの首に鉄雷剣を振り下ろした。

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