第182話 王族の事情

 なんとはなしに周囲を見渡すと、騎士たちの状況は芳しくなさそうだった。

 慣れない洞窟内での任務と、非現実的な状況に頭が追い付いていないという感じか。

 突然、魔法だの魔力だの魔族だの赫日だの言われてもすんなり信じられるはずがない。

 時間が足りない。

 もっと魔力や魔法の訓練や実践を積む時間があれば、心構えも違うだろうに。

 半信半疑の人間も少なくない。

 僕の魔法を信じても、魔族を目の当たりにしているわけでもないのだから。


「私は……」


 不意にドミニクが呟いた。


「うん? どうかした?」

「……私は上手くやれているのでしょうか?」

「どうだろう。僕から見ると、十分やっていると思うけど」


 ドミニクは安堵したように小さく嘆息した。


「陛下からこのような大役を賜ったのは初めてのことでして」

「……ドミニクは王族らしいね」

「父からお聞きに?」

「うん」

「そうですか……。

 隠すようなことでもありませんが、王族と名乗ると気を遣わせてしまうかと考え、敢えてお伝えしませんでした。申し訳ありません」

「いいよ。別に。全部話す必要はないし……僕も同じだしね」


 僕もドミニクに隠していることが山ほどある。

 魔法のことも今日まで隠していたわけだし。

 必ずしも、すべてを話す必要はないと思う。

 もしかしたら、そう思いたいだけなのかもしれないけど。


「私は兄弟に比べ剣術や勉学、政治の才能はありませんでした。

 末子ですので王位継承権はないのですが、やはり王族であることは間違いなく。

 自由奔放に過ごしておりましたが、制限は多かったように思います。

 そんな私を疎む輩は多く、継承権などなくとも王族としての振る舞いをしろと言われておりましたが、いかんせんこの性格でして。

 そもそも余程の功績でもない限り王になる権利さえ得られないのに、何を頑張れというのかと思っておりました」


 事情や立場は違うけど、僕と似ているのかもしれない。

 僕は魔法に憧れていた。けれど地球では魔法は存在せず、いくら努力しても使えるはずもなかった。

 ドミニクも同じなのだろう。

 どれだけ努力しても叶わない夢がある。

 満たせない心がある。

 それなのに何を頑張れというのかと。

 何を目標に生きていけというのかと。


「剣術は好きでした。ですが好きなだけで目標はなく、そして剣術を用いて何をするのかと言われれば適当に答えていました。

 私はやりたいことがなかったのです。

 ですが最近は違います。シオン様やマリー先生を見て、目標ができましたから」

「目標?」

「二人を超えるという目標です」

 僕は驚愕のままに目を見開いた。

「ね、姉さんはまだしも、僕はそんな大層な人間じゃないよ」

「過ぎた謙遜は周りを貶めますよ、シオン様。

 怠惰病治療の研究や普及、魔法の開発、赫夜における魔族の撃退、妖精言語の解読。

 私が知るだけでもこれだけの功績があります。

 あなたが大層な人間でなければ、世の人間の挙げた大半の功績はなんだというのですか?」

「うぐっ! そ、それは……」


 何度も言われてはいるけど、素直に受け入れられない。

 自分でもさすがに自覚はある。

 僕は沢山の人を救い、国や人に貢献してきたのだと。

 しかし胸を張って、そうだよ、と言えないのだ。

 性格もあるけど、生まれた国の気質もある。

 だけどそれは時として人を不快にするのかもしれない。

 僕は小さく笑ってドミニクを見た。


「わかった。認めるよ。僕はそれなりに功績を挙げている」

「ははは、まあ今回はそのくらいで許しましょう。

 とにかくそんなシオン様と、圧倒的な強さを誇るマリー先生を私は尊敬しています。

 ゆえに超えたい。この人たちのようになりたい。そう思ったのです。

 こんなことは人生で初めてのことでした」

「そう言えば最初は必死で弟子にしてくれ、って言ってたね」

「誰かにあれほど必死に頼んだのは生まれて初めてですよ。

 これでも王族なので、大抵のことは命令すれば叶いますからね」

「でもしなかった」

「したくなかったのですよ。

 王族の権力を利用して何かを得るのはもう飽き飽きしていましたから」


 遠い目をするドミニクを見て、僕はなぜか親近感を抱いた。

 僕はふと疑問を抱き、口にする。


「ドミニクはどうして近衛騎士をしてるの?

 それも自分の意思で?」

「いえ、近衛騎士隊に入ったのは父の命ですよ。

 私は唯一剣術を好んで嗜んでおりましたから、ならば騎士になれと言われまして。

 元々、大して仕事もせずふらふらしていたので、見かねてのことでしょう」

「その割にはきちんと仕事を全うしているじゃないか」

「仕事をまっとうしていたとしたら、近衛騎士という肩書なのに伯爵の護衛とお世話をするなんて任務を与えられませんよ。

 確かに伯爵は国の宝ではありますが、近衛騎士の仕事は君主の護衛です。

 本来は王である父の近くで警備や危険分子の排除を行うものですから。

 近衛騎士とは名ばかり、周囲からは道楽息子だと思われているでしょうね」


 自嘲気味に漏らすドミニクの言葉は、悲哀に満ちていた。

 彼には彼の葛藤があるのだろう。

 落ち込んでいるというより、諦めているという感じだろうか。

 その割には騎士たちからの評価はそれなりにあったように見えたんだけど、僕の勘違いだったんだろうか。


「私は誰かに期待されたことはありません。

 だからこそ誰かの期待に応えようと思ったこともなかったのです。

 幼少期よりお世話になっている伯爵も、私を気遣ってはくださいますが頼ってくれたことは一度もありません。

 誰もが私に気を遣い、誰もが私を腫れ物のように扱いました。

 ですがシオン様やマリー先生は違いました。

 シオン先生は私を対等に見てくださり、そして色々と頼ってくれました。

 最初に魔物が出現したことを黙っておくように交渉してきた時は、さすがに驚きましたが」


 楽しそうに笑うドミニクに対し、僕は引きつった笑みを返す。

 だってアルスフィアに魔物が出たって報告したら、妖精とかの研究できなくなると思ったんだから仕方がない。

 被害はなかったし、色々と配慮はしてたし、ラルフガング王も不問にしてくれたからとか、胸中で言い訳した。


「あ、ああ、そういうこともあったね」

「魔物捜索の任を与えてくださいましたし、常に対等に接してくださいました。

 もちろんお二方は私が王族だと知らなかったので、本当の意味では対等とはなっていなかったかもしれませんが……」

「王族だと知っても、変わらないけどね」

「変わらない……ですか?」

「ドミニクはドミニクでしょ。

 綺麗事を言うつもりはないけど、あんまり肩書とか気にしたことないから、僕たち」


 僕もマリーも相手の立場とか肩書を気にしたことはあまりない。

 もちろん相手を敬う必要がある時はある。

 最初にバルフ公爵やミルヒア女王に会った時は、さすがに礼節をもって接した。

 ただそれ以降は別に気にしていない。

 敬語は使うし、相手と立場が違うことも理解している。

 けれど必要以上に気を遣うことは一切ない。

 別に僕たちの考えが正しいというわけじゃない。

 ただ僕たちはそうだと言っているだけだ。

 ドミニクへの対応が適当だったから、さすがに不敬罪になるかと心配はしたけども。

 ドミニクは呆気に取られていたが、すぐに笑い始めた。


「あははは、確かに、確かにそうかもしれません。

 シオン様はまったく態度が変わりませんし、マリー先生はむしろもっと厳しくしてきそうです」

「あんた王族だからって手加減しないわよ、とか言ってね」

「ええ、ええ、そうですね。

 マリー先生は手加減を知りません。

 毎回のように私は酷い目にあっています。

 シオン様も私に対しての態度が適当ですしね。

 ああ、ドミニクいたんだ? ああそう、みたいな。

 影が薄いから気がつかなかったよ、と言われることもありましたね」

「そ、そうだったっけ。それはちょっとごめん」

「まったく、こんなことは初めてですよ。

 私は王族なのです。こんなぞんざいな扱いをされたことはありません」


 言葉は不満気だったけど、表情は明るかった。

 思えばドミニクへの対応は悪かったような気がする。

 最初が最初だったからか、そういうキャラになっちゃったというか。

 マリーはマリーで思いっきり厳しく鍛えているし。

 僕は僕でドミニクを小間使いのように扱っていた時もあったし。

 何気にメディフ関連で何かあった時、真っ先にドミニクに頼っていたような気がする。

 思い返せば、結構ひどいんじゃないだろうか。

 その癖、恋愛相談なんかしたりして。

 これはさすがに謝るべきだろうか。

 王族とか関係なしにやはり謝るべきだろう。

 僕は姿勢を整え、ドミニクに向き合い、そして頭を下げようとした。


「ですがそれが嬉しかった」

「え? う、嬉しかったの?」

「おかしいですか?」

「い、いやおかしくないけど、怒ってないのかなと」

「怒るなどとんでもない。

 私は対等に扱われることに喜びを感じています。

 シオン様は、相談もしてくださいましたし。

 対等な友人関係を築いたことがない私にとっては……とても嬉しいことでした」

「……そっか」


 確かに、ドミニクと僕は友人と言えるかもしれない。

 半年以上の付き合いになるし、共に過ごす時間も長い。

 ドミニクのことを深くは知らなかったけど、こうやって話すと親近感が湧いていく。

 友達か。

 村のローズやレッド、マロン。

 イストリアのコールやブリジット、ラフィ、バルフ公爵、グラストさん。

 友達とは違うかもしれないけど、怠惰病研修会のイザーク、エリス、ソフィア、マイスや生徒たち、ゴルトバ伯爵

 ウィノナ、ミルヒア女王、フレイヤ、フレイヤの部下のみんな、カルラさん、そしてドミニク。

 他にも多くの出会いがあった。

 みんな元気にしているだろうか。

 ドミニクは不安そうにしていた。

 だから僕が言うべきことも決まっていた。


「僕もドミニクを友達だと思っているよ」

「そ、そうですか! と、友達だと!」

「うん。恋愛相談するまではただの伯爵のお付きの人だと思ってたけど」

「それはご無体では!?」


 ドミニクが必死の形相で言うものだから、僕は吹き出してしまう。


「あはは、冗談。冗談だから」

「そ、そうですか。まったくシオン様はお人が悪い。

 ですがありがとうございます。心より嬉しく思います」

「これからもよろしくね、ドミニク」

「こちらこそシオン様。まずは共に赫日を乗り越えましょう」

「うん。絶対に勝とう。全員で」


 僕はドミニクと握手をした。

 力強くも親しみのある握手だった。

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