第177話 赫日
今は昼だ。以前、エインツヴェルフが現れた時は夜だったはず。
昼にも起こるのか。
ならばこれは赫日(かくび)となる。
それよりもなぜ赫日が起きたのか。
動揺が激しい。
冷静さに欠いていることは自覚していた。
考えろ。考えるんだ。
リスティア国女王、ミルヒアは言っていた。
怠惰病治療研修会の開始時期から約二年の後までに赫夜が起きなければならないと。
それは希望的観測。
各国との同盟期間である二年の間に赫夜が起き、リスティア国の力を示さなければならないからだ。
僕が魔法を使い、すでに開発した魔道具を用いて、その二つでなければ魔族や魔物は倒せず、赫夜を止めることはできないと知らしめるためだった。
そうしなければリスティアは侵略される。
だが、その時期は思ったよりも早かったということになる。
まさか前回の赫夜から約一年程度で、次の赫夜が起きるとは。
ウィノナが慌てて声を張り上げる。
「シオン様! 空が赤く!」
「うん、見えてる! 赫夜だ!」
「赫夜!? あ、あれがですか!?
イストリアを襲った災害ですよね!? ど、どど、どうすれば!」
「赫夜には段階があるはず! 前回は一度目の赫夜では新たな夜の魔物が現れ、二度目で魔族が現れた!
今回も同じかはわからないけど、ラルフガング王に伝えた方がいい!」
「承知しました! では騎士隊に早馬を走らせましょう!」
ドミニクが即座に対応してくれた。
これで一先ず報告は大丈夫。
次はどうする。
近づいて調査すべきか?
しかし以前と同じように強い魔物が大量に現れたら危険だ。
さすがに今は日中だし、夜の魔物はいないはずだけど、もっと強力な魔物が出てくる可能性もある。
それに赫魔力のカーテンはアルスフィア上空に生まれている。
メルフィたちが心配だ。
彼女たちを助けに行く必要がある。
「ね、ねぇシオン。あの魔力、イストリアの時より範囲が狭いんじゃないの?」
「え? あ、確かに」
マリーは恐る恐るという感じで話してくれた。
さっきの今だ、気まずいし話したいことはあるけど、今はそれどころではない。
気を切り替えて、赫日の対処を考えるべきだろう。
マリーの言う通り、赫魔力の範囲が狭い。
イストリアへ向かう前、姉さんが怠惰病に倒れた夜よりも範囲は狭いかもしれない。
「確かに範囲は狭いけど、魔力はあの時よりも明らかに多いね」
「そう。あたしは寝ていたから聞きかじった程度しか知らないのよね……けれどだったら安心できるってわけでもないのね」
「そうだね。あの魔力は恐らく魔族が出しているもの。
以前、エインツヴェルフと戦った時、奴が現れるとあの魔力がすべて吸収したから」
「つまり、あの魔力量が多ければ多いほど強い魔族が現れるかもってことね」
「恐らくは。けれど、まずは第一段階の魔物が現れる可能性がある。
その前に妖精の森にいるメルフィたちを助けないと」
「となると方針は決まったわね」
「そうだね。ウィノナ! 馬車を一旦、止めてくれる!?
ドミニク! 伯爵たちにも止まってもらって!」
「は、はい!」
「かしこまりました!」
ウィノナが馬車を止めると、僕たちは馬車を降りた。
そして前方を走っていた伯爵とカルラさんが乗っていた馬車も止まった。
伯爵とカルラさんが馬車から降りて、全員が合流する。
「これは赫夜。昼から赫日だけど。
第一段階では魔物が溢れ、第二段階では魔族が出てくるはず。
必ずしもそうはならないと思うけど、一応前回はそうだったことを頭に入れておいて」
「本当に赫日が来るとは……しかし、なぜメディフに起きたのでしょうな」
「わかりません。今は真相究明をしている時間がありませんので、後程」
「お、おお、失礼いたしました。そうですな、では続きをお願いいたします」
「まず前回の赫夜では、魔物を倒すには……」
僕は一瞬だけカルラさんとドミニクを見た。
二人は魔法のことを知らないからだ。
けれど時は来てしまった。
ならばもう隠す必要はないだろう。
むしろ魔法の存在を大々的に発表し、その効果を見せつける必要もあるのだ。
ミルヒア女王の思った展開とは違うかもしれないが。
僕としては広範囲に赫日の被害が広まることは避けたいと思っていた。
アルスフィアに人はほとんどいない。
人が巻き込まれている可能性は極めて低いだろう。
その分、認知度を広めるには効果が薄いと思うけど。
「魔物や魔族を倒すには魔法が必須だ。
通常の攻撃では傷をつけることさえ難しいからね」
「魔法、ですか? それは一体……?」
「聞いたことがねぇ言葉だ。新しい兵器がなんかか?」
ドミニクとカルラが同時に首を傾げる。
僕は雷火を装着してフレアを使った。
ついでにアクアやボルトも見せておいた。
「な、なんですか、その青い火は!? 赤い雷!? それに水が!?」
「ど、どういう原理だぁ!?」
「これが魔法。魔力を用いた現象だよ。
実は魔力は魔法を活用できるエネルギーだったんだ。
今まで黙っててごめん。ちょっと理由があって話せなかった。
弁明は後でするから、一旦は飲み込んで欲しい」
「わ、わかりました」
「……後で説明しろよ」
二人は一先ずという感じで納得してくれたようだ。
二人共、妖精やら魔力やらいろいろなものを見ているし、いまさら魔法を疑う気もないのだろう。
とにかく素直に納得してくれて助かった。
「この魔法を使える人間だけでアルスフィアに向かいます。
そうでなければ自衛も難しいので。
目的は妖精たちの救助と森内の調査。
僕、姉さん、ウィノナ、ゴルトバ伯爵の四人で行こうかと思いますが、いいですか?」
「わ、わたしもですか?」
「ふむ、儂は構いませんが……戦いは専門外ですぞ」
「大丈夫。基本的には僕と姉さんが戦うから。
ただすべての妖精を助けるとなるとさすがに人手がいるし、魔法が使えた方がいい。
二人は自衛を優先してね」
「わ、わかりました! 頑張りますね!」
「そういうことであれば、このゴルトバ、粉骨砕身で尽力いたしますぞぉ!」
ウィノナと伯爵は気合十分という感じだった。
「姉さんもいい?」
「当たり前よ。あたしが……シオンから離れるわけないじゃない」
さっきのこともあり、僕は複雑な心境だった。
マリーからどこか痛々しさを感じ、胸を苛んだ。
今は考えるな。
目の前のことに集中しろ。
「では、他の人たちは森の外で待機してください。
危ないと思ったらすぐに逃げるように。
魔物とは戦ったらだめですよ」
「……後方支援とは情けない限りですが、シオン様の指示に従いましょう」
「ちっ、今はおまえに従ってやるよ。状況もよくわかんねぇしな」
ドミニクたちは待機組だ。
直接戦うのは難しいが、何かあった時に助けてもらおう。
帰りの足がないと困るしね。
「それでは行きましょう!」
移動を再開して、すぐにアルスフィア前まで到着した。
異常な禍々しい魔力を感じる。
いつもの荘厳な雰囲気のアルスフィアとは全く違う。
僕とマリー、そしてドミニクは魔覚を持っている。
だからこそ余計にこの魔力の凄まじさを感じることになっている。
「……こ、これはなんと、恐ろしい……。
ま、まるで数万の魔物に囲まれているような怖気を感じます……」
ドミニクは身震いしていた。
その表現は正しい。
なぜならこの魔力は魔族の持つもの。
数万の魔物に匹敵するほどの力を持つのだから。
もし魔族が出てきたら、勝てるのだろうか。
あの時は奇襲のような作戦でなんとか勝利を収めた。
だけど次は?
今度の魔族はエインツヴェルフよりも強い可能性が高い。
それは漂う魔力の量と質でわかる。
本当に僕は勝てるのだろうか。
そんな不安を振り切るように、僕は頭を振った。
「行こう」
勇気を振り絞り、僕はみんなに振り向く。
緊張した面持ちの三人を連れて、歩を進めた。
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