第175話 素直な感情


 夜。伯爵家の庭。

 僕、ウィノナ、伯爵は集中していた。

 伯爵がカッと目を見開き、呪文を唱えた。


「疾く燃え上がれ青炎!」


 赤い口腔魔力が幾つも生まれ、それは伯爵の手に集まる。

 魔力は一つとなり、伯爵が持つ発雷石の先端へ向かっていった。

 伯爵が発雷石を使い、火花を生み出す。

 火花と魔力が接触。

 そして青い炎が生まれた。

 フレアだ。

 煌々と燃え上がる青い炎は一メートルほどの高さまで立ち上る。

 数秒間の燃焼を続け、そして消えた。


「流れるは水明、舞い踊れ水霊、空を彩る雨と為せ!」


 相当数の水色の魔力色が、ウィノナの口から生まれる。

 それは周囲を漂い、幾つかの魔力同士が結合する。

 やがて五つほどの野球ボールサイズの魔力が生まれ、そこに小さな水が集まっていく。

 水は水面張力による繋がり、やがてピンポン玉程度の大きさになっていく。

 浮かび上がる水の玉、それはアクア。

 水球はウィノナの周りを華麗に回り続ける。

 月夜を照らし、美しく飾る水の玉は、徐々に力を失い、やがて地面に落ちた。

 伯爵とウィノナを見て、僕は鷹揚に頷く。


「二人とも、いい魔法だったよ」

「あ、ありがとうございますぞ、シオン先生!」

「や、やりました! これもシオン様のおかげです!」


 二人が嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。

 あまりに素直に喜ぶものだから、僕まで嬉しくなってしまう。

 喜色満面だ。

 半年の間、ずっと鍛錬を続けていた二人は、かなり成長した。

 最初は口腔魔力を出すことさえ苦労していたのに、今では呪文を用いて魔法までできる。


「ようやく魔法を使っても気絶しなくなりましたね!」

「いやはや、最初はすぐに気を失っていましたからな!」


 二人の総魔力量も増えているということだ。

 呪文を用いて使った詠唱魔法であれば、通常の無詠唱魔法に比べて必要な魔力量は少ない。

 それでも総魔力量が少なければ、魔力が枯渇して失神してしまう。

 やはり最低限の総魔力量がなければ、魔法は使えない。

 個人差はあるが総魔力量を増やすために、ギリギリまで魔力を使えば徐々に総魔力量は増えるわけで。

 これが結構辛い作業だ。

 怠惰状態でもしんどいし、気絶したらしたで寝起きの身体が怠くてしょうがないし。

 筋トレみたいなものだ。

 日々、続ければ確実に成長するけど、継続的にやるのは大変で、途中でやめてしまう。

 けれど二人は努力し、耐え続けた。

 今の二人の笑顔は、そういった努力の末に浮かんだものなのだ。


「今日はそろそろ休んで。二人とも、何回か魔法使っただろうし」

「そ、そうですね……もう少しで怠惰状態になりそうですし」

「ふむ、さすがに最近では自分の限界はわかってますからな。

 休んだ方がよさそうです。では、シオン先生のお言葉に甘え、今日は寝るとしましょうか」

「ええ、二人ともゆっくり休んでね」

「では、失礼しますぞ」


 伯爵は満足そうに自分の髭をわしゃわしゃいじりながら、家の中に入っていった。


「シオン様、今日もありがとうございました!」

「僕自身のためにもなっているから気にしないで。

 二人が魔法を使えると、僕も嬉しいしね」


 これは気遣いじゃなく本心だ。

 僕は魔法を使えるようになった。そしてもっと魔法を使いたいと思っている。

 けれど魔法を使えなかった悔しさも覚えている。

 だから、みんなに魔法を使ってほしい。

 この素敵な力をみんなにも知ってほしいからだ。

 ウィノナは小さくため息を漏らし、はにかんだ。


「や、やっぱり、シオン様は素敵です……」

「え!? い、いや、そ、そんなことは」


 恥ずかしがりながらも真っすぐに気持ちを伝えてきた。

 その姿勢に、僕は狼狽えることしかできない。

 告白への返事以降、ウィノナは以前よりもさらに素直に気持ちを口にすることが多くなっていた。

 嬉しくも恥ずかしく、そして困惑してしまう。


「あ、あのシオン様……こ、今度、い、一緒にどこかへ出かけませんか?

 妖精文字の解読も一段落しましたし」

「おでかけ……?」

「そ、そうです! もしよろしければ!」


 ずいっと顔を近づけてくるウィノナ。

 なんて積極的なんだろう。

 以前の後ろ向きだったウィノナと同一人物だと思えない。

 けれどそれは彼女の勇気と努力のたまものだと理解している。

 ここまで様々な葛藤があったはずだ。


「あ、そ、そのこれは……その、交際とは違うというか……。

 ただ、一緒にいたいなと、そう思いまして……ダメ、でしょうか?」


 ウィノナはちらっと上目遣いしてくる。

 これが天然ならすごい才能があると思う。

 狙っていても、そこまで僕と出かけたいと思っているのだから、それはそれで嬉しいものだ。

 僕はウィノナに二年半、待ってほしいと言った。

 けれどその間、一定の距離を保ってくれというわけではない。

 共に特別な時間を過ごせば、もしかしたら僕の心境も変わるかもしれないし、恋愛感情だと判断できる時がくるかもしれない。

 だからこれはルール違反ではない。

 それに半年間、ウィノナは僕の邪魔をしないためにか、こういう誘いをすることはなかった。

 待ってくれていたのだと、さすがの僕にもわかっていた。

 だったら答えは決まっている。


「うん、いいよ」

「ほ、ほほ、本当ですか!?」

「二人でどこか行こうか」


 ウィノナは目をぱちぱちとしていたけど、徐々に相好を崩した。

 なんて綺麗に笑うのだろうか、この子は。


「は、はい! 二人で、おでかけしましょう!」

「場所や時間は後日決めるってことでいいかな?」

「も、もちろんです!

 で、ではわたしはこれで……」


 ぱたぱたと走っていくウィノナ。

 しかし玄関前で止まり、そして振り返った。


「ま、また明日」

「うん、また明日ね」


 笑顔で小さく手を振る彼女に、僕は同じように手を振った。

 パタンと玄関の扉が閉まると同時に、僕はその場に倒れた。


「くおおおおお!」


 僕は地面に倒れ、そのままゴロゴロと転がった。

 内から込み上げてくるなにかしらの衝動が、僕の身体を動かしたのだ。

 あの可愛い生物は一体何なのか。

 実在しているのだろうか。

 あるいは妖精のような存在なのかもしれない。


「はぁはぁはぁ!」


 動悸と息切れに苛まれようやく僕の動きは止まった。

 夜空を見上げ、僕は最後に一度深く呼吸する。


「なにやってんだか……僕は」


 自嘲気味にそう呟き、しばらくはそこから動けなかった。

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