第174話 十四歳


 あれから半年が経過した。

 僕は十四歳になった。

 僕たちは毎日のように妖精の森アルスフィアにやってきてはそれぞれの業務をこなしていた。

 そして今日、ついに努力が実った。


「……解読できた」


 妖精の村から借りた、妖精文字で書かれた本。

 すべての妖精文字を解読し終えた。

 僕は感動と達成感で打ち震える身体を抑えられなかった。

 ゴルトバ伯爵も同じように瞳を潤ませてこちらを見ている。

 カルラさんはくしゃっと顔をゆがめていた。

 ウィノナはすでに泣いている。

 そしてメルフィも嬉しそうに拍手してくれた。


「やったあああああ!! 解読できたぞおおおおーーーっ!!」

「やりましたぞおおおお! これでこの本はすべて読めますな!!」

「こんな達成感は久しぶりだぜっ!! 言語学者さいっこうぅっ!!」

「や、やりましたね、みなさん……わ、わたしも、嬉しいです!!」

『おめでとう、よかったね! よかったね!』


 やったやったと、五人で小躍りする。

 長かった。本当に長かった。

 たった一冊を解読するだけでこんなに時間がかかるとは。

 もちろんただ読むだけじゃなく、文章の法則や魔力色の分類、意味の把握までしているので、妖精文字の辞典もかなり充実している。

 そして妖精文字だけでなく妖精口語も並行して行っていたため、時間がかかったという点もある。

 おかげで、僕は大半の妖精口語はできるようになった。

 妖精文字のすべてを把握したわけではないけれど、かなり読めるようになっていることは間違いないし、難読文字でなければ問題なく読めるし書けるだろう。

 おおよそ中学生レベルの国語力くらいだと思う。

 これは一般的な学力というよりは、母国語における個人の持つ語彙力、会話力などをすべて含む言語能力のことだ。

 新しい言語を習得したのだから、これで十分だろう。


「この変な文字だけは結局、なんだったのかわからなかったけどな」


 カルラさんが指をさしているのは、日本語の『地球』という文字だった。

 さすがに妖精言語とはまったく違う形なので、僕も知らぬ振りをした。

 結局、地球を含む文章自体も大したものではなかった。

 いや、ある意味では重要なのかもしれない。

 その文章は『地球を私は知っている』というものだった。

 地球という言葉が出ているので、想定できた内容だ。

 しかし、それ以外に地球に関しての記述はなかった。

 書き手が地球を知っているなら、僕が転生した理由ももしかしたら知っているかもしれない。

 しかし結局、誰が書いたのかまではわからなかった。


「あら、本の解読終わったの?」


 手放しで喜んでいると、マリーとドミニクが帰ってきた。

 いつも通りの森内の哨戒と、剣術の鍛錬は終わったらしい。

 この半年でマリーはかなり大人っぽくなった。

 前から成長著しいとは思っていたけど、半年でかなり変わった部分がある。

 主に体つきが。なんかこの表現イヤだな……。

 特に胸部の発展が凄まじい。

 以前はそれなりという感じだったのに、今はかなりという感じだ。

 思えば母さんもかなり大層なものを持っていたし、遺伝だろうか。

 ただ母さんほど大きくはない。

 少女から大人に変わっていく最中というところだろうか。

 マリーはまだ成長するのかもしれない。

 僕も成長した。

 多少は身長も伸びたし、骨格もガッチリしてきた。

 ただ、あまり背が高くないことに少し悩んでいる。

 そんなことを億尾にも出さず、僕はマリーに応えた。


「そうなんだよ姉さん。ついに終わったんだよ! これで妖精文字が読めるよ!」

「よかったじゃない。あーあ、あたしも勉強しないといけないわね……。

 妖精文字が読めないのはあたしとドミニクだけだし」


 そうなのだ。

 実はカルラさんもこの半年で呪文は使えるようになっていた。

 解読班の全員が、妖精文字の読み書きと、魔覚を用いない妖精口語まではできる。


「仕方ないよ。姉さんもドミニクも魔覚の練習していたわけだし」

「ま、ね。おかげで大体できるようになったわけだし。ドミニクもね」

「ふふふ、いやあ、自分の才能が怖いですね。まさか魔覚まで使えるようになるとは」

「調子に乗るんじゃないわよ」


 したり顔で高笑いを浮かべるドミニクに、マリーは呆れたように嘆息した。

 しかし実際にドミニクも魔覚を扱えるようになっている。

 まあ、僕やマリーに比べるとかなり拙いんだけど。

 それでも最初は魔力持ちでもなかったドミニクが、魔覚を扱えるまでに成長したのは間違いない。

 きちんと認めるべきだ。

 とはいえ、ドミニクには魔法のことを話してはいないんだけど。

 もちろんカルラさんにも秘密にしている。

 口は堅いと思うけど、二人ともメディフの王側の人間だ。

 ドミニクは近衛騎士だし、カルラさんは王の勅命で僕たちと研究しているし。

 もちろん人柄は理解しているし、善人だとも思う。

 しかし、話せば負担を強いることは間違いないし、立場もある。

 仲が良くても状況や事情によっては敵対関係になることなんて往々にしてある。

 二人とはそんな風になりたくはない。

 そんな理由から、二人に魔法のことを話せないまま今に至る、というわけだ。

 ちなみにこの半年の研究の進捗は、すべてラルフガング王に報告されている。

 僕たちの状況を近衛騎士たちが、言語学や魔力に関してはカルラさんが報告しているらしい。

 まあ、もう隠す必要もないし、隠すつもりもないからいいんだけどね。

 魔法に関してだけは言えないけれど。

 とにかく、今日は妖精文字解読を素直に喜ぼうと思う。

 これで妖精言語の研究は一区切りついたぞ。

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