第170話 恋愛相談 1
昼休憩になると、姉さんとドミニクが魔物探索から帰ってきた。
僕はいまだにウィノナを凝視してしまった事件から立ち直れず、ウィノナの顔を見れずにいた。
告白の返事もしていないのに、僕は何をしているのだろうか。
告白のことを忘れた日はない。
返事をしないといけないとずっと考えている。
しかし、どう返事をすればいいのかわからない。
お互いの立場もある。
別に侍女だから交際できないわけじゃないけど、僕たちの関係は中々に複雑だ。
彼女の父親は二侯爵である僕とウィノナを結婚させるために、夜這いを命令したという事実もある。
それに僕たちは主従でもある。
慕ってくれるのは嬉しいが、対等でない立場では盲目的になっている可能性もあるのだ。
実際、ウィノナは僕に依存している部分がある。
好意を持ってくれて嬉しいが、本当に彼女は僕のことが好きなのだろうか。
しかし実際に勇気を出して告白までしてくれたのに、そんなことを考えるべきじゃないとも思う。
そもそも僕はどうなんだ。
僕はウィノナのことが好きなのか?
あああああ、もう、わかんないって!!
告白なんてされたの生まれて初めてなんだからさあああーーーっ!
いや、正確には告白じゃないけど、姉さんからは告白めいたことを言われたことはある。
しかしあれは子供の頃の話で、今の姉さんは僕のことを異性として見ていないはずだ。
あの時の約束は忘れてと言われたし。
「シオン、顔がもう無茶苦茶よ。喜怒哀楽が激しいっていうか……何考えてるの?」
いつの間にか隣に座っていた姉さんが、心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。
ウィノナの用意してくれた簡易椅子に僕たちは座っている。
ウィノナは忙しそうに昼食の準備をし、カルラさんと伯爵はいつも通り話し込んでいた。
ドミニクは真面目に剣の素振りをしている。
「あ、ああ。いや、なんでもないよ」
「そう? だったらいいけど」
姉さんはそれ以上、言及してこない。
いや、いつもそうだった。
僕はなんでもないと言うと必ずと言っていいほど、それ以上何も言わない。
それは僕への気遣いと信頼なのかもしれない。
必要なら話すだろう、話さないのなら話すべきことじゃないのだと、そう思ってくれているのだろうか。
姉さんは大人びている。
以前の子供らしい表情も言動もない。
大人になりつつある少女だった。
「なによ、じっと見て」
「そ、そんなに見てた?」
「見てたわよ。じーって。なによもしかして見惚れてたの?」
にひーっと悪戯っぽく笑う。
むずむずするような感覚に襲われて、僕は顔を逸らした。
「自分の姉に見惚れるわけないじゃないか」
「あら、そう? 残念。あたしはシオンに見惚れることあるわよ」
何を言い出すのか、この姉は。
一気に動揺が噴き出して、身体が硬直する。
「魔法に一生懸命な所とか見ると、目を奪われることもあるわ」
「あ、ああ、そういうことね」
僕は少し落胆して肩を落とした。
ん? なんで僕は落ち込んでるんだ?
「それにシオンは優しいし、格好いいんだもの。
思わず見ちゃうのも当然じゃない?」
「あ、あんまり褒められるとくすぐったんだけど」
「ふふふ、本音くらい言ってもいいでしょ。
別に悪口言ってるわけじゃないんだし」
「それはまあ、そうだけど」
姉さんは懐から青い宝石の首飾りを出して、僕をちらっと見た。
僕は姉さんの言わんとしたことを察して、懐から赤い宝石の首飾りを出した。
姉さんは自分の首飾りを僕の首飾りに近づけて、カチンと鳴らした。
「おそろい」
満面の笑みがそこにはあった。
僕の姉としてというより、マリーとしての笑顔。
今まで見たことがないほどの純粋な表情に、僕は平静さを欠いた。
姉さんはほんの少し笑顔を弱めて、呟くように言った。
「シオンは好きに生きて。あたしは自由なシオンが好きだから」
その意味がわからず、ただ僕は緩慢に頷くことしかできない。
彼女の顔は、姉としてのマリーにも、少女としてのマリーにも見えた。
●〇●〇
アジョラムの街中を僕は一人歩いていた。
今日は完全な休みだ。
本当は毎日研究がしたいんだけど、さすがに全員がそれでは疲れてしまうため、数日に一度は休みを入れるようにしていた。
僕が言わないとみんな休もうとしないんだ。
特に貴族は一週間に数日しか働かないのが常識らしい。
それなのにドミニクや伯爵は何も言わずに付き合ってくれているわけで。
まあ、二人とも仕事というよりは、自分がやりたいことをやっている感じはあるけど。
だとしてもやはり休みは必要だ。
もちろん僕にもだ。
大通りには大勢の通行人が行き交っている。
恋人同士らしい男女が視界の隅に入ってきた。。
幸せそうに笑っている姿は微笑ましくもあるが、今の僕にはそうは思えない。
ウィノナと姉さんのことだ。
最近になって、僕は二人のことを考えてしまっている。
ウィノナには告白され、姉さんには告白めいたことを言われた。
ウィノナは真っすぐな好意だけど、姉さんの方は弟に向けられた好意のようにも思う。
しかし、姉さんから垣間見えた女性らしさに僕はどぎまぎしていた。
いつもの姉さんじゃない気がして、不安と焦燥と、そして妙な高揚感を抱いている。
そしてウィノナのこと。
彼女は僕を慕い、告白までしてくれた。
その想いに向き合う必要がある。
僕もウィノナは好きだ。当然、姉さんも。
けれど、どちらが好きとか考えたこともないし、そもそも受け入れてどうするのかとも思う。
童貞だからこそ魔法が使えるとしたら。
僕以外の人たちはそうじゃなくても魔法が使えている人もいると思う。
……みんなが童貞か処女かなんてことを考えてしまうのも嫌なので、考えたくないんだけど。
とにかく僕が童貞じゃなくなっても魔法は使えるかもしれない。
だけど怖い。
前世では、長年魔法を使いたいと思っていたが、その願いは叶わずに死んでしまったのだ。
もしもまた魔法が使えなくなったら、僕はもう生きてはいけないかもしれない。
想像するだけで怖気が走り、何も考えられなくなる。
それに仮に童貞を卒業しても魔法が使えたとして、僕は誰かと恋仲になるのだろうか。
ウィノナか姉さんと?
いやいや、そもそも姉さんは僕を血の繋がった弟として見ているはずだ。
両親も僕も、そういう風に姉さんに話してきたのだから。
それをいまさら、実は血が繋がってないから恋人になっても問題ないよ、と言われても姉さんも困るだろう。
じゃあウィノナと付き合っても問題ないとなるだろうか?
きっと、そんな単純な話じゃない。
だからこそ僕はこんなに思い悩んでいるんだから。
ふと考える。
一線を超えないと約束すれば、魔法を使えなくなる可能性は消えるだろう。
つまり、僕の憂いはなくなるわけで。
だったら問題ないじゃないかということになる。
いや、恋人になったらそんな簡単に割り切れないかもしれない。
僕には恋人がいたことがない。
好きになった人もいない。
だからわからないんだ。
そもそも僕はどう思っているんだ。
二人を恋人にしたいのだろうか。
わからない。わからないのだ。
ああ、まさか僕が恋愛関係で悩むときが来るとは思わなかった。
盛大なため息を漏らしていると、ぽんぽんと肩を叩かれた。
僕はビクッと肩を震わせて恐る恐る振り向く。
「シオン様。大丈夫ですか?」
見慣れた顔がそこにはあった。
ドミニクだ。
「あ、ああ、うん。大丈夫」
「そうですか? なにやら顔色が悪いですが」
「いや、体調が悪いわけじゃないんだ。ちょっと悩み事があってね」
「なるほど、悩みですか……ふむ。
シオン様、この後のご予定は?」
「え? 別にないけど」
「では付き合ってください」
ドミニクが爽やかな笑みを浮かべて、キラリと白い歯を輝かせた。
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