第169話 青い春ってやつ
僕たちの研究は続いていた。
妖精言語は奥が深い。
調べれば調べるほど次々に疑問が湧いてくる。
正に沼だ。
この沼にはまってしまったら一生を費やしてしまうかもしれない。
言語学者のカルラさんは、日々興奮したように「こんな意味があるのかよ!? かー!」とか「はあ、マジで妖精言語って最高だな、おい!!」とか言っている。
伯爵も僕もその気持ちがわかるので同意しているし、最近ではウィノナもその沼にはまりつつある気がする。
なんせ。
「シオン様! この妖精言語、美しくありませんか!?」
「いいね! 最高だよ! 意味も文字も綺麗だね!」
「で、ですよね!? えへへ」
嬉しそうに自分が書いた妖精文字を見せてくるのだ。
その愛らしさと言ったら「見て見て!」とセミを見せてくる孫のようだ。
おじいちゃんの気持ちってこんな感じなんだろうなと、僕は生暖かい視線をウィノナに送った。
そんなこんなで研究が続く中、新たな発見が二つあった。
まず一つ目。
妖精文字を読む場合、魔覚を用いた口腔魔力でなくとも妖精文字は反応した。
つまり伯爵が使っている魔覚を用いない口腔魔力と、ウィノナの使う呪文の口腔魔力でも、妖精文字は読めるということだ。
余談だけど、それぞれの口腔魔力に関して、魔覚があるなしとかを一々考えるのが面倒なので、名称をつけた。
魔覚を用いた口腔魔力は『有魔覚口腔魔力』。
魔覚を用いない口腔魔力は『無魔覚口腔魔力』。
そして呪文の口腔魔力はそのまま『呪文』とした。
呪文と聞くと、どうしても魔法を使うために使う言葉という印象が強いが、結局やっていることは同じなので、別名をつけると面倒なことになると思って、呪文のままとした。
そしてもう一つの発見。
【どんな妖精文字も魔力色に反応する】という点だ。
これは一種類しか意味がない単語でも反応したということである。
もちろん現時点では意味が少ない単語だけど、本当は何種類も意味を持つ場合もあるから、絶対とは言えない。
しかし、すべての妖精文字は魔力色に反応するという点は、僕の興味を非常にそそった。
まあ、それが何になるのかと言われれば、わからないんだけど。
妖精文字は本当に興味深い。
それに今まで忙しくて後回しになっているが、妖精の魔力や魔力を帯びた自然物の研究や調査もしたいところだ。
妖精が魔力を生み出しているなら、何かに活用できるかもしれないのだから。
今は妖精言語や呪文を用いた魔法実験を優先しているが、時間ができたら妖精の魔力などの研究にも着手しよう。
毎日のように僕たちはそれぞれの担当業務に勤しんでいた。
特にウィノナが熱心だ。
辞書に書き込んだり、僕に質問したり、伯爵やカルラさんと言語の意味を話し合ったりしている。
以前の一歩引いた感じではなく、積極的に妖精言語解読に参加しているのだ。
それは嬉しいんだけど、今はちょっと困ったことになっている。
「なるほど……こういう風になっているのですね」
ウィノナの囁くような小声が僕の耳朶に届く。
現在、ウィノナの質問に答えている真っ最中だ。
ウィノナは辞書を地面に置いてじっと見つめている。
メルフィは妖精文字で書かれた例の日記の上に座っている。
伯爵とカルラは少し離れた場所でなにやら話し合っていた。
ウィノナの真剣な横顔は魅力的だが、僕にとっては心臓に悪い。
恐らく集中しているからだろう。
隣に座っているウィノナは、僕に体を寄せてきている。
そのせいで顔が近い。身体が触れている。
しかし彼女自身はその事実に気づいていない様子だ。
以前からは考えられないほどに距離感が近い。
ウィノナにとって僕がそれほど近しい存在になっているということなのだとしたら、心から嬉しく思う。
けど正直、ドキドキするし平静を保てない。
親しみを持ってくれて嬉しいという気持ちと、研究中に冷静さを保てないという状況が、僕をどぎまぎさせる。
告白されてから、何回もこういう気持ちになっている。
別にぎこちないわけじゃないけど、なんだか落ち着かないのだ。
ちらっと横目でウィノナの顔を見た。
すぐ横にある彼女の整っている顔は、いつもとは違うように見えた。
長いまつ毛が妙に印象に残っている。
「おい、シオン。シオン!」
「はっ!? え? なに?」
カルラさんに呼ばれて、思わず周囲を見回した。
あれ、僕は一体何を?
メルフィは僕を見上げて首を傾げているし、伯爵はなぜか生暖かい目を向けているし、カルラさんは呆れたようにため息を漏らしていた。
そしてウィノナは顔を真っ赤にして俯いていた。
「イチャイチャするのは後にしろよ」
カルラさんがやれやれという感じて言い放った。
僕はようやく現状を把握する。
無意識の内に、ウィノナを凝視してしまっていたらしい。
ああああああああああああああああ!!!
なにしてんの、ぼくうううううううう!!!!
恥ずかしさのあまり顔が熱くなる。
視線が定まらず、どうにか誤魔化そうという考えが脳裏をよぎった。
しかし何も言えずに僕はただ、あわあわとするだけだった。
「…………すみません」
結局、謝ることしかできなかった。
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