第167話 融合魔法


 ウィノナとゴルトバ伯爵が目を閉じ、集中している。

 二人の手には発雷石が握られている。

 以前、グラストさんと開発した、火打石と同じ効果を持つ魔道具だ。

 僕はその様子を固唾を飲んで見守っていた。

 伯爵家の庭。暗い中、雷光灯と月明かりが光源となって僕たちを照らしている。

 そんな中、ウィノナと伯爵が同時にカッと目を見開いた。


「火の玉!」

「燃え上がれ!」


 呪文と共に赤い口腔魔力が二人の口から生まれる。

 それは一瞬にして二人の手元へと吸い寄せられる。

 同時に二人は発雷石を使って火花を生み出す。

 口腔魔力は火花に触れ、そして青い炎を生み出し、すぐに消えた。

 数秒の沈黙。

 僕たちは顔を見合わせる。

 そして。


「で、できました! 魔法が使えました!」

「やりましたぞぉ! つ、ついに魔法が!!」


 伯爵とウィノナが手を取り合って喜んでいる。

 心から喜んでいることが伝わってきた。


「二人ともおめでとう! これで正式に二人は魔法使いになった!」

「魔法使い! シオン様と同じ!」

「おお……この年になって、まさかこれほど心躍ることがあるとは!」


 うんうん、わかるよ。

 魔法を使えると浮足立っちゃうんだよね。

 自分の常識が覆される気持ちよさみたいなのがある。

 転生前に願い続けた世界が、一変したことを思い出す。

 あの気持ちは一生忘れることはないだろう。


「あ、あれ……ま、また……いつものが……きゅぅ……」


 倒れそうになったウィノナを、僕はギリギリで抱きかかえる。

 小動物のような鳴き声を漏らしつつ、ウィノナは気絶してしまった。


「あらら、魔力が枯渇しちゃったか」

「もうダメですぞぉ……バタン」


 オノマトペを言葉にしつつ倒れたゴルトバ伯爵。

 彼も魔力が枯渇して気絶してしまったらしい。

 二人とも少しずつ総魔力量は増えているし、口腔魔力の出し方もわかってきている。

 けれどまだまだ魔力が少ないせいか、怠惰状態になる前に気絶してしまう。

 うーん、やっぱり総魔力量の上昇率や限界値は個人差があるみたいだなぁ。

 口腔魔力しか使わなくても魔力量が少ないと厳しいか。

 とはいえ、以前とは圧倒的に状況は好転している。

 魔力も魔法も使えなかったウィノナが、今はフレアを使うまでに成長したのだ。

 その威力は少ないけど、それでも間違いなく彼女は魔法を使った。

 伯爵もそうだ。確実に進歩している。

 僕は二人を部屋まで運ぶと、一人庭に戻ってきた。

 辺りは暗く、静まり返って若干の不気味さを感じた。

 けれどどこか荘厳にも感じ、研究意欲をそそりもした。

 さて、実験を始めるか。


「水よ」


 僕は呪文を唱えた。

 口腔魔力は水色一つ。つまり水属性魔力だ。

 詠唱魔法だけでアクアを使うと、小さな水の玉が生まれる。

 水玉は周辺を何度かぐるぐると回ると、地面に落ちた。

 よし、次だ。


「水と水よ」


 詠唱と共にアクアが生まれる。

 口腔魔力は水色二つ。

 しかし、二つ目の水属性魔力は一つ目に比べて小さかった。

 アクアが地面に落ちる。

 次だ。


「水と水と水よ」


 詠唱と共にアクアが生まれる。

 口腔魔力は水属性が三つ。

 予想通り、一つ目に比べて二つ目は小さく、二つ目に比べて三つ目はさらに小さかった。

 アクアが地面に落ちると共に、僕の思考が始まる。

 同じ言葉を繋げた場合、属性魔力の質が落ちるということがわかった。

 では次だ。


「水、水、水」


 詠唱と共にアクアが生まれる。

 口腔魔力は水属性が三つ。

 一つめに比べて二つ目は小さく、二つ目に比べて三つ目はさらに小さい。

 しかし『水と水と水よ』とは相違点があった。

 二つ目と三つ目の魔力が、間違いなく少なくなっていたのだ。

 つまり単語を羅列するだけでは呪文としての効果は弱くなるということだ。

 呪文は【助詞】を含んだ、文章として成り立つ内容でなければいけないわけだ。

 では次。


「水、寒水、水柱」


 詠唱と共にアクアが生まれる。

 口腔魔力は水属性が三つ。

 『水、水、水』とほぼ同じ魔力量と数だった。

 ただ若干『寒水』の部分だけ魔力量が少し多くなっていた。

 同じ属性の別の言葉を使った場合、単語によっては魔力量が違うということらしい。

 続けよう。


「青き激流よ敵を押し流せ」


 詠唱と共にアクアが生まれる。

 口腔魔力は水属性が三つ、闇属性二つ。

 口腔魔力が結合し、暗めの水色となった。

 魔力量は今までの呪文に比べてやや多いが、アクアの質量は少し小さくなった。

 つまり水属性であるアクアに、闇属性を二つ加えた口腔魔力を用いたことで、水属性を弱めたということだ。

 ちなみにアクアに対して他の属性の口腔魔力を使ってみたが、総じて威力が落ちた。

 さらに水属性と他の属性を結合してもみたが、やはり威力は下がった。

 他の属性の魔法でも試してみたが、結果は同じだった。

 結論。

 口腔魔力の属性は、概念通りの類する属性魔力のみでしか好反応を示さない。

 複数の魔力を結合してしまうと、威力が減ってしまうということがわかった。


 ここで少し、僕は考え込んでしまう。

 なぜ異なった魔力色は結合するんだろうか。

 もちろん異なった魔力色を使わなければいいだけなのだが、それにしても魔力の特性としては違和感がある。

 生物の進化、自然現象、あらゆる事象、科学と化学。

 それらには必ず因果が存在する。

 原因と結果があり、その間には経緯があるものだ。

 つまり異なった魔力色が敢えて結合するには、それなりに理由があるはず。

 それが僕にとってまったくの無意味である可能性はあるが、調べる価値はある。


「……いや、待てよ」


 結合……つまり合成と同種類の現象。

 合成魔法に関わりがあるのか?

 現在僕が使える、別属性を用いた合成魔法は三つ。

 ブロウとフレアを合成させて使うフレアブロウ。

 ボルトとアクアを合成させて使うアクアボルト。

 アクアとブロウを合成させて使うアクアブレット。

 これらに口腔魔力を合わせたらどうなるんだろうか。

 ちなみにフレアストームはフレアブロウの強化版みたいなものなので割愛する。


「ものは試しってね」


 僕は無詠唱で右手にブロウ、左手にフレアを生み出す準備をする。

 そして同時に呪文を唱えた。


「豪風と豪炎よ吹き焦がせ!」


 呪文により、緑色の風属性が二つ、赤色の火属性が二つ生まれる。

 一瞬で黄色の魔力となった。

 口腔魔力と手のひらの魔力が結合すると同時にフレアとブロウを放つ。

 フレアとブロウが合成され、炎風が正面に放出された。

 轟音。

 炎の風が空へと昇り、大気を焦がす。

 たった魔力100程度の合成魔法。

 それが1000近くの魔力、フレアストームレベルの魔法になったのだ。

 しばらく炎風は燃え続け、そして一瞬にして消えた。

 僕は呆気に取られてぽかんと口を開いてしまう。

 瞬きを何度もして現状を把握しようと必死になった。

 ようやく我に返り、僕は脳を回転させる。


「い、今のは……つまり、ご、合成魔法と同じ属性魔力を使うことで、さ、更に威力を増すことができるということ?」


 一属性よりも、複数属性の方が、口腔魔力との相乗効果が大きいということになる。

 倍どころか三倍、いや四倍か?

 これは計り知れない魔力だ。

 しかも使用魔力は非常に少ない。

 つまり、だ。


「魔力と魔法の概念が……変わっちゃったよ」


 僕の中にあった魔力と魔法がどんどん進化していく。

 開発したのは僕なのに、矢継ぎ早に新たな発見があるせいで、遠くへ行ってしまうような錯覚に陥った。

 魔法はすごい!

 次々に可能性が増えていく!


「お、落ち着け僕。今日のことをまとめないと!」


 僕は急いで部屋に帰り、研究成果を本に書き記した。

 呪文は単語のみでは威力が下がること。

 呪文は助詞や単語の違いなどによって威力が増減すること。

 そして、複数属性の口腔魔力は結合させることで、同属性の合成魔法の威力が10倍まで膨れ上がるということ。

 今後、この魔法のことを【融合魔法】と名付けよう。

 僕は鼻歌を漏らしながら流れるように筆を動かした。

 魔法はもっともっと進化していく。

 きっと、今の僕には想像もつかない可能性が眠っているのだ。

 そう考えるとワクワクが止まらなかった。

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