第166話 解読 2


 昼は妖精言語の解析や解読、魔物の探索、魔力鍛錬をして、夜は呪文の試験、解析をした。

 そんな日々がしばらく続いた。


「わっかんねぇなああっ!!」


 カルラさんがもうお手上げとばかりに、地面に寝転がった。

 古代文字で書かれた本の上にはメルフィ。

 その隣に座る僕と、紙とペンを持っている伯爵。

 メルフィが少し不安そうにしていたので、僕は彼女の頭を撫でて揚げた。

 するとくすぐったそうにしながらも微笑んでくれた。


「少しずつわかってきてはいるんですけどね」

「とはいえ、やはり妖精言語。一筋縄ではいかないようですな」


 カルラさんはがばっと起きあがり、不機嫌そうに後頭部を掻いた。


「普通の言語と違って、法則がまったくわかんねぇんだよ。

 文字や配列がまったく同じなのに意味がまったく違う場合もあるし。

 確かに単語の順番とかを変えて、意味が変わるってことはある。

 でもよぉ、まったく同じ文章で内容が変わるってのはおかしいだろ!?

 文脈とも関連がないみたいだしよぉ!」


 それは僕も感じていた疑問だった。

 妖精文字において、まったく同じ文字でも違う意味になることが多々あるのだ。

 見た目が同じでも違う文字なのかと思い、目を皿にして観察してみたがまったく同じだった。

 前後の文によって変化がある可能性もあったので、確認したがそれも違った。

 むしろ前後の文で、大きく内容が変わるという言語はさすがにないと思う。

 意味が理解できなくなるしね。


「複数の意味を持つ単語ってのはある。

 ただ大体は意味が近かったりするもので、相反する内容とか、全く違う意味になるんじゃ言語として成り立たない。

 総合的とか分類的に同じものを指す言葉はいくらでもあるけどなぁ」


 例えばイエスと書いているのに、ノーの意味を持っていたり、赤青白黄の意味を持っていたり、走る歩く止まるの意味を持っていたりしたら、それはもう言葉として破綻してしまうだろう。

 妖精文字はそんな感じの言葉がごまんとある。


「人間の言語とは成り立ちが違うってことか。

 妖精が使うんだし、同じように考えちゃダメってことかな?」

「妖精言語の話し言葉を使うには魔力がいるって話だしな。

 それが事実なら、そりゃ普通の人間にゃわからないだろうよぉ!

 あああ、なんでアタシはまだ魔力が使えねぇんだろうな!!

 本当にあるのかよ、ったくよぉおおっ!!」


 確かに妖精言語は魔覚や魔力放出を使う。

 誰でもできることではないし、かなり独特な手法を使っている。

 魔力。

 魔覚。

 会話で使うこの二つを、妖精文字にも活用するのだろうか。

 その線は十分にあり得る。

 妖精言語は普通の言語とは違うのだ。

 常識的な考えは捨てるべきだろう。

 文字そのものを解析しても意味が通らないのだ。

 やはり、妖精に深く関わる魔力を扱うのが妥当に思えた。


「……妖精文字を解読するには魔力を使う、と仮定しましょうか。

 その場合、どんな風に魔力を使うと思いますか?」

「ふむ、やはり魔覚、でしょうか?

 文字そのものを見ても、魔力は見えませんし」

「ですよね……ですが、魔覚にもひっかからないですよ。

 まったく魔力を感じてないんです。

 僕が感知できないほどの微量の魔力を含んでいるという可能性もありますが」

「シオン先生の魔覚で感じないのであれば……誰にもわかりませぬな」


 メルフィにも聞いてはみたんだけど、知らぬ存ぜぬの一点張りだった。

 妖精文字を読むことは問題ないようだけど、妖精や魔力に関しての質問はほとんど拒絶されてしまっている。


「でもよぉ、これだけ調べてまったく法則を掴めねぇってことは、やっぱり別の方法で解読するのが妥当だと思うぜぇ」

「僕も魔力を使うという案はあながち間違っていないと思います。

 ただその方法が……」


 ふと思いついた。

 僕は本の上にいるメルフィを手に乗せて、肩へと移動させる。

 そして本に向かい魔力を放出した。

 淡い光が本を包み込む。

 そして数秒後に消えた。


「……消えましたね」

「……消えましたな」

「……見えねぇ」


 伯爵と僕、カルラさんは別の意味で落胆した。

 やはり魔力そのものを触れさせても意味はないらしい。

 次に文字に触れてみた。


「……何も感じませんね」

「……何も感じませんか」

「……何してんだ?」


 魔覚にも反応はなし。

 ならば僕には魔力があるかは判断できない。

 次に僕は本に顔を近づけた。

 僕の顔の隣にメルフィがいて、きょとんとしている。

 僕は眼前にある文字を凝視した。


「……何も見えませんね」

「……何も見えませんか」

「……奇行以外の何者でもねぇな」


 メルフィが本の上に座り、文字を間近で見ていたからもしかしたら何か気づくかと思ったんだけど。

 きっと何か突破口があるはずだ。

 考えろ。シオン・オーンスタイン。

 魔力が関係しているならば、どうすれば言語を解読できる?

 文字や単語、順序、法則によって意味を伝えるのが言語だ。

 つまり、違いを見出す方法が必要。

 違い……何かを判別する……魔力での違い。


「…………魔力色?」


 一瞬の閃きだった。

 僕は慌てて伯爵の手元を覗き込む。

 そこには今まで記録した、妖精文字とその意味が並んでいる。


「は、伯爵! 言葉の意味が違っていた単語はありますか!?」

「え、ええ、例えばここの……『山』と『空』、それに『愛』を表す単語がありますな」


 僕は伯爵が見せてくれた単語を確認して、本の中から探し出した。

 山と空、愛情か。だったら。

 僕は緑、青、黄緑の魔力色を順番に出して、古代文字に向けて放った。

 魔力色が文字に触れる。

 緑は消えた。

 青も消えた。

 そして黄緑が古代文字にしみ込むように薄れていく。

 文字そのものが黄緑に光った。


「こ、ここ、これは!? 光っておりますぞ!?」

「き、黄緑の意味には『愛情』というものがある。

 つまりこれは愛を表している単語ということじゃないですか!?」

「お、おい! どういうこったよ! 説明してくれ!」

「い、今、僕はそれぞれの意味を持つ魔力色の魔力を文字に向けて放ったんだ!

 すると愛情の意味を持つ黄緑が文字に反応して、文字そのものが光った!

 つ、つまり妖精文字は、魔力色に反応して、その意味を持つってことだ!」

「ま、魔力色に!? そ、そうか……そういうことか!

 単語や順序だけじゃ言葉の意味を持たすには条件が少ない。

 そこで魔力色を使うことで、文字そのものの意味をさらに特定する。

 それが妖精文字、ってことだな!?」

「おお! なんと、これは素晴らしい発見ですぞ!

 魔力色があれば、妖精文字は解読が可能ということ!

 同じ単語、文脈、順序で意味がまったく異なる理由がわかりましたな!」


 興奮した様子のカルラさんと伯爵。

 僕もワクワクしていた。

 まさか魔力色で判断するとは。


「ま、待て待て。でもおかしくねぇか?

 さっきそこの妖精は魔力色なんて使っていなかったんだろう?

 なのに、どうして文字が読めてるんだよ!?」

「もしかしたら妖精は、僕たちよりも魔覚が敏感なのかもしれない。

 彼女たちは妖精言語を扱うために、繊細な魔力操作や魔覚を当たり前のように使っているからね」


 あるいは妖精が魔力に近しい存在だからなのかもしれない。

 今までの情報から、妖精は魔力を生み出すという可能性は高いのだから。


「現に我々はメルフィ殿に様々なことを教わっておりますからな。

 そう考えるのが妥当と思いますぞ」

「た、確かに……おまえらが言っていたことが正しかったなら、妖精は魔力に関しては一日の長があると考えても不思議はねぇか……。

 だ、だがよぉ、なんで言語を解読するのに魔力が必要なんだよぉ!

 アタシは言語学者なのに、なんでおまえらの方が先に解読すんだよぉ……ひどくね……」


 この流れはダメだ。また拗ねちゃうぞ、この人。

 僕と伯爵はアイコンタクトをして、すぐに行動を開始した。


「い、いやいや! そもそもカルラさんがいないと、ここまでスムーズに解読できなかったですから!

 僕たちだけだったら、妖精文字の解読に魔力が必要だなんて、中々気づかなかったですよ!」

「そ、そうだぞ! カルラがいてこそ、今の儂らがあるのだ!

 実際に会話の場合は、かなり時間がかかったのだからな!

 カルラは胸を張るのだ!」


 やんややんやと僕と伯爵はカルラさんを褒め倒した。

 カルラさんはわかりやすいほどに機嫌を良くしていく。

 耳がぴくぴくしてますよ、お姉さん。


「ふ、ふふん、やれやれしょうがないなぁ。まったく。

 アタシがいないと何もできないんだからなぁ!

 ほら、何してんだ。さっさとその魔力色とやらで解読するぞぉ!」


 なんとわかりやすい人だろうか。

 まあ、本当にカルラさんのおかげでかなりはかどっているから、嘘は吐いていないんだけど。

 僕と伯爵は苦笑を浮かべ、そして再び妖精文字の解読を始めるのだった。

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