第165話 結合魔法


 昼の研究や仕事、探索などを終えた僕たちは伯爵家に戻っていた。

 伯爵家に泊まっている僕と姉さん、伯爵とウィノナの四人で、広い庭に集まっている。

 すでに夕食は終えている。

 日は沈み、空は暗闇の帳が下りていた。

 庭には雷光灯があるため光源は十分と言えるだろう。

 一日の終わりの時間。

 けれど妙に高揚する時間でもある。

 僕はそのワクワクにさらに別のワクワクを乗せて叫んだ。


「みなさんお待ちかね、呪文魔法研究のお時間です!! やったーーー!!」


 拍手が上がると、僕のテンションもうなぎ上りだ。

 みんなの顔を見れば、期待しているのは一目瞭然だった。

 昼はやらなければならないことが多いため、夜に呪文や魔法の研究をすることにしたのだ。

 ちなみに、ドミニクやカルラさんはいない。

 信頼している人以外に魔法のことを話すつもりはないからだ。

 ドミニクは悪い人間じゃないけど、メディフの騎士という立場だし。

 リスティアのミルヒア女王から、魔法のことは他言するなと言われている。

 ゴルトバ伯爵やウィノナに話したのは信頼の証だ。

 付き合いも長いからね。

 それに一緒に魔力や妖精の研究をしているわけで、話さないわけにもいかなかったという理由もある。

 ということで今日は僕と姉さん、ウィノナとゴルトバ伯爵の四人だけでの研究だ。


「まずは呪文に関して、以前説明したことよりも詳しく話そうと思う」

「確か、言葉の意味自体が魔力に影響を与えるって感じだったわよね?」

「うん。それについてだけど、もう少し説明が必要なんだ」


 呪文を閃いてからまだ大して時間は経っていないけど、一人で色々と試していた。

 全然調べ足りないけどね。


「じゃあ、まず以前と同じような呪文を唱えて、魔法を使ってみようか。

 まずは口腔魔力、つまり呪文のみの魔法である、詠唱魔法を使ってみるね」


 右手を正面にかざした。


「炎よ」


 簡単な呪文を唱えると、赤い口腔魔力が口から放出される。

 それが右手に触れると、僕は雷火の火打石を擦った。

 ボッと青い炎が生まれ、短時間で消える。


「次に、集魔と体外放出による魔法。つまり無詠唱魔法を使うね」


 僕は同じ体勢で、右手に集魔し、魔力を放出しつつ、火打石を擦る。

 火花が魔力に触れて、一際大きなフレアが生まれる。

 ボゥと燃え上がる一メートルほどの青い火炎。


「な、なんと……これほど大きな炎が生まれるとは」

「す、すごいですね。以前、見せていただいたのはもっと小さかったのですが」


 これでもかなり魔力を抑えている。

 僕が一度に出せる魔力は1万。

 現在、出している魔力は100程度だ。

 十秒ほどでフレアは消える。


「次に、詠唱魔法と無詠唱魔法を一緒に行うよ。

 炎よ」


 体勢を維持したまま、僕は集魔と体外放出、そして呪文を唱えて口腔魔力を放出。

 手のひらから生まれた淡く白っぽい光に、赤い口腔魔力が近づく。

 その瞬間、異変が起きた。

 赤い魔力と白い魔力とが混ざり、変色したのだ。

 薄い赤色になった魔力は、魔覚による気配も変化する。

 その魔力は、魔力色が赤のものと同じ魔力種になっていた。

 僕は火打石を擦り、火花を放電。

 薄赤い魔力は2メートルほどの火柱を上げた。


「きゃっ!?」

「な、なんとぉ!?」

「……すごいわね、これは」


 煌々と燃え上がる青い炎を前に、三者三様の反応を見せてくれた。

 フレアは十秒ほどで消失した。

 ぽかんと口を開けるウィノナと伯爵、そして一体どういうことなのかと僕に視線を投げかける姉さん。

 予想以上の反応に僕は気を良くした。


「今の……魔力を増やした、ってわけじゃないわよね?」

「うん。さっき無詠唱魔法だけで見せた魔法と同じ魔力量だよ。

 通常、体外魔力には色がない。白っぽい、淡い光が生まれるだけだよね?

 でも体内魔力、つまり口腔魔力には色がある。それを僕は属性と名付けたんだけど。

 体外魔力は無属性だけど、体内魔力は属性があって、体外魔力は体内魔力に触れることで属性を持つんだ。

 そして属性と同じ魔法を使うと威力が倍増する」

「うーんと? つまり、体外魔力が1000、体内魔力が100だったとして、混ぜると魔力は1100になるってこと??

 あれ? ち、違うわね。倍増するから……えと、うーんと」


 指を使って計算している姉さんを見て、僕は得意げに笑った。


「つまりその倍の2200の魔力になるってことだね」

「そ、そのくらいわかってたわよ! ちょっと時間が足りなかっただけだから!」


 姉さんはふんと鼻を鳴らして、恥ずかしそうに目を逸らした。

 眉根を寄せて、不機嫌そうにしている。

 姉さんはあんまり勉強が得意ではないので仕方がない。

 成長してるとはいえ、苦手なことは変わりがないようだ。

 最近の姉さんは大人びていたように見えたけど、失敗しているところを見るとなんだか少し嬉しく感じた。


「な、なによ、なにか言いたそうね?」

「いや、別になんでもないよ。

 とにかく、呪文を使えば魔法を更に強力にできるし、効率的に使えるということなんだ。

 明らかに呪文を使った方が使う魔力量も少なくできるからね。

 今後は、詠唱魔法と無詠唱魔法を二つ同時に使うことを【結合魔法】と呼ぶことにするよ」


 すでに合成魔法はあるので混同しないためだ。

 それに結合するという表現の方がしっくり来る。


「今の説明が体外魔力と体内魔力の特性だよ。

 ここまではいいかな?」


 全員がこくりと頷いた。

 僕は満足して、頷き返す。


「じゃあ次は呪文に関して。さっきの呪文は単純な言葉しか使っていない。

 けど実は呪文はもっと複雑で、奥が深いみたいなんだ。見ていてね」

 僕は息を吸い込むと、勢いよく叫んだ。

「爆炎よ!」

 先程唱えた呪文『炎よ』よりも、若干大きな赤い魔力が口から生まれる。

「じゃ、次ね……煌々と光る爆炎よ!」


 『爆炎よ』の時とは違い、橙、白、赤が生まれ、すべてが結合すると、若干黄みがかった赤色の魔力になった。

 圧倒的に『爆炎よ』の時よりも魔力量は大きい。


「ちなみに、最後に唱えた呪文の魔力でフレアを使うと『爆炎よ』と唱えた時よりも、かなり強い青い炎が生まれるんだ」

「ふむ、つまり、呪文の長さや意味合いによって魔力の量、数、属性が決まるわけですな?」

「ご名答です、伯爵」

「じゃあ、呪文が長ければ長いほど魔力をたくさん出せるってことね?」

「基本的にはそうだけど、魔力は一定時間で消えちゃうから、制限はあるね。

 意思や感情を込めて、魔力として放出する必要があるから、早口で言えば口腔魔力にならない可能性もあるし。

 しかも言葉の意味によっても魔力色や魔力量が変わるから、簡単じゃない。

 『炎』と『爆炎』だと爆炎の方が強そうだし、火属性だってなんとなくわかるけど『煌々』や『光』は橙と白の魔力が生まれてるから、おそらく火属性の呪文としてはあまり適していないと考えられるし」

「あ、あの、つまり属性にあわせて適した呪文を言わないと威力が上がらない、ということでしょうか?」

「そう、ウィノナの言う通り。

 言葉の意味を考えず適当に唱えても威力は上がらない、むしろ半減されるわけなんだ」


 最初のウィノナの前で唱えた呪文は、転生前に考えた呪文だった。

 あの呪文を使ってフレアを使ったが、小さな炎が一瞬だけ生まれて消えてしまったのだ。


「あ、それと、当然だけど呪文が長く適切であればあるほど、魔力放出量が増えるからね。

 結合魔法は【結合後に威力と魔力量が倍増する】けど、口腔魔力の消費量自体が減っているわけじゃないことは覚えておいて」

 先ほどは体内魔力が100で体外魔力が1000、あわせて魔力1100になったあとに倍の魔力2200になったという話をした。

 これは結合後になる現象であって、結合前の口腔魔力が増えても同じだ。

 つまり体内魔力1000と体外魔力1000だったら、結合して魔力2000になったあと、倍の魔力4000になるということだ。

 そしてそれはあくまで、同属性の魔法を使った場合それくらいの効果があるという意味であり、実際に魔力量が倍になっているというわけではない。

 ちょっとわかりにくいけど、実際にそうなのだからしょうがない。

「火属性っぽい言葉は無数にあるからね。

 簡単な言葉で良ければ『炎』とかでいいけど、調べればもっと強力な呪文があるかもしれない。

 それに組み合わせによっても、効果が変わる可能性もある」

「中々難しいわね……けれど色々と使えそうね」

「そうなんだ! 呪文は色々な可能性がありそうなんだよね!

 それに呪文って格好いいじゃない!? 色んな言葉の組み合わせで魔法の威力が変わるなんて、うへへへへぇっ……最高じゃないかぁ……!!」


 呪文! 呪文! 呪文が使えるぞぉ!!

 昔から呪文を唱えて魔法を使うという妄想を何度もしてきた。

 それがまさか叶うなんて。

 うへへへへへ、なんて最高なんだ!


「ふふふ、シオンったら。またうへうへ言ってるわ」

「幸せそうで素敵ですね、わたしも嬉しくなってきます!」

「シオン先生のだらしないお顔……これはよほどのことなのでしょうな!

 くっ、このゴルトバ。いまだ魔法に関しては無知!

 先生のお心がくみ取れないとは情けない限りですぞっ!」


 おっと危ない危ない思わずトリップしてしまうところだった。

 僕は必死で理性をかき集めて、みんなに向き直った。

 全員がなぜか生暖かい笑みを浮かべていたが、一体どうしたんだろうか。


「え、えとこれで呪文の説明は終わり!

 要は色々な言葉を試して、いい感じの呪文を探そう、ってことだね!

 ここにいる全員が口腔魔力は出せるから、フレアやボルトみたいな簡単な魔法なら使えるはずだよ」

「わ、わたしにも魔法が!!?」

「儂も使えると言うことですかな!!?」


 ずいっと詰め寄ってくるウィノナと伯爵に、僕は気圧された。

 なんという勢いだ。ちょっと怖い。


「つ、使えると思うから、ちょっと落ち着こうか、二人とも」

「あ、も、もも、申し訳ありません、シオン様!」

「わ、儂としたことが不覚……申し訳ありませんぞ、シオン先生!」

「い、いいんですよ、気持ちはわかりますからね。

 えーとじゃあ、まずウィノナは呪文で口腔魔力を出す練習をしようか。

 すでにやってはいるけど、もっと自然に、効率よく、たくさんの魔力を出せるように頑張ろう」

「は、はい! 頑張ります!」

「うん。じゃあ次にゴルトバ伯爵。

 伯爵は一応、体外魔力も体内魔力も使えるので、比較的魔力を使わない口腔魔力を使って、魔法を使ってみましょうか。

 集魔で魔法を使っても、多分すぐに気絶しちゃうので」

「承知いたしましたぞぉ!」

「姉さんは、どうする? 僕と一緒に色々な呪文を試す?」

「あたしはそうね……一人で頑張ってみるわ。

 シオンの説明で知りたいこともわかったし」

「そう? わかった。じゃあ姉さんは自由行動で。

 何かあったらすぐに聞いてね。なんでも手伝うから」

「ええ。わかってる。ありがと、シオン。

 それじゃ頑張ってね、三人とも」


 姉さんは僕たちに手を振ると、さっさと屋敷の中に戻っていった。

 まあ、予想できた返答だ。

 姉さんは姉さんなりに色々と考えているのだろう。


「それじゃそれぞれ始めましょうか!」

「「はいっ!」」


 ウィノナと伯爵の元気な返事を聞き、僕は大きく頷いた。

 さあ、たくさん呪文を試すぞっっ!!

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