第163話 初心者


 口腔魔力放出鍛錬を開始して数十分。


「で、できました! 口腔魔力が出ました!!」


 声を張り上げたのはドミニクだった。

 僕たちは拍手を送る。


「おめでとう、よかったね!」

「あら、早いわね。まあ、ずっとシオンの傍に居たし、当然かしら」

「おめでとうございます、ドミニク様!」

「いやはや、若さゆえか習得が早いですなぁ!」

「実は陰で魔力放出の練習をしておりまして……ずっとできずにいたのですが。

 まさかこんなにすぐにできるようになるとは! 感激の至りです!」


 ドミニクは照れながら笑みをこぼした。

 ウィノナもそうだったけど、やっぱり疎外感みたいなのがあったのだろうか。

 僕や姉さん、伯爵は魔力持ちだし魔力が見える。

 その様子を見ていれば、やはり憧れを持つものなんだろう。

 そう思うと嬉しくもあり、申し訳なくもあった。

 ドミニクは辺りを見回し、子供のように無邪気に笑っていた。


「これが魔力! なんと、なんと美しいんだ……ああ、見えた! 私にも見えました!!」


 魔力を始めて見た人間はみんな同じような反応をする。

 僕はもしかしたらこの反応が見たくて、色んな人に魔力を持って欲しいのかもしれない。

 そんな微笑ましい光景の横で、ぷるぷる震えるカルラさんの姿があった。


「できねぇーーーーッッ!!! なんでだ!?」

「多分、イメージができていないんでしょうね。カルラさん、魔力を完全に疑ってますし。

 魔力放出には感情、意思が必要です。それを魔力を出すイメージと共に表に出すことが大事なので。

 疑ってかかっていると、一生できないかも」

「ううっ……なんだよ、それぇ。

 見えないもんをどうやって信じろって言うんだよ」


 確かにその通りだ。

 僕の場合は、魔力や魔法があると信じたかったから、信じられた。

 だからこそ魔力を放出できたという側面はある。

 まあ、エッテントラウトの魔力を見ていたからっていうのが大きいけど。

 まったく見えない人間にとって、魔力の存在を信じるのは難しい。

 見ている人間が反応しても、その人がおかしいんじゃないか、病気なんじゃないかと思う方が自然だ。

 ウィノナは僕のことを信じてくれているし、ドミニクは僕たちと長く一緒にいて、徐々に理解したという側面はある。


「妖精の村に入る時にも魔力を使ってますよ。

 そうでないとあんなに不思議な現象は起きないでしょう?」

「そりゃ、確かに……なんにもないところに、妖精の村への入り口が出てきた時は驚いたけどよぉ……。

 あああああ!! もう!! 無理だっての! すぐには無理! ちぃと時間くれ!」

「それは構いませんが魔力のことを信じてないなら、妖精言語や魔力の研究を共同でするのは難しいと思うんですが」

「いや、アタシも怠惰病治療に魔力がいるってことは知ってんだ!

 どうも信じられねぇが、実際にそれで患者を治してるからよぉ。

 ただそれは治療に関してで、魔力そのものを妖精やあんたたちが使ってるってのを信じるのは難しい。

 だから時間をかけて信じてみてぇと思ってる」

「なるほど、そこら辺が妥協点ですね……わかりました。

 では今後は魔力や妖精言語に関して、疑うことだけはなしでお願いします。

 研究や解析が滞ってしまうので。一旦、すべて真実だとして考えてください」

「そ、そうだな。そうするしかねぇな……また、仲間外れにされそうだけどよぉ……」

「じゃあ魔力に関してはここまでということで。

 本題に入りましょう。まずはみんなで話そうか。今後の方針もあるしね」


 僕、姉さん、伯爵、ウィノナ、ドミニク、カルラさんの六人が車座になった。

 僕たちはウィノナが用意してくれた簡易椅子に座っている。

 一か月ほど野営をしているから、必要なものは置いてあるのだ。

 騎士たちは離れたところで見守っている。

 なんだかちょっと気まずいけど、こっちにおいでとも言いにくいんだよなぁ。


「それじゃ、カルラさんにも必要だろうし、状況説明からしようか。

 まず、僕たちはメルフィと一緒に妖精言語の解析をしている。

 妖精言語に関しては、僕とメルフィが会話して、伯爵が記録係をしてくれている。

 大体、1500単語くらいは記録できているから、最低限の会話は可能になってる状態だ。

 妖精言語にも言語構造があるので、単語だけじゃ会話はできないんだけど、おおまかには把握できている感じ。

 でも、妖精言語には魔力を感知する能力である魔覚が必要で、それを持っているのは僕だけ。

 記録した言葉や文節を口腔魔力で表現しても、魔覚がないと微細な変化、調整ができないため、正確に伝えることは不可能だし、複雑な言葉は使えない。

 妖精言語の解析に関しては今後も続けて行こうと思う。

 担当は僕と伯爵で」


 ゴルトバ伯爵が真剣な表情で頷いてくれた。


「続いて、魔物の捜索、探索。それと妖精の護衛だ。

 王様は森林内の警備を増やすとは言っていたけど、魔力持ちがいないから心もとない。

 姉さんとドミニクがほぼ全域を調べてくれたとは思うけど、調べて何も出ないのはおかしい。

 やはり魔物は通常とは違う方法で隠れている可能性があると思う。

 そこで、二人には魔力探知を学んでもらおうと思う。

 つまり姉さんは魔覚、ドミニクは現在の姉さんレベルで魔力を視認できるようになってほしい」

「あたし、魔覚を習得できるかしら……かなり難しそうよね」

「姉さんは魔力操作の素質がある。僕以上にね。だからコツさえ掴めばできると思う。

 魔覚があればより繊細な魔力操作や魔力の分析ができるから、今後のためにもやっておいた方がいいと思うし」

「そうね、わかった。やってみるわ」

「ドミニクもいい?」

「え、ええ! 私としましても、魔力に関してもっと知りたいと思っておりますので」

「ありがとう。じゃあ姉さんとドミニクは魔力感知訓練と魔物の捜索をお願いね。

 合間に剣術の訓練をしてくれていいから」


 嬉しそうなドミニクと面倒くさそうな姉さん。

 多分姉さんは、ドミニクの剣術の鍛錬に付き合うのが面倒なんだろうけど。


「そしてカルラさん。

 魔力放出の鍛錬をしつつ、妖精の持つ本、古代文字の解読をお願いします」

「ああ、そのために来たわけだしな! ま、色々驚きすぎて本題に入るのが遅れちまったけどよぉ」

「最後にウィノナ。僕たちのお世話や雑務を全部任せていたけど、姉さんとドミニクと一緒に、魔力感知の練習をしようか。

 せっかく魔力持ちになったんだし、試してみるのもいいと思うんだけど、どうかな?」

「ぜ、ぜひお願いします!!」


 がばっと頭を下げるウィノナを前に、僕は相好を崩した。

 ウィノナは人一倍、魔力や魔法への憧れが強い。

 僕の傍にずっといたから、という理由が大きいんだろう。


「よし、それじゃ各々業務を始めよう! 頑張るぞぉ!」

「「「「「「おー!」」」」」


 全員が手を空に向けて伸ばす。

 今日から新メンバーを加えて、改めて研究を進めるぞ。

 と。

 ドサッ。

 音に振り向くと、ドミニクが地面に倒れていた。

 あ、気絶した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る