第162話 手間のかかる人


「う、うおおぉ……」


 感嘆の声を漏らしたカルラさん。

 呆然と立ち尽くし、妖精の住処を見回していた。

 近くには崖があり、下は空だけが広がっている。

 まるで浮島のような場所だ。

 森を進むと妖精の村が広がっている。

 小さな家々がそこかしこに建っていた。


「こ、ここが妖精の村……ほ、本当にありやがった!! おいおいおい! マジかよ、こんなのありかよ!?」


 カルラさんは興奮した様子できょろきょろしている。

 そして僕に振り返ると、ガシッと肩を掴んできた。


「おまえ、こ、これはすげぇぞ! おい! なんだよこれ! なんだ!? なんなんだよ!」

「ちょ、ちょっと、落ち着いてぇ」


 前後に揺すられて脳がシェイクされた。

 なんという力だ。いや、ブーストで抗えなくはないんだけども。

 シールドは体内まで守れないため、揺れに弱い。

 うっぷ、気持ち悪くなってきた。

 ガクガクと揺れ動く視界が突然止まる。


「落ち着きなさいよ! シオンが可哀想でしょ!」


 姉さんがカルラさんを止めてくれたらしい。

 ブーストを使っているためか、大柄なカルラさんの腕を掴んだだけで止めてしまった。


「お、おお。すまねぇ。ちと興奮しすぎた……」


 焦りながら離れるカルラさんに、僕は安堵する。

 見た目通り中々の腕力をお持ちのようだ。


「あ、あまり大声を出さないでください。妖精が怖がるんで」

「わ、悪かった。気をつけるよ」


 メルフィが僕の後ろに隠れてしまっている。

 動きや言動が豪快というか粗暴というか。

 怖がりの妖精からすれば、あまりお近づきになりたくないんじゃないだろうか。

 僕たちもカルラさんがどういう人なのか、いまだにわかっていないし。

 まあ、気持ちはわからないでもない。

 最初に妖精の村を見つけた時は僕たちも驚いたものだ。


「奥の家に色々な本があるんですが」

「おお、そりゃいいじゃねぇか。見てみたいぜ」

「でも妖精たちが住んでるんで、あまり近づかないようにしてます」

「妖精は人間を恐れてるからなぁ。近づくのも珍しいくらいだしよぉ。

 でも確かあんたらは妖精と話せるんじゃなかったか?」

「ちゃんと話せるのはシオン先生だけですぞ。儂は少しだけ話せますが」

「あ? そこのチビッ子しか話せねぇのか?」


 こら。誰がチビっ子だ。

 確かに身長低いけども!

 あんまり伸びてないけども!

 150センチくらいしかないけども!!

 これから伸びるんだよ!


「……妖精言語を話すのには色々な技術とかがいるので」

「技術ぅ? じゃあなんでおまえみたいな子供だけができるんだよ。おかしいだろ」


 カルラさんは怪訝そうにしている。

 言葉に妙な棘をあった。

 自分で言うのもなんだけど、僕は怠惰病治療の開発者で怠惰病治療研修会の講師でもある。

 それを知っていれば多少は反応が違うはずだ。

 僕は首を傾げ、姉さんは不快そうに顔をしかめた。

 ウィノナはおろおろとして、ドミニクは理解ができないという顔をしている。

 と、伯爵がぽんと手を叩いた。


「なるほど、つまりあれですな、シオン先生。アッカーマンは何も知らないのですよ!」

「ああ、そうか。なるほど。だからですね」

「年齢や見た目で判断するなんて、無知な証拠だわ」

「そ、そうだったんですね。だったらしょうがないですね!」

「おいぃっ!? なんか馬鹿にされてねぇか!?」

「アッカーマン博士。私から説明いたします」


 ほんの少し面倒臭そうにしながらドミニクがカルラさんに説明してくれた。

 事前に僕のことを聞いていないのだろうか。

 事情を説明されて派遣されるのが普通だと思うけど。

 ……いや、適当に仕事を任されることなんて日本でも日常茶飯事だったな。

 どこの時代、どこの国でもあり得ることなのかもしれない。

 ドミニクの説明が進むにつれて、カルラさんの顔色が変わっていく。

 徐々に頬を引きつらせ、僕を見る目が変わった。

 そしてダダッと走り寄ってきて、顔をぐいっと寄せてくる。


「お、おまえが怠惰病治療を見つけたってのか!?」

「え、ええまあ」

「怠惰病治療研修会で講師をして、各国の怠惰病治療医師を教育しただと!?」

「は、はい」

「しかも功績を認められて二侯爵になった!?」

「そ、そうですね」

「こんなガキがッッ!?」


 カルラさんはおでこにくっつくくらいの距離に、人差し指を近づけてくる。

 客観的に見ればそう思ってもおかしくないかもしれない。

 僕は十三歳だ。この世界でもまだ子供の年齢だし、下に見られても不思議はない。

 伯爵のように敬意を持って、同列に見てくれる人の方が少ないだろう。

 妙に納得がいったせいか、まったく腹が立たなかった。

 そもそも、自分の功績にプライドを持っているわけじゃないし。

 一人の力で成し遂げたわけでもないわけで。


「ちょっと、ガキガキ言うんじゃないわよ!」


 突然、姉さんが叫んだ。

 戦闘時に見せる眼光がカルラさんを射抜いていた。


「シオンはすごいんだから! ずっと前から研究して、たくさんの人を助けてきたのよ!?

 あたしだって怠惰病になってたけど、シオンが頑張って治療法を確立して、治療してくれたのよ! 馬鹿にするなら許さないから!!」


 姉さんの剣幕にカルラさんは圧倒されていた。

 小柄な姉さんと大柄のカルラさん。

 見た目は圧倒的にカルラさんの方に分があるのに、立場は逆転していた。

 カルラさんは気圧されていた自分を恥じるように、顔を逸らした。


「……ふ、ふん、そうは言ってもアタシはこいつのことを知らねぇ。

 言葉で言われても、なるほどそうかとはならねぇんだよ」

「な、なんですって!? ぐぬぬ!

 シオン! この人、魔力持ちじゃないわよね!?」

「え? あ、うん。まったくないね。

 ただ、ウィノナのパターンもあるから……」


 魔力持ちを判別するにはいくつか方法がある。

 まず、魔力を持っている人間は、一定量以上の魔力であれば視認することが可能だ。

 魔力を持たない人間には魔力は見えないし、感じない。

 この魔力視認は魔力を持つ人間であれば誰でも見える。

 伯爵や、今はウィノナも可能になっている。

 そして、ある程度の魔力操作が可能になると、少ない魔力を視認することが可能になる。

 これはつまり、人の持っている魔力そのものを見ることができるということだ。

 オーラのようなもの、と言えばわかりやすいだろうか。

 これは姉さんも可能だ。

 そして最後に魔覚を用いた、魔力判別方法だ。

 これは通常の視認に比べ、かなりの技術が必要な魔力の感知、探知方法。

 いわゆる魔力を感じる、というものになる。

 ここまでできれば離れた魔力や、魔力を持つ生物の存在を感じることもできる。

 そして、少ない魔力を持つ人も判別が可能だ。

 これは僕だけが可能なレベルとなっている。


 しかし問題が一つある。

 非常に魔力が少ない場合は、僕でも判別ができないということだ。

 ウィノナが口腔魔力を放出できるまで、僕は彼女に魔力があるかどうかわからなかった。

 だけど、実際にはほんの少量の魔力を持っていた。

 そうでなければ口腔魔力は放出されないからだ。


「ウィノナみたいに素直な性格だったらいいんだけど……。

 こういう偏屈な人に信じさせるには、魔力を実際に見せる必要があるわよね、シオン」

「誰が偏屈だ! 誰が!」

「そうだね。やっぱり手間だけど口腔魔力を放出させた方がいいかも。

 どう思いますか、ゴルトバ伯爵」

「そうだねじゃねぇんだよ。同意してんじゃねぇよ。そんで、なんの話してんだ!?」

「儂も同意見ですな。こやつは学者の癖に頭が固い。

 あるいは、学者だからこそ固いのかもしれませんな。

 とにかく実際に見て、触れて、感じれば実感がわきましょうぞ。

 ウィノナ殿もそうだったでしょう?」

「あ、頭が固い!? アタシの頭はぐにゃぐにゃに柔軟だろうが!!?」

「わ、わたしもそう思います。やはり実感できれば考えも変わるかと……。

 今後の研究を考えると、シオン様の偉業をご理解いただく方が円滑に進むのではないでしょうか? ドミニク様もそうでしたし」

「だ、誰も話を聞いてくんねぇ……」

「ええ、私も最初は半信半疑な部分がありました。

 最初はシオン様もマリー先生も侮っておりまして……我ながらお恥ずかしい。

 ですが今は違います。やはり実感するのが一番かと。

 しかし、私も魔力が見えないのですが……」

「あ、あのぉ……見えてるかぁ? アタシがここにいるぞぉ……?」

「で、でしたらドミニク様も口腔魔力を出す練習をしてはいかがでしょうか?

 わたしもシオン様の教え通りにしてできたので、きっとできますよ!

 そうですよね? シオン様!」

「……アタシ……無視されてるぅ……?」

「うん、きっと大丈夫。絶対とは言えないけど、可能性は高いはずだよ。

 ドミニクも魔力持ちになれば、色々と見えるし、妖精とも話せるからね。

 ドミニクはどう? やりたいなら教えるけど」

「………………あ、あのぉ」

「是非とも! では私も口腔魔力を放出するため、鍛錬をさせていただきたく存じます!

 よろしいでしょうか!? マリー先生」

「そうね。魔力持ちになった方が便利なことは多いから。

 やっちゃっていいんじゃないかしら。頑張んなさい」


 会話の流れでカルラさんとドミニクの口腔魔力放出訓練を行うことになってしまった。

 まあ、魔力持ちを増やすことに関して異論はない。

 むしろいろんな人に魔力を感じて欲しいし、最終的には魔法を使って欲しいと思っているからね。

 まだ魔法は秘匿とされているから、一部の人にしか教えていないけど。


「それじゃ一旦、外に出よう。ここにいると他の妖精の迷惑になるしね」


 僕がそういうと全員が頷いてくれた。

 そして踵を返した瞬間、異変に気付いた。

 カルラさんがいない。

 いや、いる。

 いるけど、いつの間にか茂みの近くで体育座りをして俯いていた。

 土をいじりながら、何やらぶつぶつと呟いている。


「……アタシ、存在感……ないんだぁ……。

 だからみんな無視するんだぁ……。

 どうせ、アタシなんて、誰も見てくれないんだ……。

 ううっ、一生懸命やってるのに、どうしてぇ……。

 ひぐっ……ひどいよぉ……朝早く準備して……すごく緊張してたのにぃ……。

 仲間外れにされてぇ……ううっ、うえぇっ!」


 泣いていた。号泣していた。小さい子供のようにいじけていた。

 露出の激しい大柄の女性が、盛大に拗ねている。

 異様な情景だった。

 なんとも言えない空気が流れる。

 戸惑い、不安、そして妙な罪悪感を僕は抱いてしまう。


「は、伯爵、なんですかあれ」

「ですから言ったではないですか。あやつは面倒だと。

 普段は粗野な癖に、打たれ弱くてですな。すぐに拗ねてしまうのです。

 見た目は大柄ですから豪胆な性格に思えるのですが」


 面倒の意味がわかってしまい、僕の頬はひくひく動いた。

 思い思いに全員が集まり、顔を寄せた。


「ねえ、どうするのよあれ。拗ねちゃってるわよ」

「ど、どうするって言われても。どうしたらいいのかな」

「あ、謝ってはいかがでしょうか? そうすればお許しいただけるのでは」

「仕方ありませんね。この不肖ドミニクが、騎士として謝罪しましょう」

「待てドミニク。儂に良い方法があるぞ。皆さま、お耳を拝借。ごにょごにょ」


 伯爵のごにょごにょを聞いた僕たちは、覚悟を決めて頷きあった。

 僕たちはカルラさんを囲むように配置につく。

 そして僕が口火を切った。


「カ、カルラさんって言語学者として優秀なんですね!」


 ピクッとカルラさんの耳が動いた。


「メディフ一の学者だって、すごいわよね!」


 ピクピク。


「カ、カルラ様がいれば心強いですね! 妖精言語も古代文字も全部解読しちゃいますね!」


 ピクピクピク。


「やはりカルラ殿がいると助かりますね! 不肖ドミニク! 感服いたしました!」


 ピクピクピクピク。


「カルラがいなければ儂らは何もできん。助けてくれ! カルラ・アッカーマン!」

「「「カルラ・アッカーマン!」」」


 全員で讃頌(さんしょう)する。

 ピクピクピクピクピク。

 勢いよく立ち上がるカルラさん。

 座った状態からの落差がすごい。

 カルラさんは豊満な胸を張り、そして鼻を鳴らした。


「ふん、困った奴らだ。やっぱりアタシがいねぇといけねぇみたいだなっ!」

「おお! カルラさんがやる気だ! 助かるぅ! よし、この勢いで外に出ちゃおうよ!」


 僕は棒読みでセリフを並べ立てた。

 そして、妖精の村の入り口へとカルラさんを連れていくことに成功する。


「……なんで初対面のあたしたちがここまでしてるのよ。

 手間のかかる人ね、まったく」

「あ、あははは」


 姉さんの言葉に、乾いた笑いを浮かべる僕。

 そして一瞬で元気になったカルラさん。

 見た目は大人、中身は子供である。


「さあ! さっさと口腔魔力の鍛錬とやらをしようぜ!」


 面倒だけど悪い人ではなさそうだし、よしとしようか。

 そう思いながら僕は妖精の村から出たのだった。

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